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死神乙女と猫紳士  作者: 仁和 あみ
蕾の章
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貴女ならできる

【貴女ならできる】


 ソフィアとルカは、教会内をあちこち見て回り、やがて厨房へと足を運んだ。


 そこで、賄い係の見習い僧に頼み、教会で使われている食器や鍋を見せてもらう。


 その後、二人は教会内の牢獄に繋がれている少女の元へと向かった。


 牢獄に続く扉を開くと、小さな泣き声が聞こえてきた。


「うぅっ…ひっく…」


 手に持った灯りを牢の中に向けると、茶色い髪の少女が膝を抱えて泣いていた。


 人の気配に、少女がビクッと身を震わせる。


「そんなに怯えないで下さい」


 少女に声をかけたのは、ルカだった。

 ルカは牢の檻に手をかけると、震える少女に優しく笑いかけた。


「私達は、貴女を罰しにきたのではありません。エルダー司祭を助ける為に、貴女からお話を聞きたくてここにきたんです」

 ルカの言葉に、少女がおずおずと顔を上げる。

「……本当?」

「えぇ、本当です」


 ルカが頷くと、少女はバッと二人に近づき、檻に手をかけた。


「司祭様はご無事ですか!?」


 開口一番に少女が問う。


「司祭様は大丈夫ですか!?苦しんでおられないですか!?」


 その懸命な姿に、二人は一瞬驚いたが、すぐにソフィアが笑顔で答えた。

「司祭様は大丈夫だから」

 その事実を伝えると、少女はホッとしたように頭を垂れた。


「よかった…!」


 そう言いながら、はらはらと涙を流す少女の姿からは、純粋にエルダー司祭の身を案じる気持ちが伝わってくる。

 この少女が毒を作ったなど、到底思えない。


「貴女の名前は?」

「…カメリアといいます」

「カメリア…椿の花ですか。美しい名前です」

「ありがとうございます…」


 カメリアと名乗った少女は、項垂れながらも礼儀正しく、ルカに礼を述べる。


「お兄さんと、お姉さんは…?」

「私は外務卿補佐官をしているルカと申します。こちらは薬師をされているソフィアさんです」


 ルカの言葉に、少女の目が見開かれる。


「薬師って…司祭様がおっしゃっていた?」

「えぇ、彼女がエルダー司祭の命を救ったんです」


 ルカがそう言うや否や、少女が檻の隙間から手を伸ばし、ソフィアの手を握った。


「お願いです!司祭様の病気を治してください!」


 少女が泣きながら懇願する。

 その必死な姿に、二人は胸を痛める。


「…何故、そこまでエルダー司祭のことを?」

 ルカがそう問いかけると、少女は涙を拭いながら語り出す。

「司祭様は、私達みたいな貧しい子供に唯一優しくしてくれたんです。読み書きや、これから生きるために必要なこと、私達が立派な大人になって幸せに生きていけるようにって、色んなことを教えてくれました」

