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真っ黒で透明な色

作者: てんつゆ

「ねえ聞いた? また人がいなくなったみたいよ」

「またなの? もう今年に入ってから二人目じゃない」

「違うわ三人目よ」

「そうだったっけ? これ以上増えなければいいんだけど……」


 暑い日差しが照らす教室で、私はうわさ話大好きな女子グループのくだらない会話を横目に下敷きで体を扇いでいた。

 生ぬるい風だが、何もしないよりはいくぶんかマシなので今は無心でその行動をひたすら繰り返す。

 鞄に入れてある水筒に手を伸ばし軽く飲んだところで、後からよく知った声が聞こえてきた。


「また神隠しが起きたみたいだね」


 私が後ろを振り返ると、そこにはよく知った人物が座っていた。

 短めの黒髪の少年で、人の良さそうな笑顔がこちらを見ている。


「またくだらないオカルト話をしたいなら、あっちの女子達としてきたらどうだ?」

「これはオカルトなんかじゃないよ。絶対によく解らない何かの仕業なんだって」

「よく解らない何かの仕業って何の仕業?」

「そんなの決まってるだろ、よく解らない何かの仕業さ」


 私はそれ以上の会話は無駄と判断して前を向いて水筒をカバンにしまい、次の授業を待つ事にした。

 和也はどうしても話を聞いて欲しいのか、私を見ないで明後日の方向に向かって言葉を投げかける。


「今年に入ってから四人も消えているんだ、それなのに警察や村の人がどれだけ調査しても一人も見つかっていない。これをただの家出や失踪って片付けるのには無理があると思うんだけどな」

「二、三人じゃなかったっけ?」

「なんだ、ちゃんと話を聞いてくれてるんじゃないか。季節のそういう所、好きだよ」

「……いきなり気持ち悪い事を言うな。そんな事より、あの娘達の話では二人か三人って言ってたけど何で四人に増えてるんだ?」

「あの娘達にとって人がいなくなった数なんてどうでもいいのさ、ただ外野から心配している私達はなんて慈愛に満ちた人物なんだろうって自己陶酔したいだけの人種なのさ」

「まるで自分は違うみたいな言い草だけど、お前は何かしたのか?」


 言葉を言い終わった時しまったと思ったが時すでに遅く、和也は待ってましたとばかりに満面の笑顔でカバンから地図を取り出してこっちの机に広げてきた。

 地図には赤と黒のサインペンで丸印がつけられていた。


「勝手に人の机に物を置くな」

「まあまあ。そんな事より僕が1ヶ月かけて調査した成果を見てくれよ」


 やっぱり始まってしまった。

 スイッチが入った和也を止めるのは不可能なので、面倒だけど適当に相槌を打ってこの場はやりすごす事にした。


「1ヶ月も調査するなんてよほど暇だったんだな」

「この地図を見て何か思わないかい?」


 和也はわざとらしくトントンと赤い丸のついた場所をつついている。

 どうしてもこれについて聞いてほしいみたいだ。

 正直気は進まないんだが、無視するのも面倒な事になるからたちが悪い。


「……その赤い丸は何だ?」

「よく気がついたね季節。これは失踪した人が最後に目撃された場所なんだよ」

「ふーん。それで?」


 ここまでされて気付かない奴なんているわけ無いと言う言葉を飲み込んで和也の話に耳を傾ける。


「そして、黒い丸は次に人がいなくなりそうな場所を僕なりに予想した場所さ」

「なんで次に事件が起きる場所が解るんだ? もしかしてお前が犯人だったとか?」

「いやいやいや。そんなわけないだろ」


 和也は必死に否定する。

 まあ私も和也が人をさらったり殺したりする事のできる人物とは全く思えないので、そんなに否定しなくてもと思ったが面白いのでしばらくそのままにしておいた。


「大丈夫。お前がそんな奴じゃないって事は解ってる」

「全く。悪い冗談はやめてくれよ」


 私と和也が最初に会ったのは小学校の頃で、4年生の春に突然隣に引っ越してきたのを覚えている。

 それ以来、お隣と言う事もあってよく遊んでいたものだ。

 中学の時は色々とあって疎遠になったが、高校になって再び同じクラスになったのをきっかけにまたちょくちょく話す様になっていた。


「――――で? 何で次に事件が起きる場所が解るんだ?」

「ふふん、それはね。最後に目撃された周辺には必ずオヒカリ様のお社があるんだ」

「おひとりさま?」

「お一人様でしたらこちらのテーブルに…………って違うよ! オヒカリ様だって!」


 私のしょうもないボケをスルーしないでツッコミを入れてくれるのはコイツの数少ない良いところかもしれない。

 

