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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
15/40

新たに提示された道

【新たに提示された道】




「これで、事後処理は全部終わったかな~」

 オリバーがチェックした用紙を、山積みになった書類の上に投げ、伸びをする。


「ええ、これで全部です。オリバー、お疲れ様でした」

 既に自らの仕事を終え、自分の席でのんびりと日向ぼっこ兼昼寝をしていたルカは、相変わらずの笑顔だった。

 そんな彼を、オリバーはジトッと見やる。


「……ホント、ルカちゃんって寝てるのか、起きてるのか分からないよね」

「おや、そう見えますか?」

「そもそも、何ですぐに仕事を終わらせちゃうの。しかも完璧に!」

「私は、一つのことに集中する性質でして」


 猫は、集中力がずば抜けている。


 しかし、持続力や持久力はない。


 だからこそ、短い時間で仕事を終え、笑顔を浮かべたまま軽い仮眠を取るのだ。


 それでも、仕事を一回で完璧に終えるという芸当は、人間でもあまりできないことなのだが…


 コンコンコン――――


「失礼する」

 そう言って執務室に入ってきたのは、厳格な雰囲気を纏う、見慣れない青年だった。


 落ち着いたブロンドの髪と、鋭いアースアイの瞳、シックなロングコート。


 ここまでであれば、クールな美青年である。


 しかし、腰には二丁の銃、背中には散弾銃と、何やら物騒なものが装備されていた。


 明らかに、カタギの人間ではない。


「お疲れ、アレックス」

 アレックスと呼ばれた青年もといアレックス・ウィル・ハワードは、国を守る近衛隊の総司令官であり、地を意味するテーレの称号を持つ者だった。


 彼は、王太子であるヒューゴの護衛も兼ねている、側近中の側近でもある。


「ヒューゴは?」

「相変わらず、社会見学だと抜かして脱走を図ろうとするのでな。サルビア教会で預かってもらっている」

 そう言って、溜息をつく彼の眉間には皺が寄っていた。

 どうやら、ヒューゴのお守りは彼の悩みの種らしい。

「心中お察しします。今度、また絞めておきますから」

「あぁ、よろしく頼む。猫殿」

「いや、よろしく頼むじゃないでしょ!?」


 オリバーの突っ込みに、けれど男達は固く握手を交わした。

 それほど、ヒューゴの脱走もとい社会見学でアレックスは迷惑をこうむっているようである。


「それよりも!サルビア教会で起こった一連の事件のこと、報告に来たんじゃないの?」


 オリバーの言葉に、見た目に反して知性派のアレックスは表情を変えることなく、手に持っていた書類を二人に見せた。


「あのサレナとかいう司祭。随分と手広くやっていたようだな。毒を宿す鉱石の闇取引は、このバッズを中心に王都付近の町でも行なわれていたようだ」

 書かれている内容に、オリバーとルカは眉をひそめる。


 サレナ司祭は、教会での地位と権力、そして実家の力を使い、毒を有した鉱石を宝石と偽り、装飾品や家財として高値で売りつけていたのだ。


 全ては、教皇になる為に…――――


 以前、盗賊団の娘が中毒を起こした辰砂入りの口紅。


 銀と偽った、輝安鉱きあんこうの食器。


 アクセサリーに加工された燐銅ウラン石。


 そして、石綿を使った建築物など。


 全て、人体に有害な代物ばかりであった。


 また、サルビア教会の歴代の司教が短命だったのは、かつてサレナ司祭が教会に寄与し、司教の自室やありとあらゆる場所に石綿を使わせたり、水銀や鉛が塗られた食器やグラスをプレゼントしたりしていたからである。


 当然、それらの罪はどれも重罪で、彼は今後裁判にこそかけられるものの、死罪は免れないだろうと云われている。


「君の地方潜入がこれほど長いのはこの為だったのだな。スペンサー」

「ハハ、まあそれだけじゃないんだけどね…」

「それにしても、よくここまで隠し通すことができましたね。正直、彼にここまで知恵があるとは思いませんでした…」

「………確かに、あの司祭はどう考えても小物だよね。こんな大それたことが出来る度胸もなさそうなんだけど」

 二人の意見に、アレックスが軽く息を吐いた。


「二人の意見はもっともだ。何せ、あのサレナとかいう男、取調べ中も意味のわからんことを抜かしているからな。自分には天使がついていると言って喚いているぞ」

「天使ですか……本当にいるのでしょうか?」

「いや、猫の神様がいるんだから、天使だっているでしょ?」

 オリバーの突っ込みに、けれどルカとアレックスはそのまま言葉を続ける。


「犯罪を後押ししている時点で、天使というより、悪魔なのでは……」

「それもそうだな。だが、あの男の妄想や虚言の可能性がある。最近は何故か知らんが、罪人のこの手の言い訳が多いからな。何でも、高位の天使である男が自分を選び、守護を与えたと……」

