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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
16/40

メイボンの夜に

【メイボンの夜に】



 コポコポ――――


 ティーポットに湯を注ぎながら、ぼんやりと考え事をする。


 この前のヒューゴの提案から数日……まだ、結論が出せていない。


(どうしよう……早く返事をしなきゃいけないのに……)

「―――…さん、ソフィアさん。零れていますよ?」

「えっ?あっ!」

 ルカの声に、驚いて下を見ると、ティーポットに注がれたお湯が氾濫を起こしていた。


 恥ずかしそうに後始末をし、新しくお茶を淹れ直そうとする彼女を、ルカが制する。

「私が淹れますから」

 そう言うと、彼はソフィアをテーブルに座らせ、乾燥させたハーブが並ぶ戸棚から、数種類を選び、ティーポットに入れた。

「ルカ、ブレンドできるの?」

 目を丸くするソフィアに、ルカは小さく笑いながら、ポットに湯を注ぐ。

「貴女がいつも淹れてくれていますからね。見様見真似です」

 ルカは出来上がったハーブティーをカップに注ぐと、蜂蜜を少し入れて、ソフィアに手渡した。


「どうぞ」

「ありがとう」

 礼を言い、一口飲む。

 蜂蜜の入ったほんのりと甘いお茶に、思わず息が漏れた。


「……美味しい」

 素直な言葉が彼女の口から零れる。


 カモミールをベースに、オレンジフラワーとセントジョーンズワートをブレンドしたハーブティーは、とても良くできていた。


「そう言っていただけて、安心しました。見てはいましたが、お茶を淹れたのは、今回が初めてでしたから……」

 そう告げるルカは、どこかホッとしたように笑った。

 その笑顔に、ソフィアは少し反省する。


「ごめんね」

「どうして謝るのです?」

「……心配、かけたみたいだから」


 彼が選んだハーブを見ればわかる。

 どれも不安や、抑うつなどに効能のあるハーブばかりだった。

 このブレンドを作ったのは、彼女が悩み、精神的に疲弊していることを心配してのことなのだろう。


 だが――――


「また、悪い癖が出ましたね」


 ぺチッ


 不意に、指で額を弾かれた。

 呆然と額に手を当てる乙女に、ルカはにっこりと笑う。


「貴女は謝らなくても良い所でも謝る癖がある。何も悪いことはしていないのですから、謝る必要はありませんよ」

「だけど……」

 それでも言い募る彼女の唇に、そっと人差し指が触れた。


「心配くらい……させてください」

 そう言って、少し寂しそうにルカは笑う。

「せめて、私には弱さを見せてくださいませんか?これでは、私は何の為に人間になったのかわかりませんから」

「ルカ……」

 彼の想いに、ソフィアは小さく笑った。

 そして、カップを置くと、椅子から立ち上がり、彼の身体に腕を回す。


「――――本当に、ルカには敵わないね」


 紳士の背に腕を回し、胸板に顔を埋めて、乙女が弱弱しい言葉を紡ぐ。

「どんなに取り繕っても、すぐに私の心を見抜いくんだもの……本当に、敵わない」

「当然ですよ。私は、猫である時からずっと…貴女だけを見てきたのですから」


 ソフィアを抱きしめるルカの腕は、いつも温かい。


 ルカが人間になって早数ヶ月。


 今では、この腕に抱きしめられることが、日常となっていた。


「いつも、ルカには助けられてばかりだね。私……」

 紳士の心臓の音を聞きながら、そっと目を閉じ、言葉を続ける。


「助けられてばかりで…甘えてばかりで…なのに、私……」

「ソフィアさん?後ろ向きな思考になっていますよ?」

