深夜の誘い
電車を乗り継いで、横浜のお婆ちゃんの家を目指す。
お婆ちゃんの家は駅から離れているので、バスに乗ったのだが、久しぶりだったので、あたしは降りるタイミングを逃し、お婆ちゃんの家を通り過ぎたバス。
慌ててバスの運転手に近づき、小さな声でお願いする。
あたしは恥ずかしがり屋で、何事にも消極的。
運転手は聞き取れない小さな声に、意図を得ずに何度か聞き直す。
あたしはやっと大きな声が出たので、バスの騒音を打ち消す事に成功した。
「すみません降ろしてください」
数キロ先でやっとバスは止ってくれた。
「す、すみませんでした」
真っ赤な顔で急いで降りたあたしは、バスで来た道を逆に走り出す。
「ハァハァ、フー、なんとか着いた」
懸命に走ったあたしは、息を切らしてお婆ちゃんの玄関の前に立っていた。
「ハァハァ、お婆ちゃん久しぶりです」
あたしは息を整えながら、横浜のお婆ちゃんにお辞儀をした。
横浜のお婆ちゃんは、お母さんの方の祖母で、大きな家に一人で暮らしている。
シャンとした姿勢であたしの前に座る姿は、昔から変ってない。
基本的にはあたしに甘いけど、礼儀には厳しいので少し緊張気味。
「詩織久しぶりね、大きくなったわね」
「うん、中学三年生になるよ」
「今日は好きなものを用意したから、たくさん食べておくれ」
お婆ちゃんの言葉どおり、夕食はあたしの目の前には、たくさんのご馳走が並んだ。鶏の唐揚げ、お刺身、エビチリ、サラダ……そして家族ではあたししか食べないトムヤンクン。
「美味しい!」
それからしばらくお婆ちゃんとお話しながら、ご馳走をたくさん食べた。
お腹一杯食べたあたしは眠くなった。
「お母さんには電話しておくから、泊まっておいき」
「うん、そうする……」
その日はお婆ちゃんに家に泊まる事になった。
お風呂から出たあたしは、髪をバスタオルで巻いて二階の寝室へ向かった。
今日は美味しいものを食べて、お婆ちゃんとも久しぶりに、色々と話せて楽しかった。ただ、お婆ちゃんの言葉に気になったものがあった。
「詩織が人を救う強い気持ちを持っていればそれでいい」
いざという時は強く……そんなのあたしに出来ている?
それとその後にお婆ちゃんが言った言葉も気になる
「いつか一人で旅立つ事になるのだから」
旅立つ? あたしはどこか遠いところ行かされる? もしかして海外留学とか?
髪を乾かした後、ベッドに入る。さっきまでは眠かったけど今は目が覚めている。ゴオオン、大きなトラックが通る音が遠くに聞こえる。
「今何時かな?」
なかなか寝付けないあたしは、柱にかかっている大きな古い時計を見る。
コチ、コチ、コチ、あたしの部屋の目覚まし時計より、ゆっくりと音を立てている古い時計。
時間は夜の十一時を過ぎていた。
「そろそろ寝ないと」
いつもと違う部屋、お婆ちゃんとたくさん話して興奮気味。
あたしはなかなか眠れないでいた。
小さな赤いランプが照らす部屋の中。
もうすぐ零時、短針と長針が縦に重なる。
「零時……針が重なり次に日になる、その瞬間は特別な時間」
あたしが読んだファンタジー小説のストーリーが頭に浮かんだ。
零時ジャストに鏡を見ると、見知らぬ人が映り主人公を鏡の世界に引きずり込む。
やけに柱の時計が気になりはじめた、部屋にある姿見の大きい鏡も。
コチ、コチ、コ…チ、コ……チ、コ………チ
時計の時間を刻む音が、あたしの耳に長く大きく聞こえ始めた。
「ほかの世界とつながる? そんな事があるわけない」
怖くなったあたしは布団をおでこラインまで引き上げ、零時の時間が通り過ぎるのを待った。
コ……チ、コ……チ……カチャリ……コチ、コチ、コチ
カシャ、針が重なる音がした……でもその後は何も変った音はしなかった。
零時は過ぎ、時計の音もいつもどおりに戻った。
「はあ~なんか怖かったなあ」
おでこラインから布団を降ろしたあたしは、信じられないものを目にした。
「うそ!」
あたしの呼吸と、全ての動きが止まった。
ベッドに仰向けに眠るあたしの上、空中に浮かび上がる男の子の顔があった。
濃い紫色の渦巻きの中心に見える男の子。
なにかあたしに話しかけていた。
深夜にあたしのベッドの上に浮かぶ男の子の顔。
普通なら怖くてあたりまえなのに、あたしは男の子の声を聞こうとしていた。
怖さより男の子の言っている内容が気になったから。
「あなたは誰?」
夢で見るあの男の子は あたしより二、三歳くらい上、高校生くらい?
空中の男の子が手を伸ばしてきた。あたしは反射的それをつかんだ……次の瞬間、空中の濃い紫色の渦巻きにあたしは吸い込まれた。