幻の都
大陸の北東の山中。随分と険しい山脈が続いている。
大陸でも一番の難所である北の山中を、頭から灰色のフードを被った者が歩いていた。
寒さを防ぐフードは、ゴワゴワした肌触りの布製で厚みがあるもの。
かなり遅れながらもう一人、同じフードを被った男が続く。
「ふぅ、ふぅ、ふぅう」
遅れている男の息はかなり苦しそうだ
何度か振り返りながらも、先を行く者の足は止まる事が無かった。
山中には後ろを歩く男の荒い呼吸音だけが響く。
突然、前を歩く者の足が止まった。後ろを振り向き「ここまで来い」と指差す仕草に、後ろの男は最後の力を振り絞り進んでいく。先の男に追いついた時に眼下に大きな石の門が見えた。
先を行く者はその門を指差し「もう少し」と苦しそうな男の肩を叩く。
呼吸が乱れたままで何度かうなずく男。
一休みした二人は門に向かって険しい道を降りて行く。
巨大な門の前に立つと、後ろの男は大きさに感嘆した。
先を歩く者は見慣れているのか無表情なままだ。
石門の高さは二十メートルはあるだろうか。
岩山をそのまま切り出したような、ざらついた表面を見せている。
先の者が胸の首飾りを取り出し、聞きなれない言葉を呟く。
「μοιρα」
胸の首飾りは光を灯して何度か瞬く。
それに呼応するように門がゆっくりと開き始めた。
完全に開ききった門の先に、美しい町並みと宮殿が現れた。
凍える雪の山中でも、花々が咲き、蝶が舞い、人々は春の装いの軽装で歩いている。
「これは……どんな仕掛けなの? この暖かい陽気を極寒の山脈で実現するとは……ここは?」
後ろの男が呟くと、軽くうなずく先を歩く者が、フードを外して言った。
「もういいですよ。フードを脱いでもバアル」