「そうでしたか…」

 少女は顔を上げると、再びソフィアへと視線を向けた。


「お願いします!司祭様がいなかったら、私きっと飢えて死んでた!」

 そう言うと、彼女は床に手を付き、額を擦り付けるように深々と頭を下げ出した。


「お願いします!司祭様を助けて下さい!」


 自分が、実行犯として牢獄に繋がれているにも関わらず、司祭の身を案じる少女に、胸が締め付けられる。

「お願いしますっ…薬師のお姉さん…どうか、司祭様を…!」


「…助けるから」


 考えるよりも先に言葉が出た。


「えっ…?」

 顔を上げた少女が、驚いた表情で彼女を見上げる。

 ソフィアは、少女に微笑みかけた。


「絶対、助けるから」

「本当……?」

「うん」

「……でも私、お金持ってない…それなのに?」

 彼女の頭の中では、医者や薬師は高額なお金を請求する者であると捉えているのが伝わってきた。

 すると、ルカが少女に笑いかけた。


「大丈夫です。彼女は命とお金を天秤にかける真似はしません」

「……そうなの?お金がなくても……治してくれるの?」

「えぇ、それに彼女は絶対に約束を守る人ですから。ね?ソフィアさん」

「うん」

「…っ…ありがとう…ございますっ…」


 再び、少女が泣き出した。


 泣きじゃくる少女を二人で宥める。


 ようやく彼女が落ち着きを取り戻した頃、少女に話を聞いた。


「…つまり、貴女はエルダー司祭を助けたくて、見習い僧の方から簡単な薬の調合方法を学んだと…」

「うん…司祭様、ずっと咳き込んでいたから…何か役に立ちたくて…」

「いつも作っていた薬の材料を教えてもらっていい?」

 ソフィアの問いに、少女は素直に材料の名を伝えた。


 聞いてみると、それは薬というよりは菓子に近い物。

 はちみつや、ハーブなどを使った、一般的にはのど飴と呼ばれる代物であった。

 薬だと思い込む少女に、それ以上は何も言わず、ルカが続けて質問をする。


「ですが、何故薬なのです?貴女のような年頃の子供が薬の調合などしなくともよかったでは?」

「司祭様に仕えている見習い僧のアドニスお兄ちゃんが、薬に詳しくて……だから、お手伝いはよくしていたし、教えてもらったの。そしたら、昨日アドニスお兄ちゃんが、こっちのほうがよく効くからって……違う材料をくれて」

 少女の話に、ルカが神妙な面持ちで考え込む。


「…騎士の彼が、今エルダー司祭のそばにいるのは、ちょうど良かったかもしれませんね」


「えっ?」

「いえ、何でもありませんよ」

 ルカは首を傾げる少女に笑いかけると、ソフィアの手をとった。


「行きましょう。そろそろエルダー司祭の容態を診る時間ですよね?」

「うん…カメリアちゃん、話を聞かせてくれてありがとう」

「ううん、司祭様をお願いします」

「貴女の事も必ず牢から出します。だから、私達を信じて待っていて下さい」

「…っ!うんっ!」


 二人の言葉に、少女はようやく花のような笑顔を見せたのだった。




「何!?蓄積した毒を取り除くだと!?」


 サレナ司祭の怒号が、辺り一体に響き渡る。

 再び、応接室へと呼び出された教会関係者は、ソフィアからこれからの治療方針について説明を受けていた。


 彼女の治療方針…それは、エルダー司祭の体内に蓄積している毒を全て取り除くというものだった。


 医術的には、そのような方法は不可能である。


 だが…―――


「魔法なら、それが可能です」

「何てことを!我らヘルバ教がそのような邪悪な術を忌み嫌っているのこと知らんのか!?」

「勿論、知っています」

「ならば…!」

「――お忘れですか?これは、ゼフィール様御自らの依頼ですよ?」

 ルカの助け舟と笑顔に、サレナ司祭が怯む。


「それに、エルダー司祭は太陽ソレイユの称号を持つ王太子様の教育係だったと窺っております。つきましては、今回のゼフィール様のご依頼は、王太子様のご依頼でもあることを、肝に免じていてくださいね?」


 国の上位権力者の名前を出されたからだろう。

 サレナ司祭は忌々しげに舌打ちし、押し黙った。


 ソフィアは一度目を瞑り、深呼吸をすると、意を決したように言葉を紡いだ。


「成功率は五分五分です。私も、このようなことは初めてですから」

 すると、先程から青い顔で黙っていたエルダー司祭付きの見習い僧…アドニスと呼ばれた青年が口を挟んだ。

「五分五分?魔法は何でも出来るのではないのですか?」

「いいえ、魔法は決して万能ではありません」

 はっきりと宣言する乙女に、周囲の人間達がざわつき始める。


 魔法や魔術は、神や精霊の血をひく人間が使えるものと云われている。

 特に、魔法は神々や精霊の血が濃く混じる為か、術の精度は高いのだが、使える人間が少ない。

 それに比べて、魔術は血は薄いが、生まれ持った才能や、肉体や精神を極限まで高めると、使えるケースが出てくる為、使える人間が多い。

 術の精度は魔法よりも落ちるが、逆にあまり失敗がないのだ。


「魔法は、自然の力を集め、それを自らの力と合わせた上で発動します。特に治癒魔法は人体に必要なものを精製し、補わないといけません。だから…」

「なるほど、だからこそ失敗すれば、術に晒された者はひとたまりもないのだな?」


 黙っていたはずのサレナ司祭が再び口を開いた。

 司祭は、糾弾するかのようにソフィアを指差した。


「ならば、失敗した時は貴様の命で責任を取ってもらうぞ!!!」


 サレナ司祭の発言に、辺りは騒然となった。

 ソフィアの額にも、汗が流れる。


「当然ではないか!先程の言葉を借りれば、失敗すれば王太子様の命令を追行できなかったことになるのだろう!?王族の命令は絶対だ。当然、貴様にはその覚悟はあるのだろうな!?」


