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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

俺の家族は覇王の果てに

作者: 白烏黒兎
掲載日:2019/11/01

 そこは薄暗い密室。

 現代日本では見かける事の少なくなった土蔵の中だ。

「畜生……アイツ等好き放題やりやがって」

 そこには一人の少年が居た。

 でっぷりと肥えた腹と肢体。

 彼を一目見て“豚”という単語を思い出さない者は居ないだろう。

 裕福の象徴であるその肉体には至る所から血が滲む包帯や絆創膏が見えた。

「……月明かり用の窓は明けたし、術式も順調に稼動している、と」

 中の光源となるものは天井付近の採光窓から降りそそぐ月光。

 そして床に描かれた幾何学模様だ。

 幾重にも重なるように描かれたそれは魔法陣と形容する方が正しいか。

 その白く輝く陣が何を意味するのか、それを知るのは少年だけだ。

「素体も規定位置に配置完了っと……後は詠唱だけか」

 魔法陣の中心には四つの人影があった。

 それらは人形。

 人の形に整えられた肌色の何かだ。

 マネキンの様なそれの肌はプラスチックのようなつるりとしたものでなく、生々しい肉のもの。

 全ての人形は胸を盛られ、腰を細くした体格であり、女性らしさがあった。

「やっぱり侍らすなら男より女だよな」

 欲を隠すことなく少年は笑う。

 そして懐から懐中時計を取り出して時間を確かめる。

「ようやく、ようやくあいつらに目にもの言わせられるんだ……っ!」

 その瞳は憎悪に彩られていた。

 ここに居ない誰かに怒りを向けていると魔法陣が一際強く輝く。

「来た!」

 少年はナイフを握ると躊躇なく自身の手の平を切り裂いた。

「……っ」

 鮮血が手の平から魔法陣へと零れ落ちる。

 痛みをものともせず彼は言葉を紡いだ。

「我が傀儡(くぐつ)よ! その身に異界の覇王の影を写し我に忠する(しもべ)となれ!」

 言葉を紡いだ瞬間、魔法陣は閃光を放つ。

「うおっまぶしっ!?」

 視界は紅い光に包まれる。

 ……やった! 成功だ!

 しかし、今自身の内にあるのは歓喜だけだ。

 閃光が収まり、瞳を開ける。

 床の魔法陣に光はない、その役目を終えたからだ。

 少年が注目したのは4つの人形。

 先程までマネキンと変わりなかったそれ。

 しかし、今はその全てが麗しい少女の裸体になっていた。

「く、くくく、あははは――!」

 少年は笑う、これからの復讐劇を、苦痛に悶える奴等の姿を想像して。

 寝惚けたように瞼を擦る少女達を置いて彼の笑い声は蔵に響いていた。


          ●


 あの儀式から一月が経った。

 長いようであっという間の日々だった。

「……どうしてこうなった」

 結構な資産と準備を費やした儀式は結局のところ頭痛の種を増やすだけだった。

 少なくとも目の前の高性能PCはついこの前まで無かった物だ。

 更にはゲームもマニアックな年代物から最新鋭機までと豪華なラインナップが並ぶ。

 おまけに実況用に複数モニターやマイク、カメラなど割とガッチガチな機材が揃っていた。

 それら全てを揃えるのに掛った費用に関しては考えたくもない。

「お兄ちゃん。もう少しで配信を始めるけど準備は良い?」

 アニメ声というのだろうか。

 高くも耳を癒す幼い声は聞く者皆虜にするだろう。

 その声の持ち主も負けず劣らずの美少女だ。

 ツインテールに纏めた金髪にパッチリと開くヘーゼル色の瞳と、日本人離れした美貌だ。

 その小柄な外見は綺麗というより可愛いさや愛らしさに溢れていた。

「あーうん、大丈夫。今日は何やるんだっけ?」

「もぅ、忘れちゃったの? リスナーさんからの希望されたゲームの実況だよ」

「ああ、ゲーム配信サイトのお手頃価格ゲームだったか」

「そうそう、ホラーモノだからリアクションに期待してるよー」

 正面の画面に映るのは最近話題となっているホラーゲームだ。

 実況で何度か目にした事はあったが、こうしてプレイする破目になるとは思わなんだ。

「げぇっまじかぁ」

 幾ら魔術めいた知識を持とうとホラーは苦手だ。

 適当に予定を立てて外に逃げるべきだった。

 いや無理か、基本引きこもりにそんなことできるわけがない。

「よーし、そろそろ時間だよ。――3、2、1――」

 秒読み後、サブモニターの画面が変わる。

 それはとある動画配信サイト。

 動画枠に映るのは3Dで象られた美少女だ。

 彼女をデフォルメ化したような3Dモデルだ。

 そして隣にはジャージを着た豚面の何かが居た。

『はーい、皆こんにちわ! 初めての方は初めまして! 彩りチャンネルにようこそ! アーヤでーす! 今日は朝から昼まで生配信! 夏休み終了間近3時間スペシャルでーす!』

