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第8話 恩人と

ヒーローは遅れてやってくる。

「そこまでにしといてもらおうか」


最近聞き慣れて、私が今一番会いたかった人の声だった。



ソータくんが衛兵を数人連れて家の中へ入ってきた。


「ギルドマスターとサブマスターともあろうものたちが本当にこのようなことをしているとは。もはや言い逃れは出来んぞ!」


あのときギルドに確認に来た衛兵長もいる。

対するギルドマスターたちは予期せぬ介入に心底驚いているといった感じで狼狽えていた。


「この者たちを捕まえろ! 詰所で尋問した後に地下牢へ放り込んでおけ!」


衛兵長の力強い言葉に衛兵たちが乱れぬ足取りで取り囲んでいく。

手下のごろつきも正規兵には敵わず少しの抵抗の末捕らえらえていった。


「私に触れるな! 私は貴様たちが触れていいような人間ではない! 触れたものは死刑にしてやる!」


騒いでいるギルドマスターとは対照的に、サブマスターはただただ歯を食いしばってソータくんを睨み付けている。そんな二人もさほど時間を取られることなく拘束された。


「うわあああああ?!」


困惑したような叫び声が聞こえた。 声が聞こえた方を向くが思わず顔をそらしてしまう。

そこには倒れた男と濁った水たまりのようなものがあった。

奴隷商はよほど後ろ暗いことでもあったのか喉元を掻っ切って自殺を図ったようだ。



助かったようだ。

そう思うと心が叫びだしそうなほどうれしかった。

ソータくんの姿が私を心底ほっとさせた。


ソータくんがこちらにむかってくる。


彼は今の私の姿を見てどう思うだろうか?


体を縛られ、口を塞がれ、身体もうまく動かせない。

惨めな私を見て彼は何を思ったのだろうか。


「大丈夫ですか? 助けるのが遅れてしまってごめんなさい」


いつもの落ち着いた声で彼は言う。

口を塞いでいた布も、身体を縛っていた縄も、ほどきながらやさしく声をかけてくれる。

動けないのを知るとやさしく抱きおこしてくれる。

彼の肌があたたかく、軽く触れあっただけですこしパニックになってしまった。


こんな弱い私でも彼は受け入れてくれるのだろうか

彼は私のどこを好きになったのだろう


抱きおこしてくれた彼の、いつもよりずっと近い横顔を見つめて私は思考する。


いつからか彼は表情を隠すようになった。

いつだったか、 ああ、 あの時だ。

あのゴーグたちを倒した路地裏での出来事以来だ。

すぐには気付けなかったけどあの時私を好きになってくれたんだと思う。

それならやっぱり強い私を好きになってくれたんだろうか。


「ソータ。 彼女も怪我がないようでよかった、しかしその奴隷紋ははやくどうにかした方がいい。そのままにしていては逃亡奴隷として捕まえなければならなくなってしまう」


そんな言葉にリタの思考は急に現実に引き戻される。


逃亡奴隷。きいたことはある。主がいないままの奴隷はそう呼ばれて、見つけたら捕まえて奴隷商に売ることが推奨されている。

捕まってしまえば自由はなく、働くことを強制されてしまう。

恐怖から身体が小刻みに揺れる。


「知り合いの奴隷商に契約解除を頼んでみようと思う。やつらはどうなる予定だ?」


「できるだけやつらも鉱山奴隷として償わせたいとは思っているが、罪が重ければ極刑もあり得る。一人は教訓とするために死刑となるだろうな」


五人はもう既にこの場から連れ出され、私たち三人が残っている状況だ。

ソータくん、いつの間に衛兵長となかよくなったんだろう?