「えっ?男なの?そこは綺麗な女の子って相場が決まってない?」

「……スペンサー、そんなことばかり言っているから、いつも女にフラれるのだぞ?」


 側近仲間からの手厳しい突っ込みに、オリバーががっくりと項垂れる。

「手酷い突っ込みをありがと。でもさ、どうせ天使が現れるなら、ソフィアちゃんみたいな子が現れてくれたらって思わない?」

 同意を求めるオリバーに、ルカは思案げに顎に手を当てる。

「確かに、彼女であれば天使と見間違えても可笑しくありませんね」

「でしょ?」


 ソフィアの容姿は、とても美しい。


 まるで、一つの欠陥もない石像のように……


 下手をすれば、人形のようにも見える。


「……そう言えば、ソフィアは今どうしている?」

 若干、呆れ気味の表情を浮かべるアレックスに、ルカが答える。


「サルビア教会で、子供達に薬草を使った石鹸作りを教えていますよ」

「そうか……彼女のおかげで貧困層の衛生状態がよくなっているという。彼女の行いには感謝しないとな」

「フフ、ソフィアさんも楽しそうですよ。誤解されがちですが、本当は人が好きな方ですから。そういうわけで…」

 いつの間にか身支度を整えていたルカが、にっこりと笑う。

「今日はこの辺で失礼します。ソフィアさんを迎えにいかなくては」


 バタン――――


「って、今まだお昼なんだけど!?執務時間内だよ!?」

 閉められた扉に、オリバーが叫ぶ。

「…苦労しているな、スペンサー」

 ポンと肩に手を置くアレックスに、オリバーが嘆息する。

「お互い苦労人だよね。お守り役として」


 王太子の護衛と、猫紳士の保護者は、振り回される者同士、深い溜息をついたのであった。




「ソフィアおねえちゃん、こんな感じでいいかな?」

 空き箱で固めた石鹸を取り出し、一人の少女が聞いてくる。


「うん、よくできているよ」

「やった!」

 新たに司教となったエルダー老人の元に通っていた子供達は、その老人が育てた薬用植物を生活に役立てるべく、活用法をソフィアから学んでいる。


 今日は、廃油を使った石鹸作りだった。

 捨てられた肉の脂や灰汁、塩などを使えば、石鹸を作ることができる。

 そこに、エルダー司教の薬用植物を使えば、植物の薬効と相まって、身体を清潔に保つことができるはずだ。


「ソフィア!」

 ヒューゴが、数人の子供達と一緒に教会の厨房にやってくる。

 彼は、勉強に飽きた子供達と遊んであげていた。


「ヒューゴ、お疲れ様。よかったら飲み物はどう?」

「お、気が利くな。丁度喉が渇いてたんだ」

「皆の分もあるからね」

 そう言って、ソフィアはカメリアを含めた少女達と一緒に手作りのジュースを配る。


 これも、エルダー司教が育てた西洋ニワトコ……エルダーフラワーを使ったコーディアルだった。


「上手いな。これソフィアが作ったのか?」

「ううん、カメリアちゃんだよ」

「そっか。ありがとな。カメリア」

「いえ……」

 笑みを浮かべ、礼を言うヒューゴにカメリアは照れたように笑う。


 あの事件以来、カメリアが負った心の傷は深く、薬という言葉だけで震えていた。

 だからこそ、ソフィアは石鹸やお茶、菓子など、薬ではないものの作り方を教えて、トラウマを克服できるように手助けしていた。


 薬だけが、人の命を救うのではない。


 規則正しい生活を送り、心身を清潔に保てば、薬を使わなくとも、健康的に暮らすことができるのだ。


 そして、それが最終的に人の命を救うことに繋がる。


 それがわかっているからこそ、ソフィアはカメリアに自分の持つ知識を教えている。


 これで、少しでも彼女のトラウマが癒えることを願って……


「ヒューゴ、見習い僧のアドニスさんはあれからどう?」

 喉を潤し、今度は石鹸作りに携わっていた子も交えて、再び遊び始めた子供達を眺め、ソフィアが問う。


「死刑は免れた。だが、やっぱり罪が重いからな…僻地の教会に送られることになった。まあ、事実上の幽閉だな」

「そう…」


 見習い僧のアドニスは、カメリアを利用したことを白状し、彼女に罪はないことを裁判で訴えたらしい。


 更に、現司教であるエルダー老人の恩赦もあり、僻地でも比較的温暖な気候の場所に送られるという。


