登山
実は作者は山登りの経験ないです。
俺たちの部署では、今ハイキングというか登山というか───まぁとにかく、山登りが流行っている。というよりかは流行らされているといった方が正しいか。オフィスワーカーであり特に山にも興味がない俺たちが山登りってのも変だが、運動不足解消だのなんだので上が提案したのだ。山に興味ない俺から言わせてもらえばこんなもの給料のでない休日出勤肉体労働と何ら変わりないわけだが、上司の命令とあらば仕方がない。第一、家にいてもやることなどないので、趣味を増やすという目的でもまぁアリかと思い参加した。
登る山は大小様々。っつってもエベレストだのキリマンジャロだのなんてのに登る訳じゃない。大きくても2000メートルかそこらだ。それでも装備とかはガチで揃えなきゃならない高山なわけだが。その一方で、本当にハイキングクラスの山に登ることもある。要は上の気分次第だ。
だが、夏休みの今日はそんな俺でさえ来るんじゃなかったと後悔した。だって富士山だぜ富士山。上が秘密とかなんとか抜かす時はいっつもこうだ。言われた荷物の量で察するべきだったか。まぁ来てしまったもんは仕方がない。今日のメンバーは、俺、提案してきやがったクソ上司、同期数名、あとは断りきれなかったのであろう気弱な後輩一名だ。全く、なんだって富士山なんかに。山に詳しいメンバーがいるわけでもないのに、だ。
登り始めはまぁ順調だった。怪我もなく、軽く登ってこれた。順調ではあったが、こんなバカでかい山だ。無駄な行動は控えるべきだ。この日は山小屋で早めに床に就いた。
しかし、トラブルというのは起こるものである。手短に言うと、俺たちは遭難した。気づけば明らかに道から外れていた。俺は地図を見て方向を伝えたんだが、上司のヤツ自分が正しいと信じて疑わねえ。なんの根拠もなしに「こっちだ」なんて叫んで間違った方へ進んでいく。このバカ野郎を一人歩かせるわけにもいかないんで全員でついて来ればこの有り様である。バカバカしくて笑えてくるってもんだ。
しかもそこに追い討ちを掛けるような悪天候。上司の話じゃあ晴れるはずだったが、このバカは天気予報すらまともに見れねえのか。結果、俺たちは、数日間の穴ぐら生活を余儀なくされた。
数日のロスを食らった事も含め、俺と後輩はあきらめて下山することを提案したが、あの野郎聞く耳持ちゃしねえ。勝手に一人でやってくれと言いたくもなるが、普段から陰湿な野郎だ。帰った後なにされるかわかったもんじゃない。説得はあきらめて着いていくしか無さそうだった。
案の定食料が足りなくなった。そりゃそうだ。俺たちは数日ロスしてんだから。だがもうそこは高山病も出るような高度だ。クソ野郎が気づくのが遅すぎんだよ。結果ようやく下山することになったが、それでもやはり足りない。何か食えるものはないかと辺りを探しながら降りていたところ、後輩があるものを見つけてきた。
「こ、これニリンソウの芽です! 食べられるヤツです!」
後輩の話を聞く限り、高山植物らしいのだが、あいにく俺は普段こんなとこまで登ってこないのでそんな植物の知識はなかった。食えるのならありがたく食うまでだ。近くに山小屋はなかったが、食料をセーブしていた俺たちはようやく食い物にありつけるということで早速持参していた調理器具を用意して粥を作り始めた。
粥が出来上がり、みんなが一生懸命食べるなか、後輩が手をつけようとしないのが気になった。聞くと「僕は食料を割とセーブしてたのでまだあるんです。全員分はないので分けることはできませんが…とにかく、僕は大丈夫なので、皆さん食べちゃってください」とのことだ。なんか引っ掛かったが、まぁよしとするか。
みんなが食べきった時だった。異変に気づいたのは。
なんだか吐き気もするし、口元や手足も痺れる。あれ、俺って今日こんなに体調悪かったっけな?
後輩が持ってきたのはニリンソウではなくトリカブト。
まぁニリンソウの時点でなんとなく察することはできただろう。
花と根があれば見分けやすいのだが、葉に関しては、芽の状態では分かる違いが無いと言って良い。さらに2つとも高山植物でなおかつ自生する場所も似通っている。初心者がまず手を出すべきではない植物のひとつだ。
さて、そんなトリカブト粥に「自分はまだ食料があるから」と手をつけなかった後輩。単に運が良かったのか、それとも……?