 髪を撫でながらも、ダメだしをしてくる紳士に、小さく苦笑した。


「ごめん。でも、私もルカに何かしたいなって思って」


 思えば、この猫紳士にはいつも助けられてばかりだった。


 ルカが人間になってからというもの、ソフィアを取り巻く環境は、以前と比べて劇的に変化した。


 他者との交流が増え、更に親しい人間……友達までできた。


 それだけではない。


 今も含め、この猫紳士はソフィアが不安を抱え、悩んでいると必ずそばに寄り添い、励ましてくれた。


 自分に自信が持てなかった彼女が、少しでも自信を持つよう促がしてくれた。


 いつも与えられるばかりでは、申し訳がない。


 折角だから、自分だって彼に何かをしたい。


 そう思い、彼女がそれを口にした瞬間、髪を撫でる手がピタッと止まった。


 不思議そうにソフィアが顔を上げると、ルカはじっと彼女を見下ろしていた。


「今、私に何かしたいとおっしゃいましたか?」

「えっ?うん……言った」

「それは……私が望むことを貴女が叶えてくれると……そういうことでよろしいのですよね?」

「うん、私にできることなら」

 ソフィアが頷くと、ルカは暫し彼女を見下ろし……やがて、満面の笑みを浮かべた。


「では、一つ。叶えて欲しいことがあります」

 そう言って、耳元で囁く彼に、ソフィアは真っ赤な顔で素っ頓狂な声を上げたのであった。





 ガヤガヤ――――


 出店が立ち並ぶ町の中、いつも以上にバッズの街は賑わっていた。


 今日は、メイボンと呼ばれる秋の日。


 秋の収穫を祝う祭りが大々的に行なわれているのである。


 建物には、麦の穂や木の実、色づいた葉を使った飾りが飾られている。


 出店では、東洋から伝わる染物やそれらを使った衣類、そして可愛らしい装飾品が並んでいた。


 食べ物も豊富で、肉や魚の燻製や塩漬け、チーズやバターなどの乳製品、ワインやビール、蜂蜜酒などの酒類、蜂蜜、木の実、果物、それらを使ったパンや菓子といった、秋の恵みの品々が並び、美味しそうな匂いを漂わせている。


「ソフィアさん、もう少しこちらに寄って下さい。人が多いですから」

「う、うん……」

 そう言って、腰を抱きよせる紳士に、ソフィアは真っ赤な顔で為すがままに言うことを聞いている。


 ルカがソフィアに叶えて欲しいと願ったこと。


 それは、人間の男女が行なう逢瀬……すなわち、デートであった。


 当然、デートどころか、恋愛経験皆無のソフィアは、真っ赤な顔で断った。


 ヒューゴへの返答がまだ出ておらず、二人とも仕事があるからだ。


 しかし、頭の回転の速いこの猫紳士は、乙女の言質を悉く取り、更にはオリバーでさえ頭の上がらないバッズの老婦人を味方につけ、デートの約束を取り付けたのであった。


 今、ソフィアは老婦人が命じて仕立てた、秋色の愛らしいドレスを着ている。


 折角のデートなのだから楽しんでこいという、老婦人の粋な計らいであった。


「そのドレス、とてもよくお似合いですよ」


 乙女を抱き寄せて歩く紳士は、上機嫌でソフィアのこめかみにキスを贈る。

 その髪には、イブニング・プリムローズ……月見草が飾られて、美しくアレンジされている。

 実は、彼女の髪は老婦人付きメイドから教えてもらい、毎日ルカが自らアレンジしているのだ。


 老婦人は、ルカを気に入っているらしい。


「あのご婦人には感謝しなくては……土産は、ベリー酒でよろしかったですよね?」

「うん……ご主人との思い出の味みたい」

「では、あとで買って帰りましょうか……ソフィアさん、そろそろ顔を上げてもらえませんか?照れている貴女も大変可愛らしいのですが…やはり、ちゃんと目を見て話したいですから」