『どうもこんにちわ。アシストの(トン)太郎です。本日はよろしくお願いします。この放送は後に動画編集しますので見逃した方も安心ください』

『はい、挨拶も終えたところで前回リクエストを頂いたホラーゲームに挑戦していきたいと思いまーす。今回はやられる度にプレイヤーを交代して遊びたいと思います!』

 どうして動画配信なんてやっているのか。

 原因は隣の美少女だが、頭痛の種は彼女だけに収まらない。

 あと、『豚の様な悲鳴を上げろ』と言った視聴者(リスナー)よ、お前の名前は覚えたからな。

『――皆お疲れ様でしたー! 中々スリリングなゲームでかなり楽しめました! リクエストはSNSでまだまだ募集中だからドシドシ送ってきてねー! またねー!』

 長時間のプレイを終え、締めに入る。

 毎回のお決まりの言葉で放送が終った。

「いやぁ、ナイスリアクションだったよお兄ちゃん!」

「ホラーは心臓に悪いからマジ止めて。というかそのリクエストの時は単独か他の連中を参加させてくれ」

 心臓が止まったと何度か錯覚した。

「まぁまぁ、心臓が止まった程度なら何度でも蘇生してあげるから。……むしろ安全に死ねるってお得じゃない?」

「そんな“ちょっとコンビニ行って来る感覚”であの世とこの世を往復したくはないぞ」

 目の前の少女にとって、命というのはその程度でしかないとしみじみと実感する。

「意外と真理に目覚めたりしてね? それはそうとお腹空いちゃった。そろそろご飯もできただろうし居間(リビング)に行こう?」

 そう言うと彼女は自身の胸に抱きついてきた。

 彼女は種族柄(・・・)メリハリの付いた体型をしている。

 肉体の年齢や体型など自由に操作できるため、あってないようなものではあるが、今はこの姿が彼女の中で流行らしい。

 ほのかに香るミルクの香りは彼女自身のもの。

 纏う衣服も薄手の部屋着であり、首元の隙間から胸元が見えそうなぐらい無防備だ。

 健全な高校男子としては簡単に理性が蕩けてしまうシチュエーションではあるが、

「抱きつくな、動き辛い」

 背中に飛びつくならまだしも、正面から抱きつかれては動き辛くてしょうがない。

 オマケに実況の後だからか体温が上がっていて暑苦しい。

 だが、そんな文句も意に介さず、彼女は何かを確かめるように背中に回した腕を動かす。

「んー、大分痩せたね」

「ああ、誰かさんのおかげでな」

 一月前と比べるまでもない。

 風船の如くブクブクに膨れ上がっていた肢体は面影すらない。

 むしろ痩せぎすの体だ。

 一時の骨と皮の枯れ木と見間違えんばかりの状態よりはマシになった。

 肝心の顔については特に印象の無い平凡な顔であった。

 誰だ、痩せればイケメンになれるとか言ったヤツは。

「んっふっふ、卒業もできたし極楽も味わえた上でここまで痩せられるんだから良い事尽くめだよねー」

「味わうどころか永住するところだった訳だが。それに行き過ぎた快楽は拷問と変わらないって本当だったんだな」

 薬も過ぎれば毒となる。

 体重3桁レベルの肥満体が2桁前半のミイラになっている時点で毒以外の何物でもない。

 更には昼夜問わず溢れ返っていた獣欲が、今はもう微塵も感じない。

