美少女ゲームの「ヒロインの親友」に転生した結果、何故かヒロインから告白されました
「……ん、OK」
クローゼットに据え付けの鏡に向けて微笑む。
そこには丸っこい眼鏡をかけ、髪を左右一つずつに結った制服姿の女の子が映っている。制服は近隣では可愛いと評判のブレザータイプ。
でも、目の前の彼女――私はどこか野暮ったい。
人の良い、人畜無害そうな顔立ち。高校に入学して一年半が過ぎても、男子から告白された回数はゼロ。
それでいい。それがいい。
だって私は、ある女の子のおまけなのだから。
☆ ☆ ☆
「芹香~っ!」
デフォルメされたカモノハシ――しばらく前にやっていたアニメのキャラ――のマスコットを付けた鞄を手にした私は、通学路の途中で『彼女』と会う。
「おはよう、マナ」
藤崎マナ。
彼女は、私の中学時代からの親友。そして私と違い立っているだけで人目を惹くような美少女だ。
長めのショートヘアに、嫌みのない笑顔。すらりと伸びた手足は健康的で、運動神経も帰宅部にしておくのが勿体ないレベル。
学園のアイドルと呼ばれるあの子や生徒会長、噂の一年生に比べると人気はちょっと落ちるけど、正直、それに関しては男子達の見る目がないと思っている。
「行こっか?」
「うん」
私のマナが、あの子達に負けているはずがない。
きっと『彼』はマナを選んでくれる。私はずっと、そう思い続けている。
☆ ☆ ☆
「あ、ヒロくん!」
マナとお喋りをしながら歩くこと五分。
通学路の先に、眠そうな目をした男子がいた。身長そこそこ、顔もそこそこ、ついでに成績もそこそこな彼の名前は九重尋孝。私達のクラスメートだ。
そして彼は、マナの幼馴染でもある。
昔は家が隣同士だったらしいけど、家の事情で彼は小さい頃に引っ越し。高校二年生になって戻ってきた今はアパートで一人暮らしだとか。
「ちゃんとご飯食べた? 今度また、作りに行ってあげようか? カップラーメンとかばっかり食べてたら駄目だよ?」
「わかってる、一人で大丈夫だ。っていうか、ヒロ君はやめろって何回言ったら」
「だってヒロ君はヒロ君だよ」
「お前な……」
この二人はだいたいいつもこんな感じ。
再会した直後はちょっとぎこちない感じもあったのだけれど、しばらく話をした結果、マナは小さい頃と同じように彼に接するようになり、彼の方もそうした関係が満更でもない様子。
傍目から見ると幼馴染というか夫婦である。
周りからは羨ましそうな視線とかも飛んできているものの、私はもう慣れているので苦笑する程度だ。
「おはよう、九重君」
「おう、おはよう芹香さん」
私が挨拶すると、彼は軽く笑って答える。
全く、彼女でもない女の子を名前で呼ぶとか天然女たらしもいいところだ。まあ、三人で話すことが多い手前、私だけ苗字呼びは変だということらしいが。
ハーレムものの主人公か、お前は。
いや、うん。
実はその通りだったりするから困る。
☆ ☆ ☆
何を隠そう、ここは美少女ゲームの世界。
正確に言うと、とある美少女ゲームによく似た世界だろうか。正直、現実なのかVR的な仮想空間なのか私もよくわかっていないんだけど。
前世、交通事故で死んだ私はここに転生した。
ゲームの主人公、九重尋孝の幼馴染で攻略ヒロイン『藤崎マナ』の親友、芹香として。
気づいたのは中学に入ってマナと出会ってから。
前世ではオタクだった――いや、芹香もそうなので前世でもと言うべきか――私は一応、該当のゲームも遊んだことがあり、そのおかげだ。
正直、最初は戸惑った。
前世の記憶がある上、転生した先が美少女ゲームの世界なのだ。芹香が攻略対象じゃないのが救いだが。
私はどうしたらいいんだろう?
