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アヤメの話。

アヤメ視点短いです。

我が君、もとい、主様がまた急にいなくなった。

転移というやつなのだろう。あの地にも、やられそうになると魔法を使って一瞬でどこかへと逃げる卑怯な魔物がいたから分かる。主様が卑怯と言っているわけではない! 自分から攻撃してきて負けそうになると逃げる、そんなことをしている魔物が許せないだけだ。


主様は不思議な方だ。強大な力を手にしている者は大抵が自分の気に入らないことは力を持って潰すと、すぐに暴力に訴えようとする。でも主様は違った。適わないと分かっていながら戦おうとすらした愚かな私たちを許してくれた。私たちの話をちゃんと聞いてくれたし、こんな到底仕事に見合わないような最高のものまで作ってくれた。


主様、主様から与えられる仕事は出来る限り完璧にこなしてみせますわ。


私は気合いを入れ直した。





『おい。大丈夫であるか?』


『完全に固まっているのだ。きっとハク殿が怖くて怯えているのだ!』


『なに? 私のせいにするな!』




ーーはっ! これは夢かしら?



誰か挨拶に来たと思ったら大樹の外にはドラゴンと神狼がいるではないか。しかもその2匹は争うことなどせず、むしろ仲が良さそうにじゃれあいをしている。


一瞬、やはり主様に騙されたのではという考えが浮かんだがすぐに群れをどう逃がそうかという考えに変わった。


『ちょっと落ち着くのだ! 我らも主の従魔なのだ! お前達からすると従魔の先輩なのだ』


『その通り。だから逃げる必要などない。今日は挨拶に来ただけだからな』


……へ?


てっきり主様のミスでうっかり外の魔物が入って来ちゃったとかそういう事だと思っていた……。


「そうだったのね、てっきり敵だと思ってしまっていたわ」


全く襲ってこないところをみると本当なようだ。


『主の空間に無断で入ってこれるやつなんていないのだ!』


「そうかしら? 主様のように底が見えない強さの者が外には結構いると思うけれど…」


『ん? ああ、お前たちも最後の大陸出身なのだな』


「最後の大陸?」


『ああ、私やお前たちがいた大陸のことだ。ご主人が言うにはこの世界でも特に強いやつらばかりが集まっているらしい』


「その最後の大陸以外にもこの世界には大陸があるの?」


『ある。海を越えれば違う大陸につくらしい。ご主人やこのイグニスもその違う大陸から来たのだ』


海。

あのしょっぱい水がたくさんあるところだ。たまに一人で行って、この先はどうなっているんだろうと思いを膨らませていたこともあった。大陸があったのか…。


ここに来てから私の死ぬまでにやりたいことの一位と二位が達成出来てしまった。安全な住処を見つけること、海の向こうには何があるかを確かめること。


主様には感謝してもしきれないわね。



でもそうか…。最後の大陸…。そんな危険なところに生まれてしまっていたのね……。


生まれてからずっと戦いばかりだった。私を育ててくれた人たちも寿命ではなく、戦いで死んでいった。仕方の無いことだけれどどうしても悔やんでしまう。


そういえばこの神狼…ハクって言ったかしら? も、最後の大陸で生まれたのよね…。

それなら同じく苦しんできたのかもしれない……って、あれ…?

よく見ればこの神狼、どこかで見たことがあるような……?


『ご主人は最後の大陸内でも頂点に立つほどの強さだ。縄張りを持っていた私も簡単に従魔に出来るほどにな』


縄張り…! そうだ! 百何年も前に群れが縄張りを持つ強い魔物に襲われた時に1匹の神狼が現れてたちまち倒してしまったことがあった…。なぜか嬉しそうな声を上げながら戦っていたからよく覚えている。その神狼は倒し終わると傷付いていた私たちには目もくれずに走り去っていったので群れが全滅することはなかった。


そのときの神狼に似ている……。

雰囲気は少し丸くなって落ち着いたように見えるが、その姿や感じ取れる覇気はあの時のままだ。当時は弱かった私が圧倒的な力の壁を感じ取っていたのに、強くなったはずの今でも強さの壁が高くそびえ立っているように感じる。


一体どれ程強いというの……。


『まあなんだ。私たちがあの大陸で出会っていたら…とかそういうのはなしにしよう。今はもう、同じご主人に仕える従魔なのだからな』


私が黙って考え事をしていると、ハクがそんなことを言ってきた。


もし最後の大陸であの時以外に出会っていたとしたら……。

戦ってどちらかは死んでいただろう、あそこはそういうところだ。でもそんなことは考えるだけ無意味なことで、悩んでも結局は無駄なことだ。最悪の場合、主様に迷惑がかかってしまうことにもなりかねない。だからその可能性を潰しておこうと言うことだ。


「ええ、そうね。今までのことは考えない。対等にいきましょう、ハク」




その後、ハクとイグニスにみんなを紹介した。

みんな最初は怖がっていたけど二匹が念話で気さくに話しかけてくれたお陰でもう主様に対する不信感もすっかり無くなっているようだった。





主様と同じ種族、人間の配下たちも挨拶に来てくれた。

みんな主様と同じように優しくて、群れのみんなもすぐに仲良くなった。あそこにいた頃では考えられないくらいみんな笑顔だ。

寝て起きたら実は全部夢でした、なんてことにならないといいけど……。





主様が私のために作ってくれた他よりもすべて一回り大きい部屋でベッドに座ってみる。


快適だ。枝の上とは大違いだ。いつもは岩の上ですら心地よく眠りにつけるのにこれは段違いだった。脚を伸ばしてみてもはみ出たりしない。ベッドは私の身体をなぞるように深く沈み、適度な反発で身体全体を支えてくれる。


ピンポーン。


ベッドを楽しんでいると呼び鈴が鳴った。


押したのは群れの一人だった。なんでもこれから大浴場へいくらしい。大陸ではたまに水浴びをするくらいしか出来ていなかったが、ここでは好きに身体を洗えるのだ。それもお湯で。


「待っていて。すぐに私もいくわ!」


みんなで大浴場まで競争したのだった。

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