 おかげで“萌え”と“性欲”は可分である事を学べたよ。

「んっふっふ、加減はバッチシだから安心安全だよ。なんたって世界丸々一つが練習台だった訳だしね。このあたし、“淫魔王”にとっては朝飯前だよ」

「確かに性で世界を支配しただけはあるよな」

「えへへへ、そう褒めないでって」

 支配したは良いが、結局支配下の種族全てが獣欲に溺れ、文明が衰退しているのはどうなのか。

 もはや獣と変わらないと彼女は言っていたが。

「ご飯ができましたよー」

 それは彼女ではない、別の女性の声だ。

「あ、丁度良かったね。それじゃ行こうお兄ちゃん」

 離れたかと思えば腕を取られて引っ張られる。

 こうしているとただの少女にしか見えないのだから不思議だ。

「わかったわかった。だからあんまり引っ張るなって、筋肉が衰えたせいか割と痛いんだぞ」

 以前の自分なら馴れ馴れしいと拒否していた。

 しかし、今は何故だか嬉しく思ってしまうあたり、彼女達に染まったと実感する。

 彼女達との生活は大変だが、どこか楽しく思う自分が居た。


          ●


 淫魔王を連れて食堂にやってきたが、そこも一月前とは見違えていた。

 飾り気の無かったダイニングテーブルには清潔感溢れるテーブルクロスが掛けられていた。

 その上に並ぶのは本日の昼食の数々。

 ジャガイモのポタージュに旬のサラダ、メインにはオムライスのビーフシチューソース掛けだ。

 どれもが手の込んだ作り様であることが一目で分かる。

 それらが綺麗に並べられた様はまるでどこかのレストランのようだ。

 一月前まではインスタントと惣菜物が並んでいたんだがな。

 というか、料理が盛られた食器一つにしてもあんな高そうな白磁器を買った覚えは無い。

 それを五人分揃えるなら結構な金額に昇る。

「わぁー、美味しそー!」

「卵が安かったので今日はオムライスにしてみました」

 割烹着を脱ぎながらキッチンから現れたのは和服美人。

 同年代の姿をしているが、時折り若女将と呼んでしまいそうになる。

 垂れ目のおっとり系の美少女だ。

 言葉で表すならば古き良き大和撫子と言ったところか。

 艶のあるロングの黒髪に琥珀色の瞳。

 背丈としては平均より少し上程度か。

 現在この家の家事全般を担っている大黒柱だ。

 彼女が来てから家の中が見違える程に明るくなった。

 魔術の研究にかまけていたとはいえ、どれだけ汚れていたのか見せ付けられてしまった。

「この世界は凄いですよね、調味料が簡単に揃うんですから。料理のバリエーションが豊富で楽しくなっちゃいます」

 手を合わせてその喜びを表していた。

 純粋に喜ぶ彼女は見た目の年相応の少女にしか思えない。

「いずれは本格的な料理にも挑戦しようと思いますので楽しみにしてくださいね」

 ぱちり、とウィンクまで貰ってしまった。

 うむ、大半の男はこれで陥落するだろう。

 だが、しかし――、

「……なぁ、女として馴染みすぎじゃないか?」

 綺麗な顔してるだろ? 嘘みたいだろ。中身男なんだぜ。これで。

 武威を示して世紀末の拳王と同じ事を成し遂げたんだぜ?

 無数の部下に何十人もの妻を娶った男なんだぜ?

