斎王の秘術
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服部は、弁当に入っている箸と一緒にはいっているつまようじを口にくわえた。
新幹線は、静かに、品川駅を発車する。
品川駅周辺は、新幹線の線路は街中を通る。このあたりの速度はゆっくりで、しかも、蛇行する。
立ち並ぶビルのすきまを窮屈そうに走っていくのだ。
──今だ。
列車の車両が、わずかに傾ぐ。
服部は、突然、弁当のふたを朱音の前へと持ち上げた。
「え?」
朱音の不審げな声に応えず、服部の目が、左斜め前方を見据える。鋭い何かが、宙を切り裂いてきた。 それを弁当のふたでさえぎり、口にくわえたつまようじをそちらの方角へと噴き出す。
「──ッ!」
前方の座席で、男の小さなうめき声がした。
標的の男は、つまようじを受け止めそこなったらしい。
「先ほどの術の奴ではないな……」
服部は、声にならないほどの声で呟く。
「ええええ?」
朱音が声を上げそうになるのを服部は制した。
「目立つな。バカ」
「で、でも、なんで、つまようじが刺さっているのです? どこから飛んできたのです?」
服部の手にしていた弁当のふたに、つまようじが突き刺さっている。
見事に、垂直に、うちつけたように立っていて、ぐらりともしない。
車両が、やや傾ぐ。
服部は、巻物に手をやった。
伊賀忍法、水龍
座席の間の通路を龍がうねった。そのむこうから、焔をまとった虎が走ってくる。
龍虎が、通路でぶつかった。
「意外と、やる!」
服部は、眉をしかめた。
二つの術がぶつかり、龍と虎は霧散した。
「どうしました?」
朱音が、シューマイを口にしながら首をかしげた。
「なんでもない」
服部は、車窓を見る。
多摩川だ。
新幹線はここからほぼ直線になる。今のような攻撃は、もうないだろう。
服部は、牛タンに箸をのばした。
車両は、安定走行で、横浜へと向かう。
「新横浜駅の停車時間に、チャーハン弁当って買えますかね?」
「……お前、変な術にかかっていないよな?」
術の気配はない。服部がやりあっているうちに、何かされたわけではなさそうである。
「何の話です?」
朱音は、キョトンと首をかしげる。
「新横浜駅の停車時間の間に、弁当を買いに行くために下車するのは、安全上、やめておけ」
「残念です」
朱音は、シューマイ弁当を平らげて、ふうっとため息をついた。
「車内販売で、買えますかね?」
「……確か、車内販売でチャーハン弁当はなかったはずだ。と、いうより、お前、そんなに食べられるのか?」
朱音はどちらかと言えば、華奢で、小柄である。
「はい。大丈夫です。そのために鍛えた斎王の秘術です」
「秘術?」
朱音は頷く。
「斎王たるもの、歓待を受けた時は、かならず完食せねばなりません」
食べ終わった弁当を片付けながら、朱音は凛々しくそう言った。
「神の巫女は、すべての民に平等でなければ。ゆえに、斎王たるもの、別腹を自在に扱えるようにならなければならないのです」
「意味が……わからないのだが」
服部は頭を押さえた。
「とりあえず、車内販売が来たら、アイスクリームを食べなくちゃ、です」
朱音は大まじめにそう言った。
新幹線は、ゆっくりと新横浜のホームへと滑り込んだのだった。
挿絵は加純さまからいただきました! ありがとうございました!