悩んだ末、私はなるべくゲーム内の展開をなぞって行動することにした。選択肢で展開が変わるタイプのゲームな上に、マナの中学時代なんてファンディスク含めても殆ど語られてなかったけど。
芹香になった以上、できるのは一つ。
マナを勝たせること。ゲームでも芹香はマナの味方だった。そしてゲームと違いやり直しできない以上、主人公と結ばれて幸せになれるのは一人だけだ。
それに、マナも想像以上にいい子だったし。
あまり人付き合いが得意な方じゃない私にも声をかけてくれたし、他の女子に私が虐められていた時も助けてくれた。
だから、私はマナを勝たせたかった。
そのために取れる手段は取ってきた。交際が目的で近づいてくる男子をそれとなく牽制したり、恋愛脳な女子から悪影響を受けないように守ったり。
高校に入って九重君が現れてからは、彼との昔話をねだって親密度を上げるよう仕向けたり、イベントや席替えで二人が一緒になれるように交代したり、休日マナを遊びに誘って九重君と出くわすようにしたり。
結構、苦労した。
ゲーム内の芹香もこういう感じだったのだろうか。何しろ、ちょっと気を抜くと他の美少女ヒロイン達が九重君とフラグを立て始めるので、どうにも油断できなかったのだ。
でも、それもそろそろ終わり。
もう、私達も二年生。ゲームのオープニング時期はとっくに過ぎて個別ルートに入る頃合い。
そして現状九重君と最もフラグを立てているのは間違いなくマナだと確信できる。
その証拠に、運命の時は程なくやってきた。
☆ ☆ ☆
その日の休み時間、私は九重君から耳打ちされた。
マナに気づかれないようこっそりと囁かれたのは、相談があるから放課後二人だけで会いたいというものだった。
もちろん私は了解し、マナには先に帰ってもらって放課後空き教室で九重君と待ち合わせた。
「来てくれてありがとう」
「ううん、九重君の頼みだし。それで……私に告白、じゃないよね?」
冗談めかして言うと、九重君は一瞬動揺したみたいだったが、すぐに気を取り直して頷く。
格好いい男の子の顔をして。
「うん、違う。実はさ……俺、マナのことが好きなんだ。今度告白しようと思ってる」
「そっか」
「……驚かないんだな」
「驚かないよ。知ってたから」
そうなるように誘導したわけだし。
幼馴染は負けフラグ、なんていうけれど、ちゃんと戦う機会さえ与えられれば幼馴染は最強なのだ。何せ相手のことをお互いよく知っているし、過ごしてきた時間の長さでだって一番なのだから。
自分が告白してもいいか、うまくいくと思うか、と尋ねてくる彼に私は笑顔で答えた。
「大丈夫だよ、九重君なら」
「……芹香さん」
「九重君。私はずっと思ってたの。あなたは凄くいい人だし、格好いい。あなたとなら……」
マナも幸せになれる。
そう、私は口にしようとして。
夕暮れの空き教室で、九重君と二人、見つめあっていたところを、バン! と大きな音に邪魔された。
え、何?
ゲームでは見たことのない展開に瞬きをする。私が九重君の背中を押して後はハッピーエンド……のはずだったのに、どうして。
どうして泣きそうな顔のマナが乱入してくるの?
「駄目!」
彼女は必死な感じで走ってきて私に抱き着く。
笑うと可愛い顔が涙で台無しになっている。マナにそんな顔は似合わない、と、暢気なことを思って。
「ヒロ君と芹香が付き合うなんてやだ!」
思いがけない言葉にフリーズすることになった。
「好きなの! 私、芹香が大好き! だから、ずっと私と一緒にいて!」
九重君が絶望的な顔をしていた。
☆ ☆ ☆
悪いけど、九重君には一人で帰ってもらった。
マナ泣きじゃくりながら服を掴んだまま離してくれなかったので、とりあえず私の家まで連れて帰った。
お母さんをなんとか誤魔化して部屋に入れ、暖かい紅茶を手渡す頃にはマナも大分落ち着いていた。
それでも不安げな彼女に私は事情を話す。
「……相談」
「うん、そう。だからね」
「二人が付き合うわけじゃなかったんだ」
良かった、とマナが微笑む。
それはとても綺麗な笑顔で、思わず見惚れてしまいくらいだったんだけど。
どうして向けられているのが私なんだろう?
