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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
12/40

猫の励まし

【猫の励まし】



 ソフィアは、エルダー司祭の寝室の隣部屋にいた。

 既に、必要なものは揃え、準備は出来ている。


 だが…――


「……っ…」


 乙女は椅子に座り、祈るように目を瞑っていた。


 頭に浮かんでは消える、不安と恐怖。


 震えを抑えようと、負のイメージを振り払おうとするが、それが余計に不安を助長してしまう。


(しっかりしなくちゃ。私が失敗したら…また……―――)


 “お前さえ生まれてこなければ、お前の母親は…”


 “わああぁぁ、助けてくれーー!”


 “この子だけは…この子だけはどうか!お願い、許して!”


 ドクン――


「っ!」

 過去の嫌な記憶が甦り、心臓が嫌な音を立てる。


 自分が失敗したら、複数の人の命が失われる。


 心優しい司祭も、罪を着せられ、牢に入れられた少女も……そして、かけがえのない存在である、猫の青年も……―――


 それだけではない。


 色々と助けてくれたオリバーにも迷惑をかける上に、今も自責の念に囚われているヒューゴは、ずっと罪悪感を引き摺ることになるのだ。


 けれど…


(落ち着かないと…この瞳の力を制御できないと失敗する)


 彼女が持つ、サファイア色の青の瞳。

 この瞳こそが、ソフィアの治癒魔法(ヒーリング)の要なのだ。

 瞳に宿る膨大な力を利用して、彼女の治癒魔法(ヒーリング)は高度な治療も行なうことができる。


 しかし、治療が高度であればあるほど、瞳の力を酷使しなければならず、万が一制御できなかった場合、この力は暴走して周囲を破壊してしまうのだ。


 だから、軽い治療にしか魔法を使わなかったのだ。

 切り傷や打撲程度なら、瞳の力をそこまで酷使する必要はないから。


 更に、この力の厄介なところは、ソフィアの心が安定しないと使えないことだった。

 それ故に、この瞳は持ち主であるソフィアにとって、かなり手を焼く代物なのである。


 只でさえ、成功率が半々なのに、自分では制御しにくい力を酷使しなければならないという状況。


 機から見れば、何故あんなことを言ったのかと思うだろう。


 それでも、この力を最大限に発揮し、使いこなせたことが、一度だけあった。


 それは…――――


 チュウッ


「っ!?!?」

 突如、眉間に何かが吸い付き、言葉にならない声を上げる。


 目を開けると、そこには…――――


「ルカ!?」

 彼女の真正面でにこにこと白銀の紳士が笑っていた。


「何するの!?その前に何でここに!?」

 一人だった筈の部屋にいつの間にか侵入してきた彼に、乙女はパニック状態に陥った。

 一方、もう数え切れないほどキスをされているにも関わらず、あいも変わらず顔を真っ赤にして恥じらうソフィアに、ルカは笑みを深くすると、悪びれることなくこう告げた。


「これは失礼。私が入ってきた事にも気付かないご様子だったので、つい悪戯心が……」

「~~~もうっ!」


 そのまま、プイッと顔を背ける。


 けれど、それはほんの一時だった。

 暫くすると、ちらっと恥ずかしそうにルカへと視線を向ける。


「………でも…おかげで緊張がとれた……ありがとう…」

 その表情に、猫紳士はすぐさま吹き出した。

 口元を抑え、肩を震わせるルカに、ソフィアが抗議の声を上げる。


「もうっ!何で笑うの!?」

「フフフ、すみません。先程の表情があまりにも可愛らしかったものですから…」

 猫紳士は目尻を拭い、何とか笑いを堪えると、そのままソフィアの身体に腕を回してきた。

 意外にもたくましい腕が、乙女を包み込む。


「……ですが、まだ少し緊張されていますね。身体が強張っています」

 ルカがソフィアを抱きしめ、ダークブラウンの髪を撫でる。

 その心地よさに、ソフィアの目に涙が滲む。


「ルカには、敵わないね」

「……と言いますと?」

「―――心配して来てくれたんでしょう?前の姿の時も、あなたは私が泣いていると、よくこうしてそばに来てくれたから」


