幼稚園バス
二人の前で、幼稚園バスの扉が開く。
渋い顔のまま、服部は朱音とともにバスに乗り込んだ。
「服部、早く座れ!」
運転手が声を上げる。
「猿上か」
その男は、服部の同期ともいうべき男だ。伊賀流の中でも、その腕は服部と肩を並べることができる男だ。とはいえ、最近はあまりこうした実戦部隊に参加することはなかった男だ。
「斎王さまはこっち」
にっこり笑った女の幼児が朱音の手を引き、自分の前に座らせた。
車内には、その幼児と運転手の猿上だけだ。
幼稚園バスというのは、幼稚園児が乗るように作られている。
ゆえに、大人が乗るには、いろいろと不便だ。座席が、低いのである。服部は出入り口付近の比較的広い椅子に腰を掛けた。
おそらくは、保育士が座ることが多い場所であろう。
二人が座ったのを確認して、バスが動き始めた。
「まさか、文乃が来るとはな」
「幼稚園バスに幼児が乗っていないのは、おかしいであろう?」
およそ幼児に似つかわしくない口調で、幼児はのたまう。
「この子は?」
「伊賀流くのいちの文乃だ」
「いつも服部が世話になっております」
幼児、文乃がぺこりと頭を下げた。
「いくらなんでも、危険です。こんな小さな子を巻き込んでは」
朱音の危惧はしごくまっとうではある。
「安心しろ。文乃は、普通の幼児では、ない」
「あたち、伊賀流の免許皆伝なの」
問いかけるような朱音の視線に、服部は頷く。
幼児にして幼児にあらず。
先日も、幼稚園バス乗っ取りを企てた悪党三人を、文乃一人で撃退した。さらには、幼児である特権を生かし、VIPを人知れず護衛することも得意である。相手が幼児に油断することを差し引いても、文乃の経歴は、すでにベテランの域に達している。
「しかし、このプランが通るとはな」
「服部、ダメって言ったね」
「当然だ」
文乃の参加はともかくとして、幼稚園バスは、リスクが大きい。
目立つし、防御性も低く、スピードが出ない。しかも、大人が乗るには、少々乗り心地が悪い。
「猿上、どうだ?」
服部は車窓を見ながら声をかける。
バスはゆっくりと確実に内宮への道を走っているようだ。
「はい。順調です。まもなく内宮に着きます」
「そうか」