 武帝と呼ばれた男がこの有様とは一体どうゆう事なんだぜ。

「そうでしょうか?」

 本人としても意図していないようだが、俺は知っている。

 現在、我が家に置かれた化粧品の管理は彼女だという事を。

 一番必要としていそうな淫魔王は自前の魔力で整えられるらしい。

 他2名についてはそのあたりズボラなので彼女が管理している。

「妻のやり方を真似しているだけなんですけれどね」

 真似している割にはラインナップが専門店で使用するような品ばかりなんだが。

 そんな疑問を投げ掛けてみる。

「あの化粧品ですか? 確か全部試供品だった筈です。あの子達は『投資と技術の見返りだ』って言ってましたね」

「謎が解けたわ」

 我が家の問題児二人が原因だったようだ。

 というか、召喚してまだ一ヶ月だぞ。

 一体どんな手を使ったか気にはなるが、碌でもない手段を用いていそうだ。

 精神の安寧のためにも聞かなかった事にしよう。

「というか、あの問題児達は?」

「あの2人なら朝から『やる事がある』と出かけてますよ。お昼までには戻るとは言っていましたが」

「何やらかす気なんだアイツ等……」

 よりにもよって世界征服の手段が知略と戦略だった二人が何かを企んでいる。

 先程の化粧品の件といい、他にも何かをやらかしているんだろう。

「そういえばお兄ちゃん。あの二人、昨日のテレビでやっていたマンション経営について興味を示してたよ」

「えぇ……ただでさえ株やFXで稼いでるのに不動産にまで手を出すのかよ」

 おかげで我が家の資産はこの一月で数倍まで膨れ上がった。

 来年の確定申告が恐ろしい事になりそうだ。

「警察沙汰は勘弁なんだが……」

 いつの間にか四人分の戸籍を用意していたその手腕が恐ろしい。

 手段は暗示がどうのハッキングがどうのと言っていた。

 詰まる所この世界のセキュリティは魔法に対応しておらず、また超科学の域まで育っていないようだ。

 その気になれば世界を掌握できそうなものだが、幸か不幸か全員その気は無い。

『ただいまー』

 重なる声は玄関から、問題の二人だ。

 妙に機嫌の良い声色から企みは上手くいったようだ。

「犯罪行為ではありませんように」

 結果としてその祈りが届く事は無かった。


          ●


「ちょっと待って、今何て?」

 食事の手を止め聞き返す。

 お誕生日席なため、全員の顔を見渡せる。

「来月から私達全員学校に通うって事。ホラ、私の学生生活って前世じゃ権力闘争(パワーゲーム)の場でしかなかったからね。普通の学生っていうのを体験したいのよ」

 ヘアピンで纏めた茶髪のショートボブに鳶色の瞳を持つ少女。

 快活な印象を受ける彼女は前世が王道系魔王である。

 王道系魔王ではあるが勇者を返り討ちにして世界征服を成し遂げた元男だ。

 武帝といい、この魔王といい女として馴染むのが早過ぎる気がする。

「ま、私達が大学まで進学する理由はない。卒業後は適当に会社を興せば世間体も何とかなるだろうさ」

 続けて言葉を放つのはカチューシャで前髪をかき上げた黒のセミロングに、眠たげなダークブラウンの瞳を持つ少女。

 悪の科学者を前世に持つ女だ。

 生体アンドロイド軍団を作り上げ、世界の人種を入れ替えた実績を持つ。

「お前等、全国の学生に謝って来い」

 コイツ等、学生生活を一種の娯楽と勘違いしてないか。

「いやいや、ちゃんと学生としての義務は果たすわよ。だけどその上でね? 放課後に友達とワイワイ楽しんだりとかさ、やってみたいじゃない」

「私達の前世の青春時代は皆生臭いものばかりだったからな。こうして転生させてもらった身だからこそ、今をただの一般人として青春を謳歌したいのだ。特にそこの武帝や淫魔王は普通の人間を知る良い機会にもなると思うのだ」

「確かに、当時は孤児で寺子屋に通う余裕もありませんでしたし、闘争の中で生きるのが精一杯でした。友人というものに憧れが無いとは言えませんね」

 頬に手を当て当時を思い返す大和撫子。

 楚々とした姿ではあるが、思う中身が物騒に過ぎる。

「ん? 前世で友人は居なかったのか? こう、拳を交わして『お前もまた強敵(とも)だった』みたいな?」

「……大体の相手は一突きで死んでしまいましたし、数回でも拳を交えると皆様、私に恐れ戦いて配下になってしまいましたから……。対等な相手は終ぞ現れる事はありませんでしたね……」

 ふむ、あまりの強さに追いつける者が居なかったのか。

 遠い目というか、虚しい瞳になっているのはそのせいか。

「うーん、青春かぁ。あたしは生まれた時から人の精力を奪う事しか頭になかったからなー。それに“楽しい”娯楽といえば目合(まぐあ)う事ぐらいだったしぃ……」

「まぁ淫魔の生態としてはそうだろうな」

 やっている事は伝承の淫魔そのものだが、最終的には世界を快楽に溶かして滅ぼしているのが脅威だ。

 本人としては“楽しい”を追求した結果だというのが恐ろしい。

「でも、この世界は楽しいもので一杯だから良いよね。ゲームも漫画もアニメも小説も、みんなみんな面白くて楽しいもん。あたしの世界もあと数百年経ったらこんな風に発展してたのかなぁ……」