「………」

「おや、お忘れですか?今日の約束を……何でも言うことを聞いてくれるんですよね?」

「……………」

「おかしいですね。そもそも、この約束は貴女から提案したことのはずなのですが……」

「~~~!」

 ニコニコと笑うルカに、ソフィアが顔を上げ、恨みがましい視線を送る。

「フフ、よくできました。それでは、御手をどうぞ」

 そう言って、差し出された手に、ソフィアは恥らいながらもその手を取った。


 長い指が、彼女のそれと絡まりあう。

「さて、今日はメイボン……収穫を祝うお祭りですから、心行くまで楽しむとしましょうか。ソフィアさん、どこに行きたいですか?」

「えっと……特には……」

「あちらに、林檎をたくさん使ったカスタードパイが売られているそうですが……」


 その瞬間、ソフィアの青い目がキラリと光る。

 ルカは笑みを深くすると、すぐさまお店に向かい、パイを買う。

「はい、どうぞ。ちょうど出来立てだそうで、まだ温かいですよ」

「――――ありがとう」

 心を見透かされ、恥ずかしそうに頬を染めながらも、礼を述べる。


 一口頬張ると、カスタードの濃厚さと、煮た林檎の甘さが口いっぱいに広がった。

 思わず、頬を緩めるソフィアを、猫紳士は愛おしそうに見つめている。

「……あれ?ルカは食べないの?」


 ソフィアの分しか買わなかったのか、ルカは手ぶらだった。

 林檎もカスタードも、猫は中毒を起こすものではないし、何よりパイ生地に使われるバターは猫の好物だ。


 太りこそすれど、嫌いではない筈なのだが……


「私は大丈夫です。美味しそうに食べる貴女の顔を見ていたら、それだけで幸せですから」

「……っ……あ、味見だけでもしてみない?!」

 またもや真っ赤な顔で恥らう彼女に、ルカは笑いを堪えながら、首を振った。


「本当に、見ていて厭きませんね……いいえ、パイは結構ですよ。それに…―――」

 パイを割って分けようとする彼女を制し、ルカが顔を近づけた。


「!」

 ルカの赤い舌が、乙女の唇についたカスタードを舐めとる。


「貴女の唇を舐めたら、味見ができますから」

 悪戯っぽく笑う猫紳士に、乙女は鳴り止まない鼓動を感じながらも、彼にからかわれ、玩ばれているという事実に腹を立てる。


「もう!意地悪ばかりするなら帰る!」

 そう言って、一人帰宅しようとする彼女の腕をルカが引き止めた。

 そして、猫紳士は黒い笑顔を向け、ソフィアの耳元でこう囁いた。


「おや、忘れたのですか?これは、私との約束を破った罰でもあるということを……」

 ルカの言葉に、乙女の顔が一気に青ざめる。


 教会事件の最後に贈られたヒューゴからのキス…自分以外の匂いを付けないと約束したにも関わらず、それを避けられなかったとして、この猫紳士はずっと根に持っていたらしい。


 そもそも、あの時は治療をしている最中であり、言ってしまえば不可抗力である。


 しかし、彼にとって、そんなことは関係ないようであった。


 ちなみに、毒の浄化でユアンと手を握ったことがカウントされていないのは、彼が事前にルカに話をつけたからである。


「忘れたのであれば……思い出させてあげましょうか?」


 怖い笑顔に、ソフィアは震えながら首を振る。

「……忘れてない…」

「そうですか。それなら、結構です」

 項垂れる乙女の手を握り、猫紳士は意気揚々と人が多い通りを進んでいったのだった。




 それから、二人は脅迫まがいの会話を忘れ、出店を回ったり、出し物やパレードを見たりと、楽しい時間を過ごした。

 そして、日が暮れる頃……町の中心部の場所に大きな火が燈され、その火を囲うようにダンスが行なわれ始めた。


「まいどあり~」

 ソフィアはルカから離れ、一人店で買い物をしていた。

 彼と手分けして、お土産を買っていたのだ。

 老婦人へのベリー酒を買い、戻ろうとして……ふと、一つの店の前で足を止める。


(あ……これ……)


 並べられたアクセサリーの中に、美しいイヤー・カフがあった。


(ルカに似合いそう…)


 チェーンがつき、リングに青い小さな石が嵌め込まれたそれを持ち、小さく笑う。


「おや、お嬢さん。いらっしゃい。これは男ものなんだけど…彼氏にでも贈るのかい?」

「えっ?あ……」

 返答に困るソフィアに、店主である老婆はニコニコとイヤー・カフについている石について語り始める。


「お目が高いね。これは、安物だけどちゃんとしたサファイアだよ」

「サファイア……」

 一瞬、自身の瞳を思い出し、暗い表情を浮かべる。


 そんな彼女に、老婆は不思議そうな顔をしながらも、笑顔でイヤーカフを進めた。

「いいじゃないか。お嬢さんの瞳みたいで綺麗だし、それにこの石は愛する人を守る力があるんだよ?」


 店主の言葉に、ソフィアは店主を見やる。


「愛する人を守る……?」


「そう。昔からね、サファイアには病を癒し、悩みや苦しみから救う力があるって云われているんだよ。そして何よりサファイアの宝石言葉は慈愛。心から愛した人を一途に想い、そして守る宝石でもあるのさ」


 その瞬間、ルカの顔が脳裏に過った。


 ルカは、誰よりもソフィアのことを想ってくれていた。


 猫の姿である時からずっと、その身を案じ、守ってくれた。




 では、ソフィアが想う、守りたい相手は……―――――?




 その問いの答えが出るのと同時に、彼女は店主に手を差し出していた。


「すみません。これ、下さい」

「あいよ。彼氏もきっと喜ぶよ」

「………そうですね…」


 本当は、彼氏などではない。


 況してや、人間同士でもない。


 けれど、ソフィアは否定することができず、肯定した自分に内心驚いていたのであった。



この辺りの話は、個人的に気に入っています。

けれど、ソフィアとルカはこれからちょっとしんどくなります。

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