一万人の命
「敵は十二万……勝てるわけない」
絶望的な数字にバアルは思わず呟いた。
だがアイネは表情を変えずに、フッラを中継してサージに問う。
「サージ。味方の軍の編成はどこまで進んでいる?」
空中のフッラにより中継されたアイネの言葉は、神殿内部のサージへと伝わった。
「はっ、エール騎士団の五百名を収納しました。次のジャンプでイルも収納します。ただ、これ以上神殿の中での編成はスペース的に無理です。外へ出て編成する必要がありますが、周りに多くの敵兵がいます。敵の注意をそらさないと……」
「まだ、暴れ方が足りないわけだな」
嬉しそうにアガレスが言い、アスタルトもニヤリとしている。
アイネは即座に判断を下す。
「分かった。フッラ、我が軍の編成にどれくらい時間がかかりそうだ?」
「少しお待ちください……敵の妨害が無いと仮定した場合で、四十八分三十二秒と予測します」
「サージ!」
「はい、アイネ様」
「一時間の時間をやる。軍の編成を終わらせて待機しろ。フッラ、空中からサージの軍の編成をサポートをしてくれ」
「了解しました、アイネ」
(敵の動き、何かがおかしい)
バアルは空中で考えていた。
(力で押せる数なはずだ。統制がない。指示統制が取れていないのか?)
「バアル!」
「は、はい。アイネ」
考え事をしていたバアルが驚いて返事をした。
「少し状況が変わった。力を貸せ!」
「え?」
剣で糸を切り、束ねた髪を解き背中に流すアイネ。
「どうした? アイネ」
アスタルトが眩しそうにアイネを見た。
アイネの長く伸びた蒼い髪が光り輝き、土色の風景の中にまさに水の妖精といった麗しさが映える。
髪を右手で掻き上げて、アイネが答えた。
「敵の目標になるにはこの方がいいかと思ってな。私の髪は自発で光る。ただ、戦いの中では、長い髪は縛っておかないと、邪魔だ」
アスタルトがマジマジとアイネを見た。
「アイネ色っぽいぞ」
その言葉に僅かに口元を緩めたウンディーネ。
「何年の付き合いだアスタルト? もうそんな事を言われる歳じゃない」
「そうか? 女は三十を過ぎてからが本物だろ?」
「フフ。そうだな。もうそんな歳になるのか」
アイネの言葉にバアルが驚く。
「え? アイネってそんなに年上だったのですか? 同じくらいかと思ってた……」
「ありがとうバアル。ついでに頼まれてくれ。竜の力を解放しろ。神殿で言った事は覚えているな?」
「は、はい」
「ならば、竜のエナジィを自制して私のエナジィに合わせろ! 道を開くぞ」
「道? 何の為の?」
バアルの問いに、アイネは遙か上空に止まっているフッラに確認する。
「フッラ、もう大丈夫か?」
フッラの声がその場の全員の頭の中に響いた。
「はい。準備完了です」
「よし! バアルと私で進む道を開ける」
エルヴンソードを南に向けるアイネ。
「敵の注意を惹き、本陣へ戻る道を開く。盛大な花火を打ち上げるぞバアル!」
エナジィを集中しはじめたアイネ。
「翠の大竜よ。わたしのエナジィに合わせろ」
アイネが双剣を両手に持ちクロスさせ斜めに構えると、青い首飾りのクリスタルが蒼く光り輝く。
氷河に流れる、蒼い河のように美しい力の流れ。
徐々に蒼いエナジィがエルヴンソードに集まり光の波が立ち始める。
それを見たバアルも、翠の大竜の騎士へと変身を始める。
翠のエナジィが噴出したバアルの背に、緑の竜のエナジィがゆらりと映った。
「バアル構えろ! 合わせろ! いくぞ!」
グンとアイネが一歩前に踏み込み、剣を後ろに引いてエナジィの最高点を待つ。
カッと瞳を大きく開き、剣先をひるがえすと、アイネの剣技が打ち出される。
『蒼き衝撃 ブルーノヴァ』
アイネの前方に炸裂した蒼い衝撃波が、地面を滑って奥へ奥へと走り出す。
バアルが合わせる。
翠の風は複数に分かれ、バアルの四つの分身となり、そこから最大奥義が打ち出される。
『砕けろ 真竜ソニックブレード』
翠の風が蒼き衝撃を追う。混じり合う二つの力、混じり合った翠と蒼は、膨大な推進力で突き進む。
「いっけぇー!」
アイネとバアルが叫ぶ。
アイネの最高の技と六頭竜の大竜の力が重なり、巨大な衝撃波を生み、地上を一直線に駆け抜け、真っ黒に地上を覆う闇龍軍団を左右に弾いていき一本の道が開かれた。
「よし、いくぞ! 本体と合流する!」
アイネが本陣に戻ると、白銀軍団は布陣を完了していた。
獣人軍が右翼。エール騎士団は、アイネを守るように中央。
そのすぐ後方にマスティマ騎士団。エンジェルナイト、竜騎士団は空中で待機する。
エール騎士団の団長サージが言った。
「アイネ様。全軍の編成が終わりました。作戦指示をお願いします」
考え込む白銀軍団の長アイネは、哀しそうな瞳をしている。
「アーシラト……いや、彼女を操っている者は、六頭龍を蘇らせる為に一万人のエナジィを必要としている」
その場の全員が驚き、アイネを見た。
「奴にとっては一万人の死が必要なだけだ。それは味方でも敵でも構わない。だから、アーシラトは指揮をしていない。勝つ気が無いのだ。混戦による消耗戦こそが望みなのだから。相手につ気持ちが無い分、ある意味、我々の方が有利とも言える。だが10対1の戦力差だ。こちらの被害も大きいだろう」
天を仰いだアイネが、一呼吸おいてから結論を述べた。
「殺さなければならない。奴の計画を阻止する為に。一気に本陣をアーシラトを叩く。それしか勝つ方法は無い」
バアルがアイネに尋ねた。
「アイネ。アーシラトを操る奴とは誰の事ですか?」
「アーシラトから複数のエナジィが感じられる。闇の王ラシャプが今、アーシラトの心を操っている」
まさか、全員が驚く中でアイネは続ける。
「作戦を説明する。エール騎士団は防御陣形で前進。タイミングを図ってマスティマ騎士団は中央突破。獣王とアガレスは敵の本体の横を突くように斜めに戦線に入れ。アーシラトは指揮を取らないから、敵は混乱するだろう。バアルとフッラは空中から、エンジェルナイトと竜騎士団でアーシラトを直接攻撃。サージ、アーシラトは攻撃を受ければ、必ず前衛を後ろに戻す。その後背をつけ」
全員が立ちあがり、胸に手を置いて勝利を誓った。
アイネが再び檄を飛ばす。
「これより全軍を上げて雌雄を決する! 全員生きて帰れ」