 自分が何を仕出かしたのか、こうして省みる機会ができた事で痛感しているようだ。

 彼女が動画配信なんてやっているのも、“楽しい”からだけではないだろう。

 “楽しい”を伝播する事で、誰かを楽しませる罪滅ぼしもあるのかもしれない。

 彼女の配信風景を見ているとそんな風に思うときがある。

「とりあえず、夏休みが明けたら、私達は貴方と同じ学校に“転校”するわ。当然全員揃って同じクラスよ」

「待て、嫌な予感がするんだが」

 2学期の始まりに転校生というのはありえなくはない。

 だが、四人が同じクラスとなるのは普通はありえない。

 確実に二人が何かを仕掛けた筈だ。

「俺のクラスじゃないよな?」

 一縷の望みに掛けて問うた疑問は、

「何言ってるの? 私達は貴方の従者なんだから主の傍に居るのが当たり前でしょ?」

 真正面から粉砕された。

「いや、おかしいだろ!? 大体俺のクラスは三十人きっかり埋まってるぞ!」

「ああ、それなら――」

 悪の科学者が悪い笑みを浮かべて言った。

「消えてもらったよ。四人きっかり、ね」

「何してんの!? ガッツリ警察沙汰じゃねーか!!」

 トンでもない事を仕出かしてくれていた。

「確かに警察沙汰になったわね。いやぁ対応が面倒だったわ」

「うむ、あまりの煩わしさにロボトミー手術を行うところだった……いや、やっちゃったんだったか」

「事態が悪化してる!?」

 今すぐにでも警察の手が来るのではないかと戦々恐々としていると、ぷっ、と二人が笑いだす。

 その笑いにからかわれていた事に気づいた。

「クッ、ククク、安心したまえ。消したのは普段から素行の悪い連中だ。それに私達は連中の悪行を然るべき場所に提示しただけだ」

「上が腐っていても公的な組織として成り立っていると楽に利用できていいわね。それに今回は所謂正義の行いなんだから後ろめたい事は何も無いし」

「なんだ、そういうことか」

 思わず脱力してしまう。

 しかし、素行の悪い連中と言われると思い当たる者達が居た。

「連中は我らが主に日頃から暴行を加えていたというではないか。弱者に対しては恐喝に脅迫、暴行に傷害と繰り返しておきながら、強者には恩恵を甘受するだけの小物でしかない。そんな連中が居ては折角の学生生活が台無しになってしまう」

「私達って見た目は美少女だもの。連中の所業からして体目当ての脅迫を仕掛けてくるのは間違いなかったしね。それを利用して人気の無い場所で貴女が吸い殺す手もあったけれど嫌でしょ?」

「うん。前世の事もあったし、この世界ではお兄ちゃんに操を立てるって決めたから。手だけでもできるけれどお兄ちゃん以外のはノーサンキューです」

 両の手の平を立て、お断りしますのポーズをとる。

「なんで、公的権力にお任せする事にしたわ。いやぁ叩けば叩くほど埃が出るわ出るわ。ネタには困らなかったわ」

 満足げな顔をしているが、俺はそれで済むとは思えなかった。

「満足しているところ悪いけど、アイツ等の親って結構な権力持ちだから直ぐに出てくると思うぞ」

 連中が警察に捕まる事自体は珍しい事ではないのだ。

 しかし、その度に親が権力や金銭で解放してしまうのだ。

 そうでなければ中学時代に同級生をいじめ殺しておきながら、何事もなく高校に進学などできるわけがない。

 むしろ捕まった原因である彼女達を次の標的にするだろう。

 そんな心配に彼女は手を振って否定する。

「そうね。だからその金と権力そのものを無くしてやったわ」

「は?」

 予想の斜め上の回答が返ってきた。

「あれ? 最近テレビやネットニュースって見てない?」

「日曜のヒーロータイムとアニメぐらいだよ。ネットは動画と小説のサイトを往復しているだけだ」

 新聞は彼女達が購読しているが、俺は読んでいない。

「あーそっかー、それじゃあ簡単に説明すると、今までの隠蔽や汚職の数々が世間に公表されちゃったり、会社が倒産して他の企業に吸収されちゃったりね。おかげで今は金も権力も無いただの一般人よ」

「いやぁ、カエルの親はカエルだったな。ハッキング自体は楽だったんだが、数が数で中々に苦労した。機密プロジェクトをライバル会社に売り渡したりしたんだが、中々の額になったな」

「資産の増加速度がパチンコや株で儲けるにしては異常だと思っていたが、それが原因だったか」

 化粧品の提供もその一つか。

 確か連中の一人は化粧品関係者の息子だった筈だ。

 そして我が家の化粧品はそのライバル会社の製品だ。

「だから安心していいわ。連中は今頃少年院の中。暫くしたら出てくるだろうけれど、何人が無事に生き延びられるかは見物よね」

「他人を害するのならば徹底的にすべきだった。半端に自己顕示欲をひけらかすから禍根を残す。私達ならそんなヘマはしない」

「世界を支配した実績があるヤツが言うと至言だな」

 彼女達は詳しく話さなかったが、連中とその親に恨みを持つ者は老若男女問わず多い。

 俺は彼女達のおかげで傷付けられるだけで済んだが、娘を傷つけられた親や煮え湯を飲まされた企業主は多いだろう。

 それこそ何十年掛けても消えない憎悪を持つ程に。

「――っと、話が大分逸れてしまったが、故に私達の学園生活に水を差す連中はもう居ない。思う存分、主と従者の学校生活を楽しめるぞ」

「全員分の制服や体操着、教科書は発注済よ。早くて明後日には届くから一度着合わせしましょう。あ、貴方の分の制服や体操着もあるわよ。体型が激変したから今までの制服は使えないだろうし」

