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儀式

 文乃に先導され、朱音は参道を歩く。

「お待ちしておりました。斎王さま」

 巫女姿の女性たちが、一斉に頭を下げた。

「文乃さん、ここでいいわ」

 朱音は、文乃ににっこりと笑う。

 巫女姿の女性たちがふわりと白い布を朱音にかぶせた。

 柔らかな光があたりに広がり、まるで奇術のように白い布を取り去ると、朱音の衣装も白衣に緋袴という巫女の衣装へと変わっていた。斎王イリュージョンである。

「荒祭宮に参りましょう」

 荒祭宮とは、天照大神の荒魂を祀る宮である。そこで、影の斎王の儀式は行われる。

 朱音はしずしずと参道を歩く。

 ここまで、こられたのは、服部をはじめとするたくさんの人間の助けがあったからである。

 辛く長かった修行。恋も禁じられていた。

 そんな時、朱音の護衛についたのが服部だった。いつも守ってくれたのは仕事だとは思う。だが、その人柄に惹かれた。この役目が終わったら、彼は去ってしまうのだろうか? そのことを考えると、胸が、痛む。

朱音はふるふると首を振った。

今はそんなことを考えている場合じゃない。

荒祭宮の前にはズラリと四十七人の巫女が三方を手に並んでいた。三方の上には布が、被せてあり、何が載せてあるかはわからない。

そして宮の前には、焚き火と大鍋の用意がされていた。

「斎王さま」

巫女がうやうやしく頭を下げる。

「いかがいたしましょう」

「そうですね」

朱音は大きく深呼吸した。この決断が、すべてを決める。

「カレーで」

 声が震える。巫女たちのどよめきがおこった。

 しかし、斎王の決定は下されたのだ。

「わかりました」

拝殿の奥には、黒い気配がある。勝負は、はじまったのだ。

「はじめます」

朱音の透き通るような祝詞が、境内に響き始めた。



 猿上を倒した服部は、神社とは思えぬ匂いに眉根を寄せた。

 カレーの匂いである。

 昨今は、屋台でもカレーを出すことがあるが、まさか神社の境内でカレーを出すというツワモノがいるのだろうかと、首を傾げる。

匂いを辿っていくと荒祭宮に出た。黄昏が近い境内の中、赤々と焚火が燃えている。

 大きく開けた空へ、湯気がゆらゆらと立ち上っていく。

 重々しい厳かな雰囲気の境内で、違和感を感じる香りを漂わせるのは、宮の真正面で煮えている大鍋だ。その鍋を巫女姿の朱音が大きな木のおたまで、かき混ぜている。その朱音を囲むようにたくさんの巫女たちが首を垂れて控えていた。

 そして、その横には、アウトドア用のテーブルといすが置かれている。

「朱音?」

「来てはいけません」

 朱音は鍋を混ぜる手は止めず、毅然とした表情のままだ。

「今まさに、闇王と戦いが始まっているのです」

「戦い?」

 朱音は、鍋を混ぜ終えると、大きな皿にそれをよそう。

「四十七の都道府県から集められた四十七の食材を一つの鍋で料理し、それを斎王ただ一人で余すことなく一晩のうちに食することができれば、闇王は封じられるのです」

 朱音はテーブルに移動し、黙々と食べ始めた。

「一つの鍋で?」

 服部は唖然とした。

 食材に限るという条件は付いていても、果物もあれば、魚介類もある。それを一つの鍋にして食するということ、それが、闇王封印のための儀式。

 伏せられた食材。一つの鍋。それはまるで……。

「闇鍋?」

 朱音は黙々と食べる。

 神域に、ピリピリとした空気が漂う。

──いや、単純にカレーの刺激臭かもしれん。

 服部は大きくため息をついた。



 カレーに合わない食材はない。

 朱音は、そう信じ、斎王が唯一選べる権利である『調味料』を『カレー』とした。

 その勘は正しかった。日本全国から集められた食材は、すべてカレーの中で一体化し、うま味となり、アクセントとなり、朱音の胃袋におさまっていった。

 さすがの斎王の秘術を持ってしても、大鍋を一人で平らげるのには骨が折れた。

 だが、やらねばならぬことである。朱音は、最後のひとすくいにいたるまで、その味を楽しみ、食べつくした。

 やがて、夜が終わり、朝日が昇る。

 朱音は、すべてを食べつくし、そして、闇王を封印した。



「服部さん!」

 社務所の奥にある休憩室で待っていた服部は、可愛らしいワンピースに着替えた朱音に目を細めた。

 ベリーショートの髪型は変わっていないが、ぐっと娘らしい雰囲気が増している。

「仕事は、終わったのか?」

「はい」

 平安の御世であれば、斎王はずっと伊勢で仕えねばならなかったのであるが、今世の斎王は、儀式さえ終えれば、自由になれる。朱音は、普通の生活に戻り、恋をすることも可能だ。

 しばらくは護衛をすることになるが、やがて、それもなくなるだろう。

 服部は、胸に広がる寂寥感を無視した。いらぬ、感傷だ。

「帰るか?」

「私、東京へはまだ帰りませんよ」

 朱音はぷくっと口を膨らます。

「とりあえず、おかげ横丁で、伊勢うどんを食べて、あと的矢の牡蠣とか……」

 あれだけの鍋を一人で平らげたというのに、まだ食べられるのか。

──恐るべき、斎王だ。

 服部は苦笑する。

「服部さん、つきあってくださいね?」

 ずっと、ずっとこれからも。

 そんな小さな呟きが聞こえた気がするのは、服部の願望だろうか。

──とりあえず、胃腸薬は買っておこう。

 五月の風が吹く。

 今頃は、天皇の即位式が行われているのだろう。

 人知れず、闇と戦った斎王の手を、服部は優しく握る。

 新しい時代が、始まろうとしていた。













なんとか終わりました。

急ぎ足になってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

新しい時代が、良き時代となりますように。


2019/4/30 平成最後の日に。 秋月忍

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