 いつも、一人だったソフィアは、慰めてくれる者も励ましてくれる者もいなかった。

 彼女自身が、人との関わりを狭くしていたことが大きな原因だが、それでも患者を助けられなかった時は己の力不足を嘆いたし、一人が寂しくて涙を流したことはあった。

 そんな彼女の心を見透かすかのように、この猫はソフィアが一人悲しみにくれると、膝に乗ってきた。


「あの頃に比べたら、貴女はだいぶ素直になりましたね。初めは、何度も膝から下ろされたり、部屋に逃げられたりと大変でした」

 最初は、何者にも頼らず一人で生きると固く決意していた為、つまらない意地を張り、猫である彼ですら拒絶した。


 まるで、自分の弱さを見透かされているようで、怖かったから。


「ごめんね…」

「謝らないで下さい。今はこうして、私に心を開いてくれている。それで十分です」

 うっすらと頬を染める表情は、どこまでも優しい。


「あの頃は、貴女の膝に乗って抱かれることしかできませんでしたが……」

 そう言いながら、ルカはソフィアのつむじにキスを贈る。

「今は、こうやって貴女を抱きしめることができる。今の姿を与えてくれた、女神バステトには感謝しなくては…」

 そのまま、彼は自らの額をコツンと彼女の額に重ねた。

 エメラルド色の瞳が、優しい光を湛えている。


「大丈夫」


 柔らかな声音が、そう囁く。


「大丈夫ですから」

「ルカ…」

「自分を信じて下さい」

「………」

「……もし」

 何も答えない彼女に、ルカが額を離す。


「もし、どうしてもご自分を信じることができないのであれば…」

 大きな手が、ソフィアの顔を包み込んだ。

 真っ直ぐな視線が、乙女のサファイア色の瞳へと注がれる。


「貴女を信じている私を、信じて下さい」


 彼の言葉に、ソフィアが大きく目を見開く。

「私は、貴女を信じています。私の命を救ってくれた貴女を……信じています」

「…っ…ルカ…」

「貴女なら、きっと出来ます…――――私を、信じていただけますか?」


 その問いに、彼女は泣きながら、コクッと頷いた。

 零れ落ちた涙を、ルカの赤い舌が掬う。


「しょっぱいですね」

「…涙はしょっぱいものだよ」

 そう言って、彼女は顔を上げた。


 その瞳には、もう不安の色はない。


「頑張れそうですか?」

 紳士の問いに、ソフィアはしっかりと頷いた。


「うん、もう大丈夫―――…ありがとう。ルカ」


 乙女は覚悟を決めると、意を決して一歩を踏み出したのであった。




「……………」

 ソフィアがエルダー司祭の元へと足を運んだ直後、別室へと移動したヒューゴは、未だ自責の念に駆られたままだった。

 近くのソファに座り、ただ一人黙って俯いている。


 すると――――


 バシャッ!!!


「!?」

 ポタポタと、彼の髪から滴が落ちる。


 呆然と顔を上げると、傾けたグラスを片手に、白銀の紳士が冷めた目線で青年を見下ろしている。


「………いきなり何しやがる!!!」

 唐突に、頭から飲み物…冷たいラベンダーティーをぶっかけてきた紳士の胸倉を掴み、ヒューゴが怒声を上げる。

 怒りを湛える金色の瞳に、ルカの翠色の瞳はどこまでも冷たいままだった。


 胸倉をつかまれたまま、彼はソフィアに向ける表情とはうって変わって、無表情のまま彼を見据える。


「おや、そんな顔もできるのですね」

「お前…っ……ふざけているのか!?」

「ふざけているのは貴方のほうでしょう?いつまで落ち込んでいる気ですか?」

 ヒューゴの手を掴み、無理やり身を離すと、そのまま衣服を整え、鋭い視線を青年に向ける。


「落ち込んでも、何の解決にもならないでしょう?」

「うるせえな、俺だってわかっている!わかっては……いるんだ」

 そう言って、彼は再びソファへと腰を落とした。


 そのまま頭を抱え、息を吐く。

「わかっているさ。俺が、ここで落ち込んでも何の解決にもならねぇのは……けどよ、どうしたって考えちまうんだよ。自分の無力さを……」

 自らの力のなさを嘆く青年の姿に、ルカの瞳から鋭さが消える。


「俺は、ガキの頃からじいさんに迷惑をかけてばかりだった。だから、己を鍛えて、力をつけて……立派になった姿をじいさんに見せてやりたかった。それが恩返しだと思ったからだ」