「まだ半年も経っていなかったんだがなぁ」

 現状では大き過ぎる、というか日常服や下着も総取っ替えが必要だ。

 今着用している衣類は通販によるものだ。

 忙しい中ありがとう、運転手のオジサン。

 現代の流通網の偉大さをまた一つ学んだよ。

「それでね。制服はともかく、衣服が足りないのよ」

「夏物はそこそこ買ったが、通販のラインナップでは満足できんしな。それに我らが主の趣味もあろう?」

「おい、まさか……」

 本日何度目かの嫌な予感に苛まれる。

「幸い、近所に大手ショッピングモールがあるし、明日にでも下着も含めた日常用の衣類を買い揃えに行きましょうよ。もちろん貴方の分も含めてだからね」

「あら、それは良い案です。ついでに足りない調理器具も買い揃えられるでしょうし、私は賛成です」

「あそこって確か映画館もあったよね。だったら今放映してるロボット映画が見たい! リスナーさん達の間でもスッゴイ評判が良くて気になってたの」

「CMでよく流れていたアレか。確かに私も気になるな。創作意欲を存分に刺激してくれそうだ」

「だったら映画は朝一番の時間にして、その後に買い物って形にしましょう。お金に関してはキャッシュカードがあるから、不足分は現地のATMから引き出せば大丈夫でしょ」

 着実に包囲網が敷かれていた。

 拒否権は無い、なぜなら我が家の稼ぎ頭は彼女達なのだから。

 魔法などで無理矢理連れて行かれるのが関の山だ。

 着々と明日の計画を立てていく彼女達の姿を眺めながらオムライスを食べる。

「うん、美味しい」

 出来る事といえば食事に逃避する事だけだった。


          ●


「――おっ。起きてたのか」

 その日の晩。

 夏の暑さに喉が渇き、水分を求めてリビングに降りると先客が居た。

 魔王だった。

 ソファーに座って雑誌を読んでいた。

「明日が楽しみで寝付けなくて」

「子供じゃねぇんだからさ」

 苦笑しながらキッチンへ向かう。

 目的は冷蔵庫の麦茶だ。

「麦茶飲むけど、お前も飲むか?」

「それじゃあ、お願いします」

 コップ二つに並々と注ぐ。

 それらを持って移動する。

「ホラ」

「ありがと」

 コップを渡し、隣に座る。

『…………』

 静かなリビングの中、氷が立てる涼やかな音とページが捲れる音だけが響く。

「……一つ聞いてもいいか?」

「……なぁに?」

 彼女以外誰も居ない一時、確かめるにはうってつけの機会であった。

「他の皆にもそれぞれ聞いたけれどさ。何で世界征服をしないんだ?」

 疑問だった。

 俺が用いた儀式は異界に存在する覇王の写し身である人形を造るもの。

 それが何の因果か、覇王である彼女達本人の魂が入り込み、この世に転生してしまったのだ。

 ある種、神の御業に等しい奇跡を起こしたのだが、それよりも、だ。

「連中への復讐として俺が呼んだのは世界を支配する“覇王”の写し身だ。……結果として何故だかご本人を呼んじゃったし、復讐相手はいつの間にか裁かれてたけどさ。とにかく儀式で指定したのは“世界を支配する程の渇望を持つ存在”なんだ。それなのにお前達の誰一人としてそんな素振りを見せない。それが気になってな」

