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狂気の力


 アナトの姿がふっと消え、一瞬で闇の王の前に飛ぶ。


「なに?」

 闇の王が驚いた顔をする。

「転写か? 人間にはできない技なはずだが?」

「転写ではない。あれは縮地」

 ダゴンが闇の王ラシャプに言った。

「人では決して習得できない。瞬時に相手との間合いを詰め、相手の死角に入り込む技だ。剣聖の子供であるアナトの力が、怒りにより解放されたのだ」


 ダゴンの顔が哀しみで歪む中、アナトの狂気の攻撃が始まった。それはただ怒りを乗せて、拳と脚を相手に叩きこむものだった。防御も作戦も無い。


 ただ怒りだけがアナトを支配した。すぐに手が割れ、血が噴き出す。


 それでも痛みを感じていないのか、痛めた身体にはまったくかまわず、ますます力を込めて、アナトは闇の王ラシャプへの攻撃を続ける。


「フフ。なんて情熱的な攻撃だ……いいね。 全ては無駄だけど」。


 闇の王の周りには、魔法障壁が張られていた。球形状に幾層にも張り巡らされた、シールドの数は一万枚以上もあった。何者にも破られた事の無い、鉄壁の防御。


 闇の王が耳に着けている、貝殻の形をした神の時代の古の通信機。

 そこから“ラバーズ”神の遺産のオペレータの声が聞こえた。


「報告します。敵の攻撃により、777枚のシールドが破られています」

 闇の王が少しだけ驚いて呟く。

「素手でシールドを破るとはね。でも無駄だな行為だ。シールドを内部から順次展開しろ!」


 オペレータのラバーズがラシャプの命令に答える。

「了解しました。破損分のシールドを、内部から再生。再び展開します」


 しばらくして動きが止まったアナトの手足からは、血が溢れ、肉も、骨までもが砕けていた。

 見かねた闇の王がアナトに言った。


「無駄だよ。この防壁は天の神子の遺産だ。絶対に破れない。人間の勇者よ美しい身体に傷がつくだけだよ」


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