獣王の力
ザシュ。 荷馬車の幌が斬り裂かれた。
だが、アスタルトの姿はそこには無かった。軽々と高く飛び上がり、距離をとってふわりと着地したアスタルト。
まるで、猫のような身のこなしだが、体重は二百五十キロを超過。身の丈は軽く二メートルを越える。その巨体からは想像つかない俊敏で柔らかな動き。
ゆっくりとアスタルトの方へ身体を入れ替えながら、グレンが呟く。
「なるほど。アガレス閣下の言うとおりだ。オレの命を賭けないと、触れる事すら無理のようだな、獣王」
アスタルトは大きなアクビをしている。
「そろそろ帰って寝たらどうだ若造。子供は早く寝ないと、大きくなれないぞ!」
俺と同じ扱いを受けて、苦笑するグレン。
「オレを子供扱いか……フフ……いいねえ、こうでなくては」
巨剣ファルクスを両手で握りなおし、グレンは自分のエナジィを高め始めた。
「ふぁあ~~」アスタルトは、まだアクビをしている。
『パワースラッシュ』
グレンが叫び、何もない空中を斬ったと同時に、剣の衝撃波が前方へと吹っ飛んでいく。遠距離からの奥義の攻撃は、アスタルトを捉えた。巨大な身体が強い力に弾かれて、アスタルトの動きが止まった。
それを見たグレンは一気に距離を縮め、次の攻撃に入る。
「いけぇえええええ!」
上段から渾身のグレンの剣が、アスタルトの肩口を狙った。
バシィィイン。アスタルトは強力なグレンの一撃を片手で受けた。
「なにい!?」
自分の渾身の攻撃が簡単に受け止められ、驚くグレンは次の攻撃を放とうとするが、アスタルトの大きな手が剣を掴んでいて、抜こうにも、びくともしない。
焦るグレンを見たアスタルトは、ピンと人差し指を一本立てた。
「いいぞ若造。なかなかいい」
そう言いながらグレンの顔に人差し指を近づける。
剣を掴まれたままのグレンは動けずにアスタルトを睨む。
「それは、なんのつもり……」
言葉が終わるより早く、丸められたアスタルトの人差し指が一気に開かれ、パチンと額を弾かれる、グレンは数メートル後ろへ吹っ飛んだ。地上最強の獣王のデコピン、その威力は凄まじい。
俺がいつも何気にくらっている「イタタ」だけで済むのは、勇者の証拠だろう。
倒れているグレンへ、グレンの大剣ファルクスを投げ捨てたアスタルト。
「ふぁあああああ」
大きく口を開いてアクビした。
「まじでオレは眠いぞ! どうするんだ? そろそろ保護者の出番か?」
やっと身を起こしたグレンが周りを見た。
「なに? 誰かいるのか?」
グレンが周囲を見回す間に、アスタルトはつまらなさそうに答える。
「さっきから気配がしていただろうが。気付けよ、若造。魂が冷えるようなエナジィ、お前の親父だ」
眠そうな様子のアスタルトが潜んでいる者に言った。
「子供の教育をオレにやらせるな……アガレス」
「フフ、申し訳ない。獣王」
ダークナイト、アガレスが二人に近づいてきた。
「獣王との戦いは、グレンにとって貴重な体験になると思ってな」
アスタルトが腕組みをして答える。
「まあ、太刀筋は似てるかもな。生みの親より育ての親とはよく言ったものだ。若造の剣の実力は、まだまだだが、それでも、若い時におまえとケンカして斬られそうになった事を思い出したぞ」