究極のパワーアップ
俺は今ドライグにいる。
ゴース大陸の南に位置する竜の国ドライグ。
この半年でこの国はレべリオンに国土の半分を占領されていた。
俺は強い風が吹く草原に立っている。
身につけている翠の鎧が、草原の中に自然に紛れ込んでいる。
修行を終えた今の俺は、ドライグ最強の騎士である翠の竜だった。
「あまり気が進ままないな。てか、俺で倒せるのかよ」
ドライグの族長会議でレべリオンのリーダーの暗殺が決定された。
このまま戦争を続けたら被害が多く、例え勝ったとしても国が成り立たなくなる。
ゴース公国から脱出した俺とアスタルト、アガレス親子は、レべリオンの次の侵略先のドライグへとたどり着き、レべリオン軍との戦いに参加していた。
俺の力は竜の国で開花した。いきなりにパワーアップに驚くくらい。
転生チートで得た竜力はこの国にゆかりがあったのだ。
俺の力が竜力と知っていた暗黒騎士アガレスは、俺をこの国に連れてきて、エナジィの開放を行った。
俺の力は六頭龍という太古の神の一人、翠の龍から授かったものだった。
レべリオンの赤龍と同じ、古代の神だった六頭龍の一人。
最終的に俺の力を完全に引き出すためには、ドライグの長老たちの儀式が必要だった。
交換条件として、レべリオンの赤龍王の暗殺をこの国の長老に頼まれた。
気前がいいことに俺の力の開放は暗殺前に行ってくれた。
まあ、全部の力を引き出さないと赤龍王にはかなわないようだが。
広い平原の先には赤き王の本陣が見える。
力を授かった俺は翠の風と呼ばれようになり、実体を見せずにあらゆる場所に現れ、まさに風のように走り、風のように消える。
五万を越える赤龍王の軍勢の中でさえも変わらない。
俺は誰にも見つからずに一点を目指して進む。
「あそこに赤龍王がいる……確かに感じるな。荒ぶるエナジィを」
ひときわ大きなテントの前に立った俺に、見張りの兵士が驚く。
「誰だおまえは? どこから来たんだ?」
突然現れた俺に驚き、詰問する見張りの兵士。
「赤龍王に会いに。俺は勇者バアル」
見張りの兵士が身構える。
「ドライグの最強騎士……翠の竜だと! なぜ検問に引っかからない?」
「さてなぜかな? ここまで普通に歩いてきたんだけど?」ニヤリと笑う俺。
「こいつ!」兵士は持っていた槍を俺に向けたが、後ろから声がした。
「客人だ。丁重に通せ」
低いが良く通る、赤龍王の言葉に兵士は戸惑う。
「しかし、赤龍王……こいつは相当に危険です!」
再びテントの奥から声が聞こえる。
「構わん。危険な奴だからこそ、会いたいのだ」
俺は奥にも届くように啖呵を切った。
「赤龍王は見事な実力も、自信もお持ちのようだ。ただ、少しは謙虚さもお持ちになったほうがいい」
ちょっとカッコいいセリフ。力を解放された最強勇者になったから、少し格好つけてみた。
俺の言葉に二メートルを越える巨大な人間が姿を現した。
男は真紅のドラゴンメイルで武装し、肩よりも長い輝く金色の髪と同じ色の立派な髭を貯えていた。
見るだけで圧倒される気迫と存在感。
赤龍の剣ブルトガングを持つこの赤龍王は、六頭竜の王でレベリオン(反抗)のリーダーだった。
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兵士達が見守る中でドサリと巨体が倒れ込む。
膝を落とし地面に顔を向けると、口元から滴った足元の血溜まりが徐々に広がっていく。
大地に膝をつく赤龍王の前に立ち、俺は最後を告げる。
「そろそろ決着をつける時だな」
俺は剣を払いながら言った。
俺は戦ってみて自分でも驚く強さを持っていた。さすが太古の神の一人の力。
赤龍王とは戦いにならなかった。俺の圧勝である。
それは赤龍王と俺の力の元である緑の龍との相性もある。
ドライグの長老たちの考えで、火の属性である赤龍王へアドバンテージを持つ、風属性の俺の緑の龍をぶつけた。
結果はこのとおりで、俺は赤龍王を簡単に追い込んでいる……心のどこかに怖さを残すほどの完勝だった。
「俺が世界を征服する王を倒すなんて。大丈夫か? なんかあるんじゃないか」
俺が静かに赤龍王に近づくと、緑の風が赤き王を取り囲んだ。
俺が放つ強い風に赤き王は身動きが取れない。
俺の剣はマスカスではなく風のフルーレ、この魔法の剣と今着ている鎧も竜の国の長老たちから与えられたもので、レジェント級のレア品。
シュン、風のフルーレは風を自由に操る事が出来る、風を操る時に細く、長い刃は音を発する。
俺の剣から発せられた風は、カマイタチとなり、赤き王の胸を一文字に大きく切り裂いた。
赤龍王は切られた衝撃でよろめき、後ろに数歩さがった。
「クッ、緑の龍の力か……自由に風を操るものよ」
翠の竜となった俺を賞賛した赤き王が大地に倒れた。
俺はしばらくそのまま、倒れた赤龍王を見ていた。
なぜか哀しい気持ちになった。圧倒的強い事はむなしさを生むのかワンパンチ……
俺は風のフルーレを二、三度振り血を拭って鞘に収め、陣地の外へと歩き出した。
「赤龍王が倒された!? そんな馬鹿な?」
兵士達は驚きで動けない。
一太刀も俺に浴びせる事が出来ずに、赤龍王が血の海に倒れている、兵士達には白日夢にしか思えなかった。
草原の風を身体に受けながら、歩く俺にに小さな異変が起きた。
「どうしたんだ? 俺の手が……」
自分の右手を見つめた。意思とは関係なく微かに震えている。
「これから……何が起こるんだ?」