 それは確認だ。

 彼女達が世界を支配するというのなら、然るべき手段を取る必要がある。

 それが彼女達を呼んでしまった責任。

「渇望……かぁ」

 確かめる様にその言葉を口の中で転がす。

「んー、その理由を話しても良いんだけどね。皆の理由を聞いてもいい?」

「ああ、許可は貰っているから構わんぞ」

 思い出しながら彼女に話す。

 淫魔王は“快楽”を求めた。

 武帝は“繋がり”を求めた。

 科学者は“希望”を求めた。

「そして、世界を支配してまで求めたものは手に入らなかった」

 “快楽”を求めた淫魔王の周りには“快”を求める獣しか残らず、“楽”を共有する者が居なくなった。

 “繋がり”を求めた武帝は最期まで彼の心と交わる者は居らず、配下だけでなく妻子すらも彼を畏怖の存在としか見なかった。

 “希望”を求めた科学者は事を急いだ結果、その技術力の高さを疎まれ、異端の烙印を押され全てを奪われかけた。

「だからこの世界が楽しいんだとさ」

 肉体を交える事無く、“快楽”を共有できる手段を手に入れ。

 自身と同等の存在と、自身よりも弱く在りながら一人の存在として見てくれる“家族”ができて。

 異端の技術は、娯楽作品という夢を実現するための技術の一つでしかなくなった。

「支配するよりも、美味しい部分を摘み食いするだけで十分ってな」

 胸の内の何かが満たされたからこそ、今の彼女達が在る。

「お前はどうなんだ? 異界の魔王さんよ」

「うーん、皆と比べるとツマンナイ理由だよ?」

 ぽつり、ぽつりと彼女は語りだす。

「前に少し話したけれど、私は魔族の地位向上のために戦っていたの」

 魔力との親和性の高さ故、生まれながらに異形の体を持つ者達、それが魔族の始まりだった。

 人々から迫害された彼らは後に魔界と呼ばれる果て地へと追いやられた。

「そうやって追いやられた先は悲惨だった。強大な魔物に作物が実らない荒地、一人、また一人と死んでいったの」

 魔族の中でも特に強大な力を秘めていた彼には寿命や病気というものが無かった。

「それに魔族同士の混血は魔族しか産まれなかった。むしろ血を繋ぐほど魔族として洗練されていったの」

 そこで気付いた、どう足掻こうともこの地から逃げられないのだと。

「だから生きるために必死になった。魔力の使い方を研鑽して魔族流の戦い方を築いたし、毒の果実の解毒法や食用に向けての品種改良。土地の改善とか聞きかじっただけの生兵法だったとしても何でもやった」

 その途中でどれだけの犠牲が生まれたか、想像もつかない。

「始めは村だったのを、魔物を退治して町にして、果ては国を興したの。あの時の感動は今でも覚えているわ」

 命というものが軽く吹き消される魔界では国は彼のものだけだった。

 敵は魔物だけ、領土を狙う他国は無く、実質独占状態だった。

 しかし、その安寧は長く続かなかった。

「ある時、人間達が私達を襲ってきたわ。わざわざ魔界くんだりまで来てね」

 やってきたのは鎧を纏う一団、彼らは村一つを焼き払った。

 魔王として彼は無法を働く一団を捕らえ、その理由を問うた。

「私達魔族は神敵なんですって」

 そう語る彼女の瞳には怒りがあった。

「いつの間にか人間達の間で起こる天災や不祥事の全部が、私達が原因とされていたの」

 人々を結束させるには外に敵が居た方が楽だ。

 だからこそ強大な存在でありながら自国から出てこない魔族は、全ての国から仮想敵国として打ってつけだった。

 そして、新たに生まれた魔族は奴隷として働かされるか、処分されていたのだ。

 それを知った彼は一団を処刑した。

 そして心の内に決めた。

「手を出すなら容赦しない。そう宣言して一団の首を送りつけてやったの」

 そこから魔族と人類の闘争が始まった。

「長々と話す内容じゃないから簡単に言うと、戦況は私達が有利だったわ。なんだって人間よりも強靭な肉体と魔力の量を持っていたからね」

 そして、いままでの鬱憤を晴らすかのように人間の領土を侵攻していった。

 弱い魔物しか存在しない肥沃な土地は魔族の夢でもあった。

「貴方にとって酷い話だけれど、侵攻した町や国の人間は奴隷として扱われたわ。そして人間の心を折るために侵攻国の女王や姫は、全て私の妾として魔族に転生させて次代の魔族を産ませたの」