「で、オヒカリ様ってなんだ?」

「この村にはあちこちに石像が点在しているだろ? それがオヒカリ様だよ」

「そんなんあったっけ?」


 記憶をたどってみたけど、村でそんなのを見た気はしなかった。

 言い伝えとかに全く興味のない私は無意識でスルーしてたのかもしれないけど。


「まったく。せっかくこんなに良い村に住んでいるのに土地神様の事を知らないなんて信じられないよ」

「あいにくオカルトには興味がなくてな。ちなみにそいつはどんな御利益があるんだ?」

「道に迷ってる人を光で導いてくれるんだって。君も迷ったらお参りしてみたらどうだい?」

「考えとく」


 神頼みするくらいなら自分でなんとかするのが私の信条だから頼ることなんて多分ないだろうけど、一応記憶の片隅に置いておくくらいはいいかもしれない。


「ともかく。いなくなった人はみんなオヒカリ様の近くで最後に目撃されているんだ」

「迷っている人を導くって言われているのに、何で人を拐ったりするんだ?」

「そこは僕も何かおかしいって思ってるんだ。つまり、人を導く神様がよく解らない何かの影響を受けて悪霊になってしまった。ってのが僕の結論さ」

「ふーん、それは名推理だ。ついでに犯人も捕まえてみたらいいんじゃないか?」


 ここまで話を聞けば和也も満足してるだろうと思い、私は地図を畳んで和也の机に置いた。


「ちょっと待ってくれよ。ここからが本番なんだけど――」


 和也がまだ何か言いたげにしているが、そこでチャイムが鳴り同時に先生が教室に入ってきた事により和也の演説は終了した。


 ――――放課後、私は和也に捕まる前にチャイムと同時にカバンに持ち物を詰め込んで教室の外へと駆け出した。

 後ろから和也の声が聞こえるが止まった瞬間に捕まって名探偵和也の推理劇場Bパートが始まってしまうので、もう何があっても振り向かない。


 弾幕の様な人の波を避けながらひたすらに下駄箱に向かって走る。

 そして階段にたどり着き、下に誰もいない事を確認してから一気に飛び降りた。

 無事に着地すると目の前には誰もいない出入り口が、私が通るのを今か今かと出迎えている様に思えた。


「全く。和也は悪い奴じゃ無いんだが、オカルト方面の話になったら手が付けられないのだけは何とかして欲しいな」


 そのまま靴に履き替えて、今日の予定をメモ帳で確認する。


「今日はバイトの日か」


 メモ帳を鞄にしまいバス停へと歩き始める。

 流石にこんな田舎でアルバイトを募集している所はそんなに多くないので、いつもバスに乗って隣町に行って働いているのだ。


 学校を出た時間が少し早かったのか、門の前の道の周辺には誰もいなかった。

 まるで私以外の全員が神隠しにあったかのような錯覚を感じて後を振り向くと、学校の門から生徒が数人出てきて安心感のようなものを感じてしまった。


「ちょっと和也のオカルト話が頭に残っていたのかな。そんな事あるわけ無いのに」


 人がいるのに安心してそのままバス停へと足を進める。

 バス停が見える場所につくと、バスがちょうど止まっているところだった。


「おい、ちょっと待ってくれ!」


 このバスに乗り遅れたら次が来るまで三十分かかるので、急いでバスへと駆け寄る。

 運転手はバックミラーで走ってくる人物を確認してくれたのか、私が乗り込むまで発車を待ってくれていた。


「はぁっ……はぁっ……あっ、ありがとうございます」


 バスの運転手は何も言わずに親指をグッと立てて返答してきた。

 私は息を整えながら財布からコインを取り出して乗車賃の支払いを済ませる。

 そして、コインが吸い込まれていくのを確認する前に座席へと座りに行く。

 バスの中は数人座っているだけで、ガラガラのがらんどうだ。


「まあ、こんな時間だしな」


 バスに数分揺らされて、隣町へと到着する。


「さてと、事務所に向かうか」


 バス停から少し歩くと、誰も住んでいなさそうなボロボロのビルが見えてきた。

 私は気にせずにそのビルに入って階段を上がっていく。

 階段がギーギーときしむ音を聞きながら二階に上がると、ボロボロの看板が顔を見せる。


 ――――氷室探偵事務所。


 ここが、私が今バイトをしている探偵社だ。

 それなりに繁盛していて収入もかなりあるはずなのに、ここの所長はこれくらいボロボロの方が落ち着くんだと、一向にここから離れる気は無いらしい。


「探偵としての能力は凄いのにな」


 口コミを聞いてここを訪れる依頼人は皆、口を揃えて何で貴方の様な人がこんな場所で事務所を構えているのか? って所長に言うのにもそろそろ慣れてきた。

 …………と言うより飽きてきた。


 たまにはもっと違うリアクションをしてくれる依頼人が来ればいいのにと思いながら、私はいつもどおり事務所の扉を開ける。

 部屋に入ると、奥からタバコの煙と同時に女性の声が投げかけられた。


「ん? 季節か。今日は少し早いな」

「弥生。禁煙するんじゃなかったのか?」

「するさ、これは禁煙前の最後の楽しみというやつでね」

「その最後の楽しみはいったい何ヶ月続いてるんだ?」


 私はタバコの煙を手でかわしながら中へと入っていき仕事机に座ると、そこには山のように大量の資料が積み上げられていた。

 ちなみに、この資料を整理するのが私の仕事だ。


「こんなに沢山仕事があるならアルバイトか社員を増やせばいいのに」

「探してはいるんだが、なかなか使えそうな人材がいなくてな」

「本当か? バイト募集の張り紙もしていないのに一体どうやって探してるんだ?」

「直感さ」


 そうなのだ、私がここで働く事になったきっかけと言うのも街で買い物をしていたら突然知らない女性に腕を掴まれて気が付いたらこの事務所に連れ込まれていた。

 そして流されるまま弥生の仕事を手伝う事になっていた。


 資料整理が一段落して弥生の方を見ると誰かと電話をしている。

 電話が終わると席を立ち上がり出口へと歩いて行く。


「ちょっと出かけてくる。それが終わったら勝手に帰っていいぞ」


 弥生は言いたいことだけを告げると事務所を後にした。

 無音の事務所にドアの閉まるバタンという音が響き渡る。


「ふう」


 と、ため息をひとつ付いて残りの仕事に取り掛かる。

 その道では有名な事務所なので、扱う事件は多岐に渡り資料を整理するだけでもかなり大変だ。

 たまに殺人事件も舞い込んで来るため死体の写真を見る事も少なくは無い。

 最初は抵抗があったが、何度も見ているうちにもう慣れてきてしまった。

 本当はこんな事に慣れない方がいいのかもしれないが…………。


 ただ写真と実物は違うし、もし本物の殺人現場を見たら悲鳴のひとつでもあげてしまうかもな。



「やっと終わった」


 ――――――数時間後。


 山のように積まれた資料は私の手によってすべて仕分けられていた。

 そして、仕事が終わってから軽い掃除をしてから事務所を後にする。 



「少し遅くなったかな」


 事務所の外に出たら日は完全に落ちていた。

 街には帰路につく社会人や夜遊びする学生が溢れている。

 人の波と反対方向に進み人の少ないバス停にたどり着く。

 時刻表を見たらかなり時間に余裕があったので、ファミレスに行って食事を取ってから帰る事にした。


 バス停の前にあるファミレスに入ると、可愛い制服を着たウエイトレスが出迎える。


「お一人様ですか? ではこちらにどうぞ」


 ウエイトレスに付いて歩いて席に付いた瞬間なにか既視感があった。


「あれ、さっきのやり取り今日二回目だったような……」


 そういえば学校で和也と似たようなやり取りをしたような。

 内容はあんまり覚えてないけど、土地神がなんとかだっけ。


 思い出そうとしている所で注文した物が来たので、それ以上考える事をやめて食事を優先した。


 食事が終わりファミレスから出ると、ちょうどバスが到着する直前だった。

 そのまま数分バスを待っていたら運転手以外誰も乗っていないバスが到着する。

 私だけがそれに乗り込み扉が閉じられた。

 街を出たら、街灯の少ない真っ暗な空間が広がっていた。

 バスはライトと広い間隔で置かれている街灯、そして月明かりを頼りに道を進んでいく。

 

