富士山
三島の富士は、斜めから。しかし、ずっと見えているわけではない。
一度見えなくなった富士が、再び現れるとき、車窓の正面に堂々とその姿を現す。
「ただいま、富士山が良く見えております」
車内アナウンスがはいった。
山側の席に座っている人間が一斉にスマホを車窓に向け始める。
朱音はどこからともなく、一眼レフカメラを取り出した。
「お前、どこから……」
「女の子には秘密が多いのです」
そういって、カメラのレンズを窓に押し当てて、連続シャッターをきっている。
「本当は新富士のホームで撮りたいのですけど」
朱音はそう呟く。
「のぞみは、新富士はとまらない。そもそも、旅行じゃない」
服部の言葉が聞こえているのか。
「ここからは、動画に切り替えます」
朱音はそういって、カメラのモードを切り替えた。
新富士を越えて、新幹線は、富士川を渡る橋にかかる。
実に美しい富士山だ。
「……どうして、動画なんだ?」
「橋っていうのは、どうしてもトラスが邪魔になるのです。連続シャッターでとってもなかなかうまくいかなくって」
朱音は、訳知り風にそう語った。
やがて。
富士山は車窓から消える。
「ふぅ」
朱音は、満足げに一眼レフカメラの画像をノートパソコンに転送して、チェックし始めた。
「え? これは……」
朱音は、動画を見ながら眉をひそめた。
そして、服部のほうをまじまじと見る。
「なんだ?」
「いえ……別に」
朱音は、ショックを受けたかのように肩をおとす。
「どうした?」
「……なんでもありません。服部さんがそういう方だとは存じず……そうだったのですか……」
「何を言っている?」
服部は、朱音からパソコンを奪い取った。
動画に目を凝らす。
普通に富士川の橋を渡ったときのものだ。きれいに富士が撮れている。
「ん?」
服部は、画像を止め、橋のトラスを拡大する。
小さな写真がご丁寧に張られている。
「これは……」
服部は、むぅっと唸った。
服部が女装して、男性と抱き合っている写真だ。
「ひとの趣味はそれぞれですから、私、その、差別とかしません。ただ……」
朱音は泣きそうな顔だ。
「なぜ、こんな写真が」
服部は、さらに動画をチェックする。写真は、5枚ほど。すべて、服部が女装しているものだ。
戦慄が走る。
この写真を手に入れた人間は、服部が斎王の警護に当たることを知っていたということだ。
カーソルに触れる指が、震える。
「朱音、お前にとって、これは深刻な話だ」
「そうですね……まさかこんな形で終わるなんて」
しゅん、と朱音が肩を落とした。
「いいか、こんな写真が貼られるということは、敵はお前の警護を俺がしているということも承知しているということだ」
「はあ」
事の深刻さが理解できているのかどうか。朱音は心ここにあらずという感じでため息をつく。
「ここから先、新幹線だけでなく、警護プランが全てもれている可能性が出てきた」
服部はノートパソコンを朱音に返し、携帯電話を取り出した。
ガラケーである。
「内部にスパイがいる……ここから先は、伊賀の人間しか信用できないな」
「服部さん、スマホでしたよね?」
朱音が不思議そうに手元を見つめた。
「連絡手段を、いくつも持つのは基本だ」
そういって、服部はメールを打ち始める。
「服部さん……お綺麗です。こちらのかたは、恋人さんですか?」
朱音はノートパソコンを見つめて呟く。
なんとなく、声が泣きそうだ。
服部は、思わず携帯を取り落としそうになった。
「朱音、言っておくが、俺は別に女装癖も同性愛の嗜好もない」
「え?」
「それは、ある仕事で必要だったからやったことだ」
「お仕事?」
朱音の目が輝く。
「では、『おねえ』さんではないのですね」
ほっとしたように胸に手をあてた朱音に目をやりながら。
服部は、頭を振った。
事態はかなり深刻である。
新幹線はまもなく、静岡駅に近づいていた。