 青年の言葉に、紳士は黙って耳を傾ける。


「やっと、力をつけて……己の役目を全うできるくらい成長できたと思った。なのに、結局俺は……何もできなかった。挙句の果てに、俺自身がじいさんに毒を手渡しちまった」

 そう言って、拳を振るわせる、自称騎士の青年。


 一見、明るく楽観的に振舞っているが、その本質はどこまでも責任感が強く、そして情に厚いのだろう。


 ルカは、もう冷たい視線を彼に向けることはしなかった。


 そして――


「……貴方が毒を手渡したことは、変えられない事実です。幾ら嘆いても……起きてしまったことは覆せない」

 その言葉に、青年は自嘲気味に笑う。


「そうだよな……だから、俺は……」

「だからこそ」

 ヒューゴの言葉を遮り、ルカがはっきりと告げる。

「だからこそ、己の不始末は己で拭うべきなのでは?」

 その言葉に、黄金色の瞳が大きく見開かれる。


「お前…」

「貴方の今すべきことは何ですか?落ち込んで、ただ現状を見ているだけですか?」

「っ!」

「貴方が力をつけたのであれば……その力を使って恩師を救えばいい。それに―――」


 ギイィィッ――


「っ!」

 扉を開けて入ってきた人物達に、ヒューゴが視線を向ける。

「貴方には、貴方を慕い、力を振るう心強い味方がいるでしょう?」

「ハハ…」

 揃った面子を見て、自称騎士の青年が笑った。

 そして、彼らを前にしたヒューゴの瞳に、再び力強さが戻る。


 彼は、今度こそ自ら立ち上がった。

「――よし、じゃあ早速鼠捕りに取り掛かるとするか!」

 ヒューゴの掛け声に、彼らは皆それぞれに頷いた。

 それから青年は、ルカへと視線を向ける。


「当然、お前も参加するよな?」

 青年の言葉に、ルカは無表情でこう言った。

「私は貴方の臣下ではありませんが……」

「気付いてんだろ?俺はお前の上司の更に上司であり、お前の名づけ親だぜ?」

 ニッと笑う自称騎士に、ルカはやれやれと溜息をついた。


「仕方ありませんね。これも仕事です」

 ルカの返答に、彼は屈託のない顔で笑った。


「ハハ、期待しているぜ。猫は鼠捕り得意だもんな」

「……やはり、知っていたのですね」

「あぁ、報告を受けていたからな」

「………」

「そんな顔するなって。俺は使えると思った存在は、とことん使う主義だぜ?」

 そう言って、片目を瞑る彼に、ルカは再度冷めた表情で彼を一瞥した。


「―――なるほど、オリバーも人使いの荒い上司を持つと大変ですね」

「一応、褒め言葉として受け取っておくぞ。クソ猫」

 仲が良いのか、悪いのかわからない二人の雰囲気に周囲がおろおろする中、ヒューゴは真剣な眼差しで皆を見据えた。

 その場の空気が一瞬で変わる。


「―――解っているな?今回の目標は、教会に掬う鼠の捕縛と、その裏側に隠されたものを引き摺り出すことだ。それぞれ、配置につけ」

 彼の命令に、各々が各自散っていく。


「ルカ、お前は俺と来い」

「……いきなり何ですか」

「何だよ、俺に名前呼ばれるのが嫌なのか?」


 あっけらかんとした彼の態度に、ルカは真顔のままポツリと呟く。

「別にそうではありませんが…」

「そっか。それと、さっきはありがとな。お前なりの励ましだったんだろ?」

「……………」

「おいおい、待てよ!何怒ってんだ?」


 スタスタと先に部屋を出て行こうとするルカを、ヒューゴが追いかける。


「待てって。おい、ルカ!」

「ヒューゴ、無駄話はこの辺にして下さいね。鼠が逃げてしまいますよ?」

「お、やっと名前呼んだな?いつも“貴方”とか“彼”呼びだったから、いつ呼ぶのかと…―――」

「貴方も“お前”呼びだったでしょう?」


 青筋を立て、怖い笑顔を浮かべるルカと、そんな彼の態度に動じないヒューゴは、言い合いをしながらも、ある場所へと向かっていったのだった。



別タイトル:猫の神対応と塩対応ツンデレともいう

ルカ本人曰く、雄に優しくする趣味はない(そうでもないが…)

あと、ヒューゴの正体、バレバレ…ひねった話は難しいな(;^ω^)

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