 ――――しばらくして、遠くに明るい場所が見えてきた。

 そこが私の降りるバス停だ。


 バス停に降りてバスが行ってしまうと、街灯に照らされた空間に私だけが取り残された。

 街灯の灯りから外へと足を踏み出すと、そこは何も無い真っ暗な空間が広がっている。

 私はカバンから懐中電灯を取り出して、懐中電灯の灯りと月の明かりを頼りに家へと向かう。


 誰もいない道をまっすぐに進む、この辺りは田んぼしかないのでこの時間は本当に私しか歩いていないと思う。

 家でもあれば多少はマシなのに遥か彼方まで遮蔽物のない道が続いていた。

 まあ逆に考えれば誰かが隠れていてもすぐに見つける事が出来るので、安心なのかもしれないが。


 ――――街灯が見えてきた。


 バス停から次の街灯までは数分歩かないとたどり着く事は出来ない場所に置いてある。

 街灯の中に入るとなぜだか安心感があった。

 ほとんど同じ場所なのに暗闇から光の中へと入るとこんなに安心するのはどうしてだろう。


 街灯の横には寂れた自動販売機が置いてある。

 この村の数少ない自動販売機で、この自動販売機にはバスから家に帰る時によくお世話になっている。


 今日はどれにしようかと悩んでいると、自動販売機の横に社が建っているのが見えた。


「……そういえば、昼に和也が何か言っていたっけ」


 土地神様の顔くらいは確認しようと社を覗いたら扉が閉められている。


「これじゃあどんな奴なのか解らないじゃないか」


 私は社の扉を開いて中を確認する。


「女の子?」


 よくある坊主のお地蔵様のような物を予想していたのだが、そこにあったのは女の子の石像だった。


「これは違う奴なのか?」


 まあ、どうでもいいやと扉を開けっ放しにして、自動販売機でジュースを買うことにする。

 カバンから財布を取り出そうとした所で、街灯の灯りが消えた。

 さっきまで元気に付いていたので電球の寿命では無いと思う。


「停電?」


 自動販売機の方を見たら、その光も消えていた。


「――コインを入れる前で助かったな」


 ジュースは諦めてそのまま家に帰ろうとすると、何かおかしい。


「あれ……懐中電灯も消えてる?」


 電池で動く懐中電灯が停電になるはずがない。

 仕方ない、もう月明かりだけで帰るかと上を見たら。


「――月が消えてる?」


 私は月明かりさえ無い暗闇に一人閉じ込められた。

 何かがおかしい。

 真っ暗で何も見えない。

 何百回と歩いている道なのに何も見えないと、どこに行けばいいのか全く解らない。


 しばらく立ち往生していると、何かがどこからかこちらに近付いて来ているような気がした。

 足音も気配も感じ無い。

 ただ私の第六感がここは危ないと訴えかけてきているが、真っ暗でここから一歩も動くことが出来なかった。


 足が動かない。

 手が動かない。

 呼吸さえ止まっている。


 ただひたすらに、それがここに来るのを待っている事しか今の私には出来ないようだ。

 私の終わりを確信していると、何者かに手を引かれている感覚が右手にあった。

 気配を感じ無い何かではなくその手からは確かに人の温もりが感じられる。


「こっち」


 手を引く方から女の子の声が聞こえる。


「はやく」


 私は手を引いてくれている女の子の後に付いて暗闇を走る。

 真っ暗で女の子の姿は確認出来ないが、ただひたすらに手が引かれる方に向かって走る。


 ――そして、気が付いたら先程いた自動販売機の場所に立っていた。

 今度はちゃんと街灯も自動販売機の電源も付いている。

 上を向いたら月明かりも地上を照らしていた。


 懐中電灯のスイッチを押して前を照らしてみる。

 心なしかスイッチが少し重い感じがした。

 そこにはさっきまで無かったはずのモノがそこにあった。


「えっ」


 懐中電灯で照らしたモノに驚いて、地面に落としてしまう。

 そして、それは落ちた懐中電灯を拾ってこっちに差し出してきた。

 私は恐る恐るできるだけゆっくりとそれを受け取った。


「ふふっ、どうぞ」


 その声には聞き覚えがあった。

 覚えているとか知っていたでは無く、さっきまで話していた人物を普通に会話をするかのような感覚で私の口から言葉が出てきた。


「さっき助けてくれた……女の子?」


 誰もいなかった場所に女の子が一人立っている。