 言質を取られ、言葉に詰まる。


「それは…」

「出来ぬのか?」

 俯くソフィアの姿に、ニヤリとサレナ司祭が笑う。


 すると、スッと彼女の顔に影が差した。


 見上げると、ルカが守るようにソフィアの前に立ち、サレナ司祭を見据えていた。


「な、何だ貴様。補佐官には用はない。下がれ!」


 余程、彼が苦手なのだろう。

 サレナ司祭が青ざめた顔でルカを睨みつける。


「いいでしょう。その条件、飲もうではありませんか」

「何?」

「ただし、かけるものは彼女の命ではなく、私の命です」

「なっ!?」

「ルカ!?」


 サレナ司祭だけでなく、ソフィアからも驚愕の声が漏れる。


「待って、ルカ!自分が何を言っているのかわかっているの!?」

 ルカの袖を掴み、彼の顔を覗き込む。

 すると、ルカは大して気にも止めていないのか、ソフィアへと笑いかけた。


「貴女を危険に晒すわけにはいきませんから」

「そういう問題じゃない!失敗したら、あなたは…っ!」


「成功しますよ」


「……えっ?」


 目を丸くする乙女を優しく見つめ、ルカが微笑む。


「貴女なら、必ず成功しますよ」


「……ルカ」


「大丈夫。きっとできます」


 そう言って、ソフィアの手を取る彼の手は、とても温かかった。


 ルカの励ましに、心が温かくなっていると、再びサレナ司祭が水を差す。


「フン!偉そうな口を…失敗すれば貴様の命だけではすまんのだぞ?牢に囚われた娘はそのまま処刑される。聖職者殺しは重罪だからな。その娘を紹介したゼフィール様にも何かしらのお咎めがあるだろう。それをわかっているのか?」

 再度の重圧に、けれど紳士はケロッとした顔でこう告げた。


「おや、まるで失敗してもらわないと困るかのような口ぶりですね?もしや…」

 スッとルカの目が細められる。


「成功されては困る理由でもあるのでは?」

「ぐっ!?」

 言葉に詰まる司祭を尻目に、ルカがソフィアの腕を引き、その場を退出しようとする。


「ま、待って下さい!」


 そのまま、応接室から出ようとする二人を、エルダー司祭付きの見習い僧…アドニスが呼び止めた。

 振り返ると、彼は青ざめた顔でこちらを見ていた。


「本当によろしいのですか?ご自分の命をかけたりして……彼女のことも考えれば、このまま手を引いたほうがあなた方の為では?」

 確かに、自分達の手には負えないと言って、このままこの件から手を引けば、ソフィアもルカも身の危険には晒されないだろう。


 しかし…


「このまま、エルダー司祭を見殺しにしても、何の解決にもならないでしょう?それに…」

 ルカが再度ソフィアへと視線を向ける。


「ソフィアさんは、手を引きたいですか?」

「えっ?」

「ソフィアさんは、覚悟を決めたから、毒を取り除くと宣言したのでしょう?」

 ルカの真剣な眼差しに、ソフィアはしっかりと視線を合わせ、頷いた。


「もちろん」

 固い決意を秘めた乙女に、ルカは笑みを強くした。

 そして、再度青年へと振り返る。


「安心して下さい。彼女は絶対にエルダー司祭を救いますから」

「何故、そう言い切れるのです?」

 それでも食いつく彼に、ルカはにっこりと笑顔を浮かべる。


「それはもちろん、彼女を信じているからですよ」


「それは、あなたが信じているだけでしょう?結果は誰にもわからない」

「そんなことばかり言っていたら、何も行動は起こせませんよ。それに、男であれば、愛する女性を信じてあげるものでしょう?」


 その言葉に、ソフィアのサファイア色の瞳が大きく見開かれる。

「彼女は、かつて瀕死の私を救ってくれました。彼女がいたから、私は今こうして生きているんです」

「ルカ…」

「行きましょう。ソフィアさん」


 そう言って、彼女の手を引く紳士の手は力強く、そして温かかったのであった。



明日、投稿できないので、続けて投稿します。

私には、もったいないレビュー、本当にありがとうございました。

至らない点もありますが、一人でも気に入って読んでくれている人がいる。

それが、本当にうれしいです。

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