三島駅
「もうすぐ三島駅ですね」
ワクワクしているのだろう。朱音は車窓にかぶりつきである。
なんといっても、東海道新幹線の車窓といえば、三島から新富士にかけての富士山である。
富士山を見るのは、実はなかなかたいへんなのだ。晴れていれば必ず見えるというものではない。
どんなに晴天でも、山に雲がかかっていれば見えないのだ。
車内にいる人間は、この区間は富士山を見ようと必死になる。これもまた、お約束だ。
そんな中、服部は反対側の車窓に目を向けた。
「ただ今、三島駅を通過中です」
車内アナウンスが流れた。
建造物を越え広いいくつもの線路が見える。
やがて、車窓に並走するレールがある。これは『上り』のものではない。
三島駅には、三島車両所というのがある。そして、いま見えているのは、こだま車両の待避所だ。このレールは、その車庫と本線のレールをつないでいる。
──ん?
服部は目を凝らした。
新幹線に並走して走る人影だ。
ありえないスピードで走る、その人物は、何かを投げつけた。
それは、窓ガラスにぶち当たる。
──みかん手裏剣?
みかんの房を投げつけるその攻撃は、わずかに開けられたその穴から噴き出す果汁が、目つぶしになる。
しかし。
──残念だったな。
服部は新幹線と並走するという荒業を見せつける人物を見つめる。
──新幹線の窓は、開かない。しかも、みかんで、窓が割れることはあり得ない。さらにいえば、窓が反対だ。
服部が見守る中、みかん手裏剣は正確に車窓に当たっている。しかし、窓ガラスを汚すだけで、そこに留まることもできない。
やがて──服部は、思わず目を伏せた。
みかん手裏剣を投げながら、高速で走っていた人物は、並走していた線路が唐突に消えるのと一緒に、姿を消した。
──哀れな。
服部は、ため息をついた。おそらく我を忘れて加速し攻撃をしていたせいで、線路がなくなるまえに止まることができなかったのであろう。
「あーん。やっぱり見えない!」
朱音が口を尖らした。
「ん?」
服部が目を向けると、車窓には見事な富士山の姿がある。
「何が見えない? 富士山はそこにあるだろう?」
「富士山は見えますよ?」
朱音はそういって、ふぅっとため息をついた。
「やっぱり、「のぼり」じゃないと見れないというのは、本当だったのですねー」
残念そうに口を尖らす。
「三島と言えば、富士山だろう?」
「いーえ。斎王的には熱いスポットがもう一つあるのです」
朱音は指を立てる。
「斎王的には?」
服部は首をひねる。
三島と言えば、富士山である。あえていうなら、先ほどの忍者が消えた発射台のように見える三島車両所が、名所と言えば名所なのだが。
「見たかったなー。リニューアル原分古墳」
「原分古墳?」
「知りません? 七世紀ごろに作られた古墳なのですけど、発掘調査後、移築されたんです」
「移築?」
「はい。だから、リニューアル古墳」
朱音はギュっと手を握り締めた。
「かつての建築様式そのままに移築した古墳は、古墳時代のパワーを取り戻しているという噂がありまして」
「……古墳時代のパワー?」
朱音はにっこり笑う。
「移築は大事ですよ? 神社の遷宮は当たり前ですよね。新しい古墳には新しい力が宿るのは当然です」
「ふむ」
服部は、先ほどの忍者を思い浮かべる。
結果は無残であったが、ひととして、ありえぬスピードを手に入れていたのは事実だ。
ひょっとしたら、斎王を狙うのは、そういった新しい力を手に入れたモノなのか。
「みたかったなー。残念」
がっかりする朱音を見ながら。
服部は、迫りくる『敵』の大きさに、肌が泡立つのを感じていた。
食べ物を粗末にしてごめんなさい。