検札
やや短いです。
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新横浜を新幹線が発車すると、間もなく車掌がやってきた。
彼は、車両に入ると静かに、頭を下げた。
ちろり、と、服部は車掌に目をやる。
すらりとした体格。ぴっちり着こなした制服姿に、一部の隙もない。
──こいつ?
車掌は、黒革の分厚い手帳のようなものを持っていて、ギラリと目を光らせた。
すうっ。
車掌の足が動く。
服部は身構えた。
「お客様、切符を拝見できますか?」
車掌は、服部の席を通り過ぎ、前の14列目の乗客に声をかける。
「え、あ、はい」
慌てた乗客の声。年老いた男性のようだ。
「……お客様。このチケットは、6両目のものです。申し訳ありませんが、もうひとつ前の車両にお移り下さいませ」
「す、すみません!」
「ごゆっくりでいいですから」
車掌はにっこり微笑む。
車掌は、立ち上がった乗客のために、一歩下がり、服部の隣に立つ。
車掌の手から、さりげなく一枚の紙が、ひらりと服部の膝に落ちた。
『パーサーに注意せよ』
服部はその文字を確認し、そのまま紙を握り締めた。
前の乗客が、荷物をもって慌てて前へと走っていった。
車掌は、服部に軽く視線を投げ、そのまま前方へと歩み去る。
「あれ? 私、切符、出してないのに」
去り行く車掌の背を見ながら、朱音が首をかしげる。
「新幹線の指定席の検察は、2016年3月で廃止された」
「そうなのですか? ちょっと前に乗った時、あったような気がしましたけど?」
「自由席は、まだ検札がある」
「……あ、そうか。そうなのですね」
朱音は、ふうん、と頷く。
「指定席を買って、自由席に乗るのは自由だし、それをやるやつはめったにいない。指定席の場合、どの指定席のチケットが売れているかは、車掌が把握できている」
「へぇー。でも、あの鋏を入れて切符切るって感じが好きなんですけどねー」
朱音は懐かしそうにそう言った。
「鋏を入れて? お前、時代が古すぎないか?」
「そーですかねー」
朱音はにっこり笑う。
鉄道切符に鋏を入れていたのは、随分前の話だ。少なくとも、服部の記憶には、鋏を使われたといいうのは、ない。
検札は、スタンプを押していたはずである。
「お前、本当に二十五歳か?」
「斎王には謎が多いのです」
朱音は、そう言って微笑んだ。
「あ、もうすぐ、小田原ですねー。富士山、まだかなー」
「謎ね……」
服部は朱音に目をやる。
無邪気な笑顔。男装をするために、その顔に化粧っけはないが、白い肌はきめ細かく、ファンデーションを必要としていない。どう考えても二十代の女性である。
くるりと動く瞳は、キラキラとして、思わず引き込まれそうになり、服部は慌てて目をそらした。
「あっ来た」
扉の向こうから聞こえてくるカートの音に、うれしそうに朱音が反応する──服部は懐に手を入れ、身構える。
「お土産、お弁当、コーヒー、いかがでしょうか?」
車内販売のワゴンを引きながら、妖艶な美女が、にこりと服部に微笑みかけた。
お気に入り様の情報に感謝です。
挿絵は金野文さまからいただきました。ありがとうございます!