 きっと、その場所でも今までの薬の研究を生かし、今度こそ人を救うためにその知恵を使うだろうとのことだった。


「カメリアちゃんが、早く元気になればいいね」

「そうだな」

 今、笑顔を浮かべて遊んでいる少女を眺め、そう呟く。


 毒を作らされた上に、信じていた人間から裏切られた心が立ち直るには、まだ時間がかかるだろう。


 けれど、彼女ならきっと立ち直るだろうという自信もあった。


 ソフィアとヒューゴは互いに顔を見合わせ、笑い合う。

「きっと、大丈夫だよね」

「あぁ、あの子なら大丈夫だ。それよりもさ…」


 ヒューゴの視線に気付いたソフィアがクスッと笑う。

「レモングラスのシャーベット、ちゃんとヒューゴの分も取っているから安心して。今、出すから」

 そう言って、オリバーが寄贈した冷凍保管庫からシャーベットを取り出そうとして……ソフィアはそのまま氷のように固まった。


 そこには、氷以外何も入っていないからだ。


 そして、どこからともなく聞こえてくる咀嚼音に、二人が振り返ると…

「フフ……ハム……」


 厨房の隅で、見知らぬ青年がシャーベッドに舌鼓を打っていた。


 甘党なのだろうか。


 それはもう、幸せそうにシャーベッドを頬張っている。


「ユアン!お前!」

 食べ物の恨みとは恐ろしい。

 楽しみにしていたシャーベッドを横取りされ、怒ったヒューゴが思わず掴みかかろうとする。


 しかし、見えない壁に阻まれ、掴むことはおろか、近寄ることすら叶わなかった。

 ユアンと呼ばれた青年はゆっくりと振り返る。


「何?」

「何?じゃねぇ!結界なんか張りやがって!それは俺のだぞ!?」

「あ……ごめん。一個だけ入っていたから、つい……」

「俺の楽しみをよくも!」

 怒るヒューゴに対し、大して気にも留めていないのか、ユアンと呼ばれた青年はゆったりとした口調で謝っている。


 癖のあるミルクティー色の髪に、眼鏡をかけた紫の瞳……そして、不思議な紋様が描かれた白いローブ。


 一見、不思議な雰囲気の青年だが、彼もまた王太子であるヒューゴの側近であり、ローズブレイド国お抱えの魔法使いであった。


 ユアン・クラーク。


 称号はプリュイ……雨の意味である。


「ヒューゴ、落ち着いて!また作るから」

 何とかヒューゴを宥めようとするが、彼の怒りはまだ収まっていないらしく、ぶつぶつと恨み言を言っている。

「ソフィア…」


 あっという間にシャーベットを食べ終えたユアンがソフィアに声をかける。

「そろそろ……僕を手伝って欲しい……手を…―――」

 そう言って、差し出された手に、乙女は彼の意図を察し、手を握った。


 すると、目を閉じた二人の足元に魔法陣が現れる。


 魔法陣から発せられた波のような風が二人の髪を靡かせた。


 そして、ユアンが静かに目を開ける。


「――――浄化」


 その瞬間、魔方陣から光が放出し、それらが雨のように教会内に降り注いだ。


 光が壁に染み込み、教会内に使われた石綿が分解され、無害なものへと変質していく。


 全てが終わり、目を開けると、そこには先程とは違い、柔和な笑みを浮かべるユアンの姿があった。

「うん、これで全部終わったね」

「ユアン、元に戻ったの?よかった」

「今、君が僕に魔力を分けてくれたでしょ?おかげでリカバリーが早く済んだよ。ありがとう」


 先程とは打って変わって、流暢に話すユアン青年は、優しい微笑みを浮かべている。

 だが、ソフィアの背後に立つヒューゴを見た瞬間、一気に青ざめた。


「ようやく正気に戻ったようだな?ユアン」

 ニヤリと笑うヒューゴに、青ざめたまま後ずさるユアン。


「普段は甘い物苦手な癖に、リカバリーの時だけ甘党になりやがって。食い物の恨みは恐ろし――」

「……ヒューゴ、後ろ」

「は?…―――ってうおっ!?」


 ヒューゴが背後から伸ばされた手をかわす。

 すると、その手の主がわざとらしく溜息をついた。


「おや、残念。気付かれてしまいましたか」

「ハッ!二度も同じ手を食らうかよ」

 笑みを浮かべるルカに対し、余裕の表情を見せるヒューゴだが、それでも彼を警戒し、一定の距離を保つ。

