プーアと言う名(2)
洞窟を出て、キサラ王国に帰還するカーナリアとピンクの目女の子。
後続の補給隊と合流したカーナリアは軍用馬車に揺られる。
向かい合って座る二人は何も言葉を交わすことなく、ただただ窓の外を見つめているだけだった。
窓の外の黒い霧が薄くなる。
そろそろ霧がきれる頃合か……
カーナリアは、目の前に座るピンクの目の女の子の様子を伺った。
透明な体が、小刻みに揺れている。
震えているのか……
やはり、霧から出るのは怖いのだろう。
今更ながら、カーナリアは後悔した。
もし、赤い目の女の子が言っていることが本当なら、このピンクの目の女の子は死ぬことになるのだろう。
せっかく、自分を信じてくれたにも関わらずである。
もし、そうなった場合には、私はどうすればいいのだろうか……
そんなことを考えているうちに、馬車の窓から日の光が差し込んだ。
カーナリアが窓の外を見る。
透き通るような青空に太陽がさんさんと輝いていた。
カーナリアは、鬱屈した車内の空気を入れ替えるかのように窓を開けた。
窓からさわやかな風が吹き込んでくる。
先ほどまでのよどんだ黒い霧を、まるで洗い流すかのように心地よい風。
「どうやら霧から出たみたいだな……」
カーナリアは額に手をかざし、太陽の光を遮った。
だが、声が返ってこない。
まさか!
咄嗟にカーナリアは、目の前の座席に目を戻す。
そこにいるはずの女の子がいない。
座席には大きな液体が広がっていた。
座席からこぼれ落ちるしずくが、ポタポタと馬車の床を濡らしている。
ああぁぁぁ……
カーナリアは、馬車の床に膝まづく。
ああぁぁぁ……
液体を必死に拾い集めるが、手の隙間からこぼれ落ちていく……
私のせいだ……
私のせいだ……
この子を殺したのは私だ……
ただ、生きたいと思っていたこの子を殺したのは私だ……
軍用馬車の中には、女の大きな泣き声が響いていた。
それからのババアは魔王軍と人間軍の間に入って和平を模索したそうだ。
だが、それに反して時代は争いの渦の中へと落ちていく。
その動きは大きな川の流れのようであった。
ババア一人が頑張ったところで時代のうねりなんて止まるわけがないのだ。
ましてや、赤き目の魔王は、妹を殺された怒りでババアの言葉には一切、耳を傾けない……当然だな……
プーア家は魔王軍、人間軍からも総スカン! そして、そ・こ・か・ら・の! 袋叩きにつぐ袋叩き! もう、めった打ち!
お家断絶されたプーア家は人間世界の表舞台から姿を消した。
それどころか歴史からもプーアの名前は抹消された!
もう、存在すら忌み嫌われる一族……まじ、いらんことするなよ……ババア……
そのため、俺の一族は、人の目を避けて生きる道を強いられた。
それで、森の中に隠れて生活しているというわけだ。
まぁ、それも三世代も前のお話。
歴史からも消えたプーアの名前を、今でも記憶している奴なんて、そうそう生きてはいない。
だが、俺はプーアの名前を恥じていない。
それどころか、父同様、プーアの名前に誇りを持っている。
たとえ、貴族でなかろうが、たとえ、貧乏のどん底であろうが……
異形のモノと人間を、共に幸せにしたいというプーアの願い。
それがババアが残した思いに違いないのだ。
だが、迫害の歴史というものは、些細なキッカケでぶり返すもの。
だから、母は俺に森から絶対に出るなと言っていた。
まぁ、俺は、森から出れないということが苦とは思ったことはなかった。
というのも、周りには、自然がいっぱい。
働く母を邪魔するまいと俺は森の中で遊びまくっていた。
年のころ5歳。
まぁ、やんちゃな盛りだ。
そんな生活が楽しかった事を覚えている。