衛兵長はできるだけ逃さないように従っていた者たちも捕らえていくと言い残して去っていった。



「助けに来てくれてありがとうございます」


ソータくんに抱きかかえられながら裏路地を歩いていた。

まだ言えていなかった言葉を伝える。

彼からは微笑みが返ってきた。 

そんな彼の顔から逃げるように心をそらす。

ずっと彼の綺麗な手を眺めていた。




「ああ、この前の! 本日はどのようなご用向きで?」


「奴隷契約の解除を頼みたい」


商談用の綺麗な部屋に通され、お茶を出される。 口はつけなかった。

奴隷商人となんていつ知り合ったんだろう…

彼の謎がまた一つ増えてしまった。


奴隷商人はソータくんに抱えられている私を見てなるほどといった顔になり、すぐに準備を開始した。

商人が私の左手の奴隷紋をみながら何事かを唱えていく。

すぐに魔法特有の光っているのにまぶしくない光が左手を包むがすぐに霧散してしまった。

それをみて商人が険しい顔になった。


「この契約をした人間は今どこに?」


すこし低い声になった商人が言った。


「自殺していった。もうこの世にはいない」


ソータくんがそう告げると商人の顔がさらに険しくなった。


「お客さんは逃亡奴隷についてご存知でしょうか」


こくりと頷く。


「それでは逃亡奴隷なってしまう条件については?」


主が死んだときではないのだろうか?

とりあえず説明を聞いてみることにした。


「逃亡奴隷、すなわち主が不在の状態になってしまうのは二通りの場合。

主が命令権の譲渡前に志望してしまったとき

主が決められずに条件だけを決めて契約が完了したとき

です」


それが何だというのだろう?

鉱山奴隷なんかは違う現場の監督の指示に従ったりもしなければならないために条件だけ決められている。

それでも集められて管理されているので逃亡奴隷として捕まることはないらしい。


「端的に申し上げますとお客さんの奴隷紋は逃亡奴隷という状態にありません。逃亡奴隷というのはあくまで契約が完了した場合にのみ適応されている言葉です。お客さんの奴隷紋はまだ契約途中で完了していないため、我々では手出しできません」


え……?


「どういうことだ?」


「はい、奴隷契約には基本的に最初から最後まで同じ者が行うという制約があります。 過去に契約途中で違う者が引き継いで行われたことはありましたが成功したことは一度もないと言われているのです」


……。


「ならリタさんはどうなる?」


「奴隷契約は条件や主を決めることで命令できる範囲を狭めていくのです。主や条件も決められていない契約途中となると発作的に様々な人から命令権を行使されるようになることもあるでしょう。契約途中で術者も死んでいるとなるとどうしようもできません。誰にも会わない場所でひっそりと暮らしていけばあるいは……」



それからの話はよく覚えていない。

ソータくんが私を気遣って連れ出してくれたことはわかった。





「リタさん、平気ですか?」


ソータくんの落ち着いた声で正気に戻った。

いつの間にか身体の自由が戻ってきて、手を引かれて歩いていた。

街の外まで連れ出してくれていたみたいだった。

今の私はどんな奴隷よりも立場が低い。

誰かの何気ない一言で命令権が発動してしまうかもしれないんだ。


彼が立ち止まって手を離し、こちらをまっすぐに向いて真剣な声で言う。 


「リタさん、俺ならその奴隷紋、どうにかできるかもしれないんです。でもその力を言いふらされる訳にもいかなくて」


ふざけているわけでも冗談を言っているわけでもないのは伝わってきた。

彼には本当になにかがあるんだろうということも。


「リタさんを信じてないわけじゃないんですが。 なんというか俺の、保身のためというか」


助けようとしてくれている彼にこんなことを言わせてしまっている。

なんだか今日は本当に自分が馬鹿だと気付かされるな。


「リタさんのことどうしても助けたいんです。」


一人で怯えながら暮らすか、好きでいてくれる人と新しくスタートするか。

答えなんて最初から一つだ。


「俺と一緒に生きてください」


「よろしくお願いします」





ソータくんのプロポーズを受けた(どれいになった)





一見ハッピーエンドに見える話。

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