掛川城
静岡駅を過ぎると、茶の一大名産地である掛川である。
「やっぱり、お茶は静岡茶ですよねー」
席に戻ると朱音は、うれしそうに、カバンの中から静岡茶のペットボトルを取り出した。
「お前、それ、いつ買ったんだ?」
「東京駅です」
朱音はそう言って、ゴクリとお茶を飲む。
「東京なら、狭山茶じゃないのか?」
狭山茶は、近年生産量は減ったものの、江戸期からの有名な関東茶ブランドである。
「東海道新幹線に乗るなら、絶対に、静岡茶です。譲れません」
キリッとした顔で、朱音はきっぱりと言い放つ。
「新幹線にこだわるなら、ワゴン販売で買えばいいのでは?」
服部の疑問に、朱音は指を振った。
「甘いですよ。服部さん。ワゴン販売で『静岡茶』という名の『緑茶』は売られていないのです」
「そうなのか?」
そこまでは、さすがに服部も調査していなかった。
「静岡産のほうじ茶は売られています。しかし、やはりここは、『緑茶』にこだわっていきたいところでありますし」
「……そうか」
そのこだわりの意味は、服部にはよくわからない。
「服部さんは、やっぱり伊勢茶推しでしょうけど、川根茶をはじめとする静岡茶は、やはり日本屈指と言ってよいのではないかと」
「……伊勢茶は、歴史が古いんだ」
思わず、そう呟いたものの、さすがに服部も日本茶で三重が静岡に勝てるとは思っていない。
知名度でも、生産量でも、静岡県は日本でナンバーワンなのである。朱音の言うとおり、静岡茶は向かうところ敵なしに近い。
「そろそろかな」
服部は車窓に目をやって、懐から双眼鏡を取り出した。かなりゴツイ。
「……そんなの、どこから出したのですか?」
「企業秘密だ」
服部は言いながら、双眼鏡を覗く。
日本初の木造復元天守閣『掛川城』である。
服部は目を凝らした。天守で、旗が広げられていた。
『しまかぜ』
服部はその文字をじっと見つめる。
「どうかしたのですか?」
朱音は首をかしげた。
「いや……なんでもない」
双眼鏡をしまい、服部はホッと一息をつく。
「掛川過ぎると、浜名湖ですよね」
朱音はいつの間にか、うなぎパイを口にしている。
天竜川も超えていないのに、気が早い。
「浜名湖もいいが、レアといえば浜松城だな」
「浜松城? 見えるのですか?」
「一瞬な」
服部は、そう言って、肩をすくめる。
「わ、絶対見たい!」
朱音が車窓に張り付いた。
浜松駅周辺は、カーブが多い。
服部は、前に目をやる。前から歩いてきた人物が、こちらに向かって何かを投げようとした。
とっさに、服部は伊賀名物カタヤキを飛ばす。
「ギャー」
カタヤキが、男の手を直撃した。悲鳴が起きて、きな粉が舞う。
ゆっくりと舞い降りた餅を、服部は口でキャッチした。
──これは、安倍川もちではなく、信玄餅。
では、敵は風魔ではないのか? それとも、戸隠も巻き込んでいるのか?
服部はきな粉にまみれて、走り去った敵の背を見送ったのだった。
掛川→浜松間です。