「要領が良いのか、はたまた運が良いのか……オリバーと違って、貴方には同じ手は通用しないことが悔しいところですね」

「普通に失礼だぞ。オリバーに」

「私は思ったことを素直に話しているだけですよ。それよりも……」


 そっと、ルカが壁に触れる。

 状態を確認し、ソフィアとユアンに振り返った。

「無事に教会内の毒は浄化できたようですね」

「うん、ソフィアのおかげで、こんなに短期間で全ての毒を浄化できたよ」


 サレナ司祭によって、教会内のあちこちに使われている石綿。


 放っておいても、それらは分解されない。


 だからこそ、ユアンの力で石綿を分子レベルで構造を組み替え、無害なものにしたのだ。


 このローズブレイド王国において、圧倒的に数が少ない魔法使い。

 その中でも、百年に一人の逸材と言われているユアンに、基本できない魔法はない。


 使用したことがない魔法でも、使える術者と触れ合い、同調することでその魔法を使うことができるのだ。


 ユアン曰く、魔法も魔術も決まった法則もとい術式があるという。


 そして、治癒魔法の術者であるソフィアの身のうちには、解毒の術式が存在するらしい。


 エルダー司祭の毒を摘出できたのは、その力の為であった。


 そして、ユアンはソフィアの手を握り、彼女の持つ解毒の魔法を借り、それを自らの術式と合わせて発動したのである。


 広範囲であった為、数日かかってしまったが、これで教会は安全な場所になった。


「ユアンはすごい。教会に出入りする人全員に毒から守る結界を張って、その状態で毒を浄化したんだもの」

 ソフィアの言葉に、ユアンは軽く苦笑する。


「何度もリカバリー状態になってしまったけどね。だいぶ、迷惑をかけてしまってごめん」


 リカバリーとは、魔法使いが魔力の使いすぎで、著しくどこかに不調をきたしている状態である。


 個人差があり、ユアンの場合は魔法こそ使えるものの、理性が弱く精神が幼稚になり、更に甘い物を欲しがるようになるのだ。


「それじゃあ、ようやく全ての後片付けが済んだってわけだな」

「うん、もう大丈夫だよ」

 ヒューゴの言葉に、ユアンが頷く。


「そっか。じゃあ、そろそろ俺達も王都に帰らないといけないな。長いこと留守にしていたから、王宮の連中にも迷惑をかけるし」

「えっ?それじゃあ、ヒューゴ達とはもう……」

 寂しげな声音に、ヒューゴが笑う。


「そんな顔するなよ。それに、お前も一緒に王都に来るんだろ?」

「えっ、どういうこと?」

 首を傾げるソフィアに、ヒューゴがルカを見やる。


「何だ、まだソフィアに話してなかったのか?」

「すみません。私もオリバーも忙しかったもので……」

「―――…そうか。それじゃあ、ソフィア。俺から話すんだが、ルカはオリバーの補佐官になっただろ?オリバーも任務を終えた今、俺達と一緒に王都へ帰る。命も狙われているからな。そうなった時に、部下であるルカも王都で執務についてもらおうってことになってな。それで、この際お前も王宮で薬師として働いてもらえねぇかなって思ってさ」


 突然の話に、ソフィアは目を丸くする。


「この国は、見ての通り、医療系の学問が劣っている。だからこそ、お前みたいな人材が…―――」

「待って。急にそんなこと言われても……」

 ヒューゴの提案に、けれど乙女は困ったように言葉を濁す。


 ソフィアは、放浪の薬師だ。


 王宮で働くということは、すなわち王家に仕えるということ。


 王家に仕える人間は、一般的に王族や貴族に限られている。


 しかし…――――


「俺は、生憎身分で人を判断しない性質なんでね。使えると思った人材は、とことんスカウトする主義なんだ」

「……でも……」

「返事ができないってんなら、待つさ。けど、前向きに考えてみてくれ」


 ヒューゴの提案に、ソフィアはただ困ったように俯くことしか出来なかったのであった。


補足:コーディアルはコーディアルシロップのこと。

ここでは、ハーブティーを濃く煮出して、砂糖を加えてシロップにしたもの。

水や炭酸、酒で割って飲む。

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