解凍磁場の術
服部は身構えた。
パーサーの女には、スキがない。
「あ、あのー」
無邪気に、朱音がパーサーを呼び止める。
「はい」
にこやかな笑みの中に鋭さを感じる。
緊張が、服部と女との間に生まれた。
「アイスクリームと、きんぴらカツサンド。あと、ホットコーヒーをお願いします」
「おい」
この緊張がわからないのか、と服部は朱音に目配せをする。
「ああ!」
朱音は、服部に頷いた。
「忘れてました。うなぎパイもください」
「……うなぎパイ?」
服部が思わず唸る。
「静岡の名物も買っておかないと。通過するだけでは、静岡県に申し訳ないですから」
そういう問題なのだろうか。
確かに、静岡県の新幹線駅というのは、熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松と六駅にも及ぶが、『のぞみ』停車駅は一つも存在しない。ここまで『ひたすら通過される』都道府県も珍しい。
もっとも、一つの県にこんなにもたくさんの新幹線駅があるというのが、かなり珍しいのではあるが。
朱音はいそいそと財布を取り出した。
「はい。では、まず、うなぎパイ、きんぴらカツサンド、アイスクリームですね」
ワゴンから次々に品物を出し、朱音の前に差し出した。
女は、服部が注視する中、ホットコーヒーをカップに注ぐ。
そして、服部にニコリと微笑み、コーヒーを朱音に手渡した。
代金をやりとりする間も空気は張りつめている。
「ありがとうございました」
女は艶然と微笑み、ワゴンをひいて背を向けた。
「わーい。いただきまーす」
服部が、女の背を見送っているうちに、朱音はきんぴらカツサンドを躊躇なく口に運ぶ。
「……これまた、微妙なもんを」
服部は、うれしそうに食べる朱音を呆れて見ながら、不意に術の気配を感じた。
アイスクリームからだ。
「これは……」
服部はテーブルに載せられたアイスクリームに手をのばした。
「あ、ちょっと服部さん」
朱音の抗議を無視して、ふたを開ける。
ふたを開けた途端、目に見えぬ磁場がアイスの容器で発生した。
伊賀忍法、磁場消失
服部の唱えた術が完成し、アイスの振動が止まる。
「えっと。何ですか? いったい」
朱音は、服部の手にしたアイスを見ながら、首をかしげた。
見れば、すでに、きんぴらカツサンドは完食済みである。恐るべき、斎王だ。
「なんでもない」
服部は、アイスをテーブルの上に戻す。
「早く食べろ。溶けるぞ」
ふぅっと、服部は息をつき、持参した伊勢茶を口にする。
「何言っているんですか。新幹線のアイスはですね、時間をかけて……」
朱音は、アイスのスプーンを手にしながら、アイスを手に取った。
「あれ?」
アイスはやわらかに、差し込んだスプーンをやさしく迎え入れた。
「食べごろになっている?」
目を丸くして、朱音はアイスを口にする。
──おそるべし。風魔流、解凍磁場の術。
服部は、パーサーの去った扉のほうを見つめ続けていた。