「えっと、それは九重君を取られなくて……?」
「違うよ」
マナが頬をぷくっと膨らませた。可愛い。
「言ったでしょ……? 私が好きなのは芹香。前からずっと好きだったの」
かすかに潤んだままの瞳が私をじっと見つめた。
嘘を言っているようには見えない。マナはそういう悪質な悪戯をする子じゃないし、まして親しい人達が大事な話をしているのを軽々しく邪魔したりしない。
「……じゃあ、本当に?」
こくん、とマナが頷く。
「好き、大好き。誰にも取られたくない。女の子同士だから変だって思うし、本当はずっと黙ってるつもりだったけど」
つい、言ってしまった。
そう語るマナの姿に胸がどきっとする。
え、いや、ちょっと待って。同性にときめいている場合じゃなくて、あまりにも予想外な展開すぎて追い付かないんだけど。
「こ、九重君のことは?」
「大切な幼馴染だよ」
きょとん、とした顔で答えられた。あ、あれ?
「あんなに一緒にいたのに?」
「その時はだいたい芹香も一緒でしょ?」
そういえば、そうかもしれない。二人っきりなのは九重君の家にマナがご飯作りに行ってる時とか、それくらいだ。
「それに、一緒にいた時間なら芹香の方が長いよ」
「で、でも。幼馴染でも男の子とあんなに仲良く」
「もう好きな人がいるんだから、他の人を好きになったりしないよ」
その好きな人っていうのが私か。
「……いつから?」
恐る恐る尋ねると、マナが恥ずかしそうに答える。
「中学校三年生くらい。私が進路で悩んでる時、芹香言ったでしょ? もし学校が別になっても友達でいようね、って」
「……うん、言った」
受験の結果までは操れないから、もしも私かマナが志望校に受からなかった時のための保険のつもりで。
「あの時、思ったの。芹香とお別れになっちゃうかもしれないんだ。そんなの嫌だな、って」
「それは……私だって嫌だけど、友達と別れるなら、嫌なのは当たり前じゃ」
「違うよ」
マナがきっぱりと首を振った。
自分の気持ちはただの友情じゃない、と。
強い意志の籠もった目は、彼女が今まで何度も考え結論を出したことを語っていた。
彼女は紅茶を飲み干すと、カップを置いて私の手を取る。柔らかくて温かい。
「芹香はいつも私と一緒にいてくれた」
マナがいい子だったから。
「いつも私のこと、さりげなく守ってくれてた」
私の我儘で悪い虫が付かないようにしていただけ。
「いつも私に気を遣ってくれて、私を頼ってくれて、何があっても傍にいてくれた」
九重君と幸せになってもらいたかったから。
なのにどうして。
この子は私を見つめて、こんなに素敵な笑顔を浮かべているんだろう。
「もう一回言うね。私はマナのことが大好き。もし、迷惑じゃなかったら……私と付き合ってください」
どうやら。
美少女ゲームの「ヒロインの親友」に転生した私はつい、応援するはずのヒロインを自分で落としてしまっていたらしい。
☆ ☆ ☆
そして。
「……ん、OK」
いつも通り支度を終えた私は鏡に向けて微笑む。
丸っこい眼鏡に二本のおさげ。どこか野暮ったい、どこにでもいる女子生徒。
今日も完璧、のはずなのに。
「だーめ」
最近、わざわざ家まで迎えに来てくれているマナが後ろから抱き着いてくる。
彼女はそのまま手を伸ばすと私のお下げを解いた。
更に眼鏡まで外し、ご丁寧に櫛で髪を梳き始める。すると現れるのは少々イメチェンした私。
長い髪をストレートにして、どこか文学少女っぽい清楚な顔立ちをした美……いやいや。
「皆わかってないよね。芹香はこんなに可愛いのに」
「私なんてマナに比べたら」