 そうして人類が追い詰められた時、それは産まれた。

「人間達は皆、彼女を勇者だと祭り上げていたわ。魔族を滅ぼす神の使いとしてね」

 それから人間の巻き返しが起こった。

 侵攻した領土の半分を奪い返され、その勢いは魔界に届きかねないものだった。

「ちゃんちゃらおかしいわ。私にも匹敵する彼女の膨大な魔力は魔族特有の親和性に因るものなんだから」

 違いは唯一つ、見た目だ。

 どこから見ても彼女は人間にしか見えなかった。

「彼女の体内にある魔力塊、教会は聖石とか言ってたけれど実際は魔石。魔族なら誰もが持っている器官の一つでしかないのに」

 自身の胸に手を当てる。

 そこに彼女の魔石が在るのだろう。

「話が逸れたわね。勇者という象徴を得た人間の勢いは凄かったわ。このままだと負けると確信する程にね」

 だから彼女は強硬手段に出た。

「勇者の道中の村や町は全て焼き払ったわ。焦土作戦ってやつね」

 それだけでなく、心を折るために非人道的な罠や作戦を繰り返した。

「そして弱った所を数で押し潰したわ。最大の障害であった勇者が消えた後は楽勝だったわ」

 そうして魔族は世界征服を成し遂げた。

「それからはまた別の意味で大変だったわ。来る日も来る日も書類に陳情にトラブルに、忙殺される毎日だったわ……」

 当時の苦労を思い返したのか遠い目をしていた。

「そんな苦労も実を結んで文字通りの千年国家を築いたわ。でもね、その頃には疲れちゃったの」

 当初の目標だった魔族の地位向上は果たした。

 これ以上を望めなくなった以上、後進に道を譲るべきだった。

「逸材は何人か居たんだけれどね。みーんな『恐れ多い』って拒否されちゃってね。民衆も私の統治を望んでいるしでどうしようか悩んでいたのよ」

 そんな折、新たな来訪者が現れた。

「別の次元からの侵略者よ。強敵だったけど私達の方が上手だったわ」

 撃退どころか逆侵攻までしかけられるレベルであった。

 だが、そこに魔王自身がストップを掛けた。

「そこで思いついたの。これは代替わりに使えるって」

 恒久和平を結び、相手の首領を立てたのだ。

「根回しも説得も頑張ったわ。だって統治の手腕で言えば相手の方が上だったからね」

 その結果、魔王は隠遁生活を送れることとなったが。

「それから間も無くして殺されちゃったのよ。他ならぬ勇者の手によってね」

 魔王に匹敵する力は勇者の寿命をも奪い去っていた。

 膨大な魔力は大抵の傷を治癒してしまい、完全に殺すのは骨であった。

 故に飼っていたのだが。

「いやー無理心中ってやつ? だーれも居ない宇宙に転移して、魔石のオーバーロードによる自爆に巻き込まれてね。流石の私も耐え切れなかったわ」

 勇者の心は完全に折れては居なかったという事だ。

 そうしてこの世界に転生したのだという。

「私が最期に望んだのは“平穏”かな。家族や友達と他愛無い日常を謳歌する。それだけは前世じゃ叶えられなかった夢だもの」

 だから、と彼女は俺の目を真っ直ぐ見つめる。

「私が求めるのは“日常”よ。貴方や皆……ううん“家族”と過ごす日常よ。……勝手に家族にしちゃった事は貴方にとっては迷惑かもしれないけれどね」

「そんな事は無い」

 それだけは言っておかなければならなかった。

「迷惑なんて初日から掛けられてる。だけどお前達と過ごす日々が楽しいと感じてる自分も居る。……少なくともお前達の居ない日常はもう考えられないぞ」

 真剣な眼差しに正直な思いを吐露してしまう。

 これが魔王のカリスマか。

「お前達に比べれば俺は頼りないけれどさ。何かあったら頼ってくれてもいいからな。……だって俺達は“家族”なんだから」

「――っ」

「もうこんな時間か、明日も有るからもう寝るわ。お前も寝坊しないようにな」

 座る彼女の頭に手を乗せて撫でる。

 それは無意識だった。

 そんなイケメンがサラッとやってのけそうな行為なんてガラじゃないのに。

 やっちまった、と思い彼女の顔を見ればその頬は朱く染まっていた。

 髪は女の命と言う、無遠慮に触った事に怒ってしまったのではないだろうか。

「じゃ、じゃあまた明日な! おやすみ!」

 これは逃亡ではない、戦略的撤退だ。

 見た目は少女でも中身は魔王だ。

 怒りに触れれば何をされるか分かったものではない。

「うぇ!? お、おやすみなさい!」

 どこか上擦った声に危機を回避したと確信する。

 コップを流しへ置いてそそくさと部屋へ駆け込んだ。


          ●


 熱くなった頬を冷やすかのように息を吐く。

「“俺達は家族”……か」

 何気ない一言。

 だが、これほど嬉しい言葉も無い。

「あーもう、狡いなぁ。私が欲しかったもの全部くれちゃうんだからさ」

 この強く高鳴る鼓動は暫く収まりそうにない。

「一応、前世は男だったんだけどなぁ……。でもあの子達をそういう目で見たことは無かったなぁ」

 肌を重ねた相手は数え切れない。

 しかし、それは戦略の一環であり、淫魔王の様に“快楽”を目的としたものではなかった。

「今になって青春するなんて、どうかしてるよ全く。彼は皆に譲るつもりだったんだけどなぁ」

 前世では仲間との“絆”はあれど、この“温もり”だけは得られなかった。

 この家に住まう者皆、彼に満たされたのだ。

 だから、淫魔王は彼に操を立て、武帝も彼に対して必要以上に女を磨くのだろう。

 科学者は彼の身を守るために社会的地位を得ようとしているのだろう。

「女は他の皆に任せて私は一歩引こうと思っていたけど……ゴメンね、私も全力で行くとするよ」

 それは宣言。

 他ならぬ自身に対するものだ。

「うん、まずは明日着ていく洋服を調整しなきゃ。地味目な物ばかりだけれど組み合わせ次第で何とかなる筈」

 脳内にて所持する衣類を厳選を始める。

 翌日、着飾った家族に圧倒される男の姿があった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロイン達の設定が好みで良かったです。 [一言] 続きがあるなら読みたいですね
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