 年は私と同じくらいだろうか、真っ黒の着物に真っ黒な髪の毛でまるで闇の様な感じがする。狭い村なのにこの周辺で一回も見たことが無い少女だった。

 

「六人目にならなくてよかったわね」

「六人? 何の事だ?」

「さあ? 何の事だか。――ともかくこれに懲りたらもう少し早く家に帰ったら?」

 

 少女はそのまま街灯の灯りの外に出て夜の闇へと溶け込んで行く。

 黒い着物なので暗闇に紛れると言うのでは無く、闇と同じ色に同化していくといった表現が正しいと思った。


「……いったい何だったんだ」


 ――ポタリ。


 水が落ちる音がした。

 また何か得体の知れないモノが現れるのかと周りを見たが、今度は変わった様子は見受けられなかった。

 私の手を見ると凄く汗をかいているようで、汗が地面に弾かれる音に恐怖してしまったのだろう。

 必要以上に恐怖に敏感になってしまっている。これはなんとかしないと家にたどり着く前に恐怖心で倒れてしまいそうだ。


 ――ドタン。


 次に何かが地面に倒れる音が聞こえた。

 私はもう恐怖で倒れてしまったのかと体を確認すると、何処にも痛みを感じない。

 よく考えてみると目の前の景色が変わっていないので私が倒れていない事は明白なのだが、今の私には物事を冷静に考える能力が無くなっているのかもしれない。


「痛ったぁ」

「ん? さっきの奴が消えた方か?」

 

 私は声のした場所に懐中電灯の光を移動させてみると、先程の少女が地面にうつ伏せになって倒れているのを発見する。


「おい。大丈夫か?」

「うぅ、さっきので力を使ったせいで動けないみたい……」

「だったら家で休んでいくか? 食事くらいなら用意できるぞ?」

「――そうね、本当はこれ以上巻き込みたくは無いのだけど、休憩と食事とお風呂くらいはいただいても良いかもしれないわね」

「なんか要求が一つ増えてないか?」

「地面に倒れて汚れてしまったんだしそれくらいはいいじゃない」


 やれやれと思いつつも、命の恩人であろう少女を軽く起こして自宅へと向かって歩く。

 服に関しては夜で黒い着物なのでどこが汚れてしまったのかよくわからなかったが、髪の毛に軽く土が付いているようだ。


「そういえば、暗い場所でお前に助けられた気がしたんだけど、あのままあそこに立っていたらどうなっていたんだ?」

「何も無かったわよ」

「はぁ? それってどういう――――」

「何も起きずに、何も無かった事になってしまうだけ」


 こいつの言っている意味が解らない。

 言ってる意味は解らないが、あまりこの件について関わってはいけないと言う意味は解る。

 それ以上の質問が私の口から出てこないし、少女もそれ以上の事を言おうとはしなかった。


 そして、その後は二人共無言で家への道を歩く。

 一人だとあれだけ怖かった夜道が二人になると恐怖がほんの少しだけ和らぐのはどうしてなんだろう。

 

 しばらく歩くとまるで真っ暗な闇に溶け込んでいるかの様なボロ家が姿を表す。


「あら? こんな時間なのに誰もいないの?」

「いろいろあって今は私一人で住んでいるんだ」


 それ以上少女は家の事について聞いてはこなかった。

 気を使ったのか、興味が無いのか、なんと無く聞かなかっただけなのか、隣に少し変わった家があるので興味がそっちにしかないのか。

 まあ、そちらが詮索しないのならばこちらも少女の考えを詮索すべきでは無いのだろう。



 家の近くに家を照らしてくれる明かりはないので、家に到着した私は懐中電灯でドアを照らしながらカバンから鍵を取り出して鍵穴へと差し込みドアを開ける。


 ドアの向こう側にも暗闇が広がっていて明かりを頼りに照明のスイッチを見つけ出して、ボタンを切り替えると真っ暗な暗闇が一瞬で真っ白な光に包まれて全く別の空間へと生まれ変わる。


「入っていいぞ」 

「それじゃあ、お邪魔するわね。あ、ご飯は早めによろしく」


 少女をリビングに案内した後、私は奥へと進んでいく。

 目的地までの途中で少女のもう1つのリクエストである風呂場によって、少しぬるめの設定で湯を入れてからキッチンへとたどり着いた。


「さてと、何かあったかな」


 冷蔵庫を開くと、冷たい風が体を包んで来た。

 そのまま奥を覗き込むと、冷凍チャーハンに目がいったので、それをお皿に盛って電子レンジへと投入する。


 レンジのボタンを押そうとした瞬間、急に停電が起きて周りが真っ暗になった。


 ――――いや。

 真っ暗じゃない。


 自分の手元さえ見えない、全てが「真っ黒」の状態。

 