「そんなことないってば。こういうの好きな男は沢山いるよ。コンタクトにしたら絶対モテるよ」
うん、まあ。
自画自賛になるのであまり言いたくないが、芹香はもともと結構人気のあるキャラだ。もちろん、非攻略キャラだからこそという面もあるけれど、こんな風に眼鏡を外して髪を下ろすと可愛いから。
だからこそ、マナのおまけであるために目立たないようにしていた。
なのに当のマナがこうして邪魔をする。
「じゃあ、学校もこっちで行った方がいい」
その癖、私がそう尋ねると。
「ううん。マナはいつも通りでいいよ」
にっこりと笑って答え、また眼鏡をかけさせてくれるのだ。まるで素顔の私を知っているのは自分だけでいい、と言うように。
「そっか。ならいいけど」
「うんっ」
にこにこと。
本当に幸せそうに笑うマナを見ていると、まあ割とこれでよかったのかも、と思えてくる。
そう。
結局、あのあと私達は付き合うことになった。
もちろん表向き――一部の例外を除いた殆どには内緒にしたままで。
☆ ☆ ☆
悩まなかったわけじゃない。
元のゲームにはヒロインが同性の親友とくっつく、なんていうルートは当然なかったし、何より女同士の恋愛なんて私にとっても未知の世界だ。
いや、まあ、小説とか漫画を除けばだけど。
悩んで悩んで、私はマナの告白をOKした。正直、あの子の悲しむ顔が見たくなかったというのが大きいけれど、そう考える時点で私だって彼女のことを嫌いじゃないのだ。
むしろ……大好き、だと思う。
友達としてのつもりだったし、未だにこの気持ちが恋なのかどうかはよくわからないけど。
「芹香、大好き」
「……マナ。私も好き」
私達はこっそりと唇を触れ合わせる。
そんな風に触れ合ったり、気持ちを伝えたり伝えられたりすると胸がどきどきする。
女の子は女の子同士、という、有名な格言ではないけれど。ずっと一緒にいたマナとこんな風になって、しかもそれがこんなに楽しいなんて、今までは思いもしなかった。
☆ ☆ ☆
「おはよー、ヒロ君」
「よう。今日も元気そうで何よりだ」
「ふふ、もちろん。そういうヒロ君こそ今日も眠そうだけど、栄養足りてないんじゃない?」
家を出てからの私達は以前と殆ど変わりない。
お喋りしながら並んで登校。途中で九重君と合流。また他愛のない話をしながら学校まで行く。
変わったのは中身で、見た目から変化を感じ取れる人はきっと少ないだろう。
「芹香さんもおはよう」
「うん。おはよう九重君」
九重君もこれまで通りだ。
彼に関しては、あの件の直後はかなりへこんでいたのだけれど。なんとか立ち直った、というか気持ちを切り替えることができたらしく、こうして今まで通りマナと幼馴染を続けてくれている。
なんだかんだ言って彼もいい人なのだ。
私とマナのせいで不幸属性、苦労人属性が付いてしまった気もするけど、恋敗れた彼には他のヒロイン達が急速に接近中。
ヒロインに振られてからの敗者復活ルート、というのも元のゲームにはなかった展開だ。
攻略に失敗したのにこの世界が終わらないところを見ると、やはりこれはゲームの中ではなく現実なのだろう。
「芹香。どうしたの、ぼーっとして」
「……ん。大丈夫、なんでもない」
私は微笑んでマナの手を取った。
一瞬、マナはびっくりしたような顔をして、すぐに嬉しそうな満面の笑顔になる。そうして私達は、呆れ顔の九重君と共に通学路を歩いた。
高校生にもなって友達と手を繋ぐなんて、仲が良いにも程があると言われるかもしれないけど、それ位は別に構わない。
現実、一度きりの人生なら悔いのないように精一杯生きよう。
この大切なパートナーと一緒に、どこまでも。