 さっき外で停電になった時と全く同じ。

 自分すらその場に居ないような、虚無すら無い黒い空間。


 声を出そうとしたけど声が出ない。

 もしかしたら、音すら黒に塗りつぶされてしまっているのかもしれない。


「こっち!!!!!」


 再び聞こえた少女の声に引っ張られるように私は黒から現実に戻ってきた。


「ごめん。やっぱり私帰る事にする」


 いつの間にか目の前に少女がいて、申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


「なんなんだ今の?」

「多分私を飲み込もうとして、近くにいる貴方を私と勘違いしたんでしょうね」

「飲み込む? なんだ。お前もオカルト方面が好きな奴か?」

「そうね。好きというか―――――そのものかも」


 少女は同性の私も見惚れてしまうような涼し気な笑みを浮かべた。

 状況はよくわからないけど、帰るといってるのに無理に引き止めるのも良くないだろう。

 一応買い置きの惣菜パンがあったから、それを渡すと少女は数秒で食べてしまった。

 よほど腹が減ってたんだろうか。


 その後、会話もなく私は少女を玄関まで見送って別れの挨拶をする事になる。


「――――そういやお前の名前ってなんて言うんだ?」


 少女は少しだけ沈黙した後。


「ヒカリ。そう呼んで」

「なんかオヒカリ様みたいな名前なんだな」

「あら、オヒカリ様を知ってるの? 意外と信仰心があるのね?」

「今日悪友から無理やり聞かされて知ってただけだ。私の名前は時節季節。季節でいい」

「ふ~ん。まっ、もう会うことは無さそうだし別にいいんだけどね。それじゃ」

「ああ。またな」



 ヒカリを見送った私はレンジに入れっぱなしの冷凍炒飯を再び冷蔵庫に戻そうとレンジの中を確認したのだが。


「熱っ!?」 


 停電になって温められて無いはずの冷凍炒飯が熱々の熱気を帯びていたのだった。

 確かにボタンを押す直前までは電気が付いていて、ボタンを押した瞬間に停電になったはず。

 時間にして10秒も温めて無いはずなのに、何でこんなに熱くなってるんだ?


 

 ――――次の日。


 学校の休み時間に私が昨日出会った不思議な出来事を和也に話してみると、和也は目を輝かせながら私の会話を聞いた後。


「ついに季節もこっち側の人間になってくれたんだね!」


 と、謎の同類認定をされてしまった。


「全てが妄想のお前と一緒にするな」

「妄想って失礼な。僕のはちゃんと文献とかで調べたれっきとした調書なんだって」

「それは良かったな。そういやお前が失踪事件について調べてた地図みたいなのあっただろ? あれコピー取らせてくれないか?」

「別にいいけど。ただって訳にはねぇ」


 和也は悪い顔を私に向けてきた。

 知らない仲ではないのでコイツが無理難題をふっかけて来る事は無いと解ってはいるが、何故か今回は嫌な予感がした。


「私に出来る事ならある程度はやってやる」

「本当に?」

「ある程度、な」

「じゃあ今度、僕と歴史資料館に行こうよ」

「……………は?」


 私はギロリを和也を睨むと、少したじろいて後ろにある机にぶつかり転びそうになる。


「いや、冗談だって。こういった話をしても全く興味なさそうだった季節が急に興味を持ってつい嬉しくなっちゃって」

「―――――まったく。面白くない冗談はやめてさっさと言ったらどうだ?」

「だったら僕も一緒に調査するってのはどう?」

「それも却下だ」

「なんでさ?」

「お前と調査すると煩そうだから」


 まだ半信半疑とはいえ、あんな事を起こす得体の知れない物の調査にコイツを巻き込むのは止めておいた方がいいだろうな。

 

 どうしようも無くなったら頼む事になるかもしれないが、まだその段階では無いわけだし。


「じゃあ季節の調査が終わったら話を聞かせて? それくらいならいいでしょ?」

「それくらいならな。コピーは授業が終わってからでいいか?」

「いいよ。あっ、コピー代は僕が出してあげるよ。やっぱりこういうのは男が奢らないとね!」

「10円も奢ってくれるなんて、本当にお前は良い男になるよ」


 私は皮肉を込めて言ったつもりだったが、和也は何故か嬉しそうにしていた。

 本当にコイツの考えはよくわからん。


 ――――授業が終わってコンビニに行きコピーを取らせて貰ったお礼にジュースを和也に投げ渡してから、今日もバイトの予定があった事を思い出して弥生の事務所に向かう事にした。


「入るぞ」


 事務所に入ると、弥生が相変わらずタバコを吸いながら何かの事件の資料を読んでるみたいだった。


「季節。すまんが今日は来客があるから早めに終わってくれないか?」

「来客? 私がいたら困るのか?」

「ああ。どうやら依頼主がなるべく話を人に聞かれたく無いらしい。だから適当に片付けてから帰ってくれ」

「りょーかい。今日は楽ができそうだ」


 私は机に座って資料の整理を始めると、気になる文字が目に入ったので1枚の紙を手にとった。

 連続失踪事件。


「なんだお前。それに興味あるのか?」

「学校で少し話題になってたからな。そういえば、弥生にも一応報告しておくか」


 たぶん馬鹿にされるだろうなと思いつつ私は昨日あった出来事をなるべく鮮明に話すと、弥生は真剣に私の話を聞いた後にパズルのピースがはまり納得したような表情を浮かべた。


「なるほど、オヒカリ様か」

「…………おいおい。ここは探偵事務所じゃなかったのか?」

「そうだぞ。ちなみに探偵の仕事ってなんだと思う?」

「事件を解決する事」

「そのとおり。だが、犯人が人間だけだとは限らない。この前のお供え物が消えた事件とかな」

「――――あれは野良猫が犯人だっただろ」

「そうだ。つまり、どんな事件も人間以外が犯人だって可能性もじゅうぶんにありえるって話だよ」

「だから幽霊が犯人の可能性もあるって?」

「なんだ。飲み込みが早いじゃないか」

「…………ふぅ。幽霊が犯人の事件も解決できるなら探偵より霊媒師とかの方が向いてるかもな」


 本気なのか冗談なのか分からない話が終わり和也からコピーさせてもらった地図をしまおうとすると、弥生は少し興味ぶかそうな表情を浮かべた。


「そういえば、季節。この地図作ったのってお前とどんな関係なんだ?」

「どんなって。ただのクラスメイトだ」

「それだけ?」

「それだけだ」

「確か前にバイトを増やして欲しいとか言ってたよな?」

「…………要件だけ言ってくれ」


 なんだが嫌な予感しかしない。


「なに。この地図を作った奴を新しいバイトに迎え入れるのも悪くないと思ってな」

「絶対に止めてくれ」

「どうした? ただのクラスメイトじゃなかったのか?」

「訂正する。クラスメイト以下の存在だ」

「まあお前が嫌ならそれでいいが、そうなるとしばらくバイトは増えないぞ」

「常にあいつと一緒にいるくらいならそっちの方がいい。それにあいつがいると作業効率が落ちる」


 弥生は軽くやれやれとため息をついてから、もうすぐ来る来客の対応の準備に戻っていったみたいだ。


 私は弥生に依頼が来ている連続失踪事件の資料を机の上に広げた。

 内容はクラスの女子が話してたのとなんら変わらない内容で、新しい情報と言ったら消えた人物の顔写真付きの情報が載っているくらいか。


 ざっと確認すると、女子高生と女子大生が2人ずつでOLが1人。

 和也は4人と言ってはずだったのにと改めて資料を見てみると、どうやら昨日1人追加されていたらしい。


 ―――――ん?

 そう言えば和也やクラスの女子たちは新しい失踪者が出てのに誰も話題にしてなかったな。

 なのに何でヒカリは5人目の事を知ってた?

 むしろ――――どこで知った?

 

「なあ、弥生。最後の失踪者っていつ頃いなくなったんだ?」

「だいたいの時間は資料に書いてあるはずだから自分で調べてくれ」


 私は資料を確認していき、該当する人物を見つけ出した。

 名前は渋谷恵美。大学3年生で21時頃バイト先から家に帰るのを最後に消息不明。


 21時だと私があのよくわからない怪奇現象に会ったほんの少しだけ前になる。

 流石にこれでヒカリが事件に無関係って言うのは無理があるか。


「季節。すまないがそろそろ時間だ」


 弥生の声で気が付いたらもう一時間も経っていた。

 ここまで事件の資料を集中して読んだのは初めてかも知れない。


「じゃあ私はもう行くよ。この資料いくつか持って帰ってもいいか?」

「構わないが、失踪事件の調査をやってくれるのか?」

「調査というよりただの確認だよ。そんなに期待されても困る」


 私は失踪事件に関する資料を一通りカバンに詰め込んだ。

 本来こういった資料は外部持ち出し禁止なんだが、弥生が適当な奴で助かった。

 もしくは私の事を信用してくれているのかだけど、今はそんな事はどうでもいい。


 事務所から出ようとしたら「そうそう」と弥生から声がかけられた。


「そうだ季節。何かが無くなったとしても、それが本当に消えたとは限らないぞ」

「何だそれ? 謎掛けか?」

「アドバイスだよ。――――見えなくなったんじゃなくて、見れなくなった。そんな事があるかもしれないってことだ」

「まどろっこしい事は言わずに結論を言ってくれ」

「怪異ってのは本質を知って現れるのもいれば、本質を知ってしまったせいで雲散するのもある。お前が追いかけようとしてる事件は多分後者の方」

「またオカルトか? あいにく私は幽霊を見る力なんて無いから、弥生が言うような事件なら私の調査は無駄になるかもな」

「なに、私は季節がこの事件を解決してくれるって思ってのアドバイスをしたまでだよ」


 これ以上の会話は時間の無駄と判断した私はそのまま事務所を後にした。

 事務所の階段を降りている途中に1人の女子高生とすれ違ったが、あれが弥生の言ってた依頼人なんだろうか。

 

 確かそこそこ有名な私立のお嬢様学校だった気がしたが、本当にいろんな奴が依頼に来るんだな。


 ――――階段を降りた私は和也からコピーさせてもらった地図を改めて確認すると、ここからすぐ近くに一箇所オヒカリ様が祀られている社があるのでそこに向かう事にする。


 社に向かうにつれ、人通りが少しづつ減っている気がする。

 まあ今から向かおうとしてる社の周りには、洒落た店や観光スポットなんて何も無い場所だから当たり前と言えば当たり前か。


 

 社のある場所は河川敷の橋の真下にあるせいか、橋の影に隠れるようにひっそりと存在していた。


 社の扉は開かれていて、中には女の子の石像が1つ。

 私が昨日見た社と全く同じ物がそこにあった。

 この周辺では学校の部活帰りの女子高生が消えたらしい。

 普段この道は家への近道で使ってたみたいだが、そのせいで事件に巻き込まれたんだろうか。



 地図によると社は全部で10箇所あって人が失踪したのは全部違う場所の社。

 ちなみに私が昨日見た場所はまだ失踪者が出ていない場所だ。


 ――――いや。もしかしたら私が失踪者になっていたかも知れなかった場所か。


 何か手がかりでもあればと思ったが、靴の1つも見当たらない。

 刃物とかで襲われたら血が飛び散っているのかとも思ったが、そんな形跡もどこにもない。


 本当に存在がこの場所で消えてしまったとしか表現しようが無いかもしれない。


「お前が見てたら何か解ったかもしれないのにな」


 私はオヒカリ様の頭を軽く叩くと、何かベチョリと海苔のような感触を指差に感じた。


「なっ!?」


 得体の知れない物を無意識に触ってしまい軽くパニックになりかけたが、何とか気持ちをしっかり持って平常心を取り戻す。


「なんだこ…………れ?」


 指先に付いたモノを確認しようとしたら、そこには何もついて無かった。


 ―――――いや。

 無いんじゃない。


 確かに指先にはベタベタとしたモノが付いている感触はあるのに、ソレは目で視認する事が出来ないのだ。


 腕を振ってソレを無理やり振り落とすと、ぐちゃりと地面に激突したような気がした。

 ――――気がしたというのは、地面に激突したときに音が何もしなかったから。

 ただ私の指先からさっきまでの不快感が消えている事だけは実感する事が出来た。



 ――――オヒカリ様の石像は相変わらず私の事をずっと見つめている。

 もう1度顔の辺りを触ってみたが、もう何か付いてるような感触はしなかった。

 

「なんなんだいったい」


 得体の知れないモノについて考察を始めたが、全く答えが出てこない。

 当然だ。あんなのに出くわした事なんて1回も……………っと、そういや昨日も変な事が起きたっけ。

 

 確かあの時もオヒカリ様の近くだった――――。


 石像を見ているとふと、和也が言っていた言葉が頭の中に再生された。


「オヒカリ様はね、道に迷ってる人を光で導いてくれるんだ」


 …………みたいな感じだったか。

 話半分に聞いてたから多少間違ってるかもしれないが、おおよそこんな感じだったはず。


 もしかしてさっきの奴のせいで導く事ができなかったのか?


 ――――私の時はヒカリが闇から導いてくれた。

 つまりヒカリが導けない状況だった時に闇に飲まれた奴はどうなるか。

 考えたくもない絵空事だ。


 もう一度石像を触ってみたが、さっきのベトついたような感触は全く感じない。

 

 全部取れた? 無くなった? それとも―――――――――逃げられた?


 生物なのかすら分からないモノなのにアレが既にここから完全にいなくなった、そんな確信めいた予感がしていた。


「もうこの場所にいても仕方ないか」 


 わからない事だらけだが、いくら考えてもこれから出来る事は1つしか無いのに変わりはない。

 他の場所にある石像にも何かおかしな事が起きていないか調査をするだけ。


 別に私がここまで必死になって調べる事なんてこれっぽっちも無いが、1回被害者にされそうになった事で意地になってるのかもな。

 

 それに何か解れば弥生に貸しが作れるのもいいかもしれない。


 ――――私は2体目の石像の場所へと急いで向かう事にして、数分後に目的の石像の前に到着した。


 ぱっと見ただけだと何もおかしな所は見当たらない。

 流石にもう一度アレに直接触れるのは嫌なのでハンカチを使って取ろうとしたが、ここにはさっきみたいなモノはついて無いみたいだ。


「なんだ、ここには何も無いのか」


 私はハンカチをしまい、右手で軽くオヒカリ様の石像を触ると。



 ――――ぐちゃり。


 不快感の塊の様な感触が右手から伝わってきた。


「うっ!?」


 さっきまでは無かったのに何で急に!?

 …………いや、もしかして直接手でしか触れないのか?


 嫌悪感にさいなまれながらも私はオヒカリ様に憑いているモノを右手で剥ぎ取って地面へと叩きつけると、その場所に漂っている重い空気みたいなのが消失したような感覚だけは感じる事が出来た。



 ――――その後も他の場所にあるオヒカリ様の石像に向かい同じことを繰り返す。

 この行動が正しい事なのかすら解からないが、1つだけ解ったのは繰り返す度に石像に取り憑いているモノがどんどん重くなっている事。


 ――――途中1箇所おかしな状態になっていた場所があったが、そこの作業も終わらせ今は9箇所周り終わって、最後は私の家の近くにある所。


 ――――私がヒカリと出会った場所だ。


 

 外は日が落ち始めて暗くはなってきているが、まだ太陽は完全に沈みきってはいない。

 この前と比べてだいぶ時間は早いし、問題は無いはず。


 夕暮れ時のひぐらしの鳴き声を聞きながら歩き慣れた道をゆっくりと進む。

 一歩一歩進むにつれ、息が詰まるような感覚が強くなる。


 昨日と同じ道を歩き、昨日と同じカドを曲がると―――――――昨日と同じ社が夕日と同じ茜色を帯びていた。


 あと1箇所だという安心感からか社を見た瞬間、軽く息が漏れる。


 そして、ソレはその瞬間を見逃さないかの様に一瞬にして私の視界を全て黒で塗りつぶした。


「       」


 声が出ない。

 視界が消えた。

 無音。

 手に持ったカバンの感触すら消失した。

 

 闇に飲まれたような。

 ――――いや、闇と同化したような奇妙な感覚。


 自分が思ったより冷静でいられるのは今回で3回目だからかもしれない。

 ――――まあ、あまり慣れたくない感覚だが今は逆に都合がいい。


「ここよ!」


 無音のはずの空間に少女の声がこだまする。

 ――――今回は手を引いてくれないのか。

 

 その声を最後にこの場所から私以外の存在が完全に消え、私の意識も無くなっていくという感覚すら無くなってきた。


 私は足を進める。

 まるで宙に浮いているような感じで、地面を踏みしめる感触がない。


 そうにも関わらず私には目的地に辿り着ける確信はあった。

 何故ならここは私が毎日歩いている道。

 五感の無くなった世界で、いつもやっている事をやるだけなのだから。


 何歩か進んでから私は手を伸ばし、ソレを掴んで引き剥がす。


 直後。闇の世界に真っ白な光が差し込み、私の景色が少しずつ戻っていく。

 例えるなら真っ白な塗り絵に絵の具で色をつけていくような感覚だ。


 色が完全に戻ると、目の前には片目に包帯を巻いた1人の少女が立っていた。


「また会ったな」

「今回はこっちが助けられちゃったかな」

 

 太陽はいつの間にか沈んでいて、ヒカリは少し黒みがかった服を着ていているせいか夜の闇にまぎれて少し見えづらい。


「助けた? 私は顔についてた泥を払っただけなんだけどな」

「けど、そのおかげで視えるようになった」


 ヒカリが包帯を取って目を開くと、私達の周りだけ急に昼間のような明るさを取り戻す。


「オヒカリ様に憑いてた奴は…………いや、あれもお前だろ?」

「――――どうしてそう思うの?」

「さわった感触は違うけど、感覚は同じだったからな。お前には手を引いてもらった事があったし」

「そう…………確かにあれは私。というか私の影かな…………」

「影?」

「光があれば影は必ず出来る物でしょう? 長い年月をかけて光が強くなればなるほど影も大きくなっていった…………みたいな感じかな」

「お前の影だからお前の元に戻ろうとして、顔を覆うように被さったって事か」


 ヒカリは軽く頷いて話を続ける。


「危険な事だから祓いの専門家に頼んだはずなんだけど、なんで貴方なの?」

「その専門家から仕事をぶんどっただけだ」

「ふ~ん?」


 専門家っていうのはたぶん弥生の事だろう。

 たまに怪しい来客やよくわからない書類が散らばってたが、裏でこういった仕事も受けてたんだな。


「――――それで、これからどうするの?」

「別にどうもしないぞ?」

「半分くらい私が失踪事件の原因なのに?」

「失踪した奴等はもう見えるようになったんだろ?」

「……………なんだ、わかっちゃってるのか」

「それに私には超能力のたぐいは無いから、お前をどうしようも出来ないぞ」

「まあ…………それもそっか」


 ヒカリは少し寂しそうに笑う。

 こいつなりに何か思うことがあるんだろう。


「けど、このままだとまた近いうちに同じ事が起こるかもしれないわよ?」

「その時は私がまたなんとかしてやる。それにこっちでも対策はしておいた」

「対策?」

「一箇所ヒビが入ってたのがあったから、修復するように連絡をしておいた。多分数日中には直してくれるんじゃないかのか? 些細な事だがそのせいで自分の制御が効かなくなったかもしれないしな」

「そうなの? 私は全く気が付かなかったんだけど」

「客観的に見ないと解らない事もあるだろ」


 私はゆっくりとヒカリの方に歩いていき―――――そのまま真横を過ぎ去って家への帰路につく。

 しばらく歩くと後ろからヒカリの声が聞こえた。


「じゃあ今度こそ本当にさよなら」

「ああ。またな」


 ――――――後日、失踪した人物は全員無事に帰ってきた。

 本人達に怪我とかした様子は無く本当に消えた時の状態のまま戻ってきた感じだ。


 当然だろう。

 闇に食われたとか襲われたとかじゃなくて、ただ見えなくなってただけだったからな。



 日常に戻った私は今日もバイト先の探偵事務所への階段を登っていた。

 事件を解決した事で弥生に貸しも作ったし、もうあんな出来事に関わる事は2度と無いだろうな。


「入るぞ」



 私は事務所の扉を開けると、弥生は椅子に座って見知らぬ人物と話していた。

 制服を着ている事からどこかの高校生だとは思うが、最近はずいぶんと依頼者の年齢層が下がったんだな。

 ドアを開ける音で私が来た事に気がついた弥生が話しかけてきた。


「季節、ちょうど良かった」

「そいつにお茶でも出せばいいのか?」

「いや。この客人が用があるのは私では無くそっちだ」

「…………は?」


 嫌な予感がする。


「この娘の通う女子校の旧校舎にあるトイレの天井から赤い液体が落ちてくるようになったので、その調査をお願いしたい」

「…………どうせ錆びてるだけだろ?」

「それがどうも赤いのは血らしくてな。あいにく私は年齢的に潜入しずらいんだが…………おっと、ちょうど良い所に現役の女子高生がいるじゃないか」


 2人の視線が私に集中する。


「勘弁してくれ…………」


 逃げられないと悟った私は、ため息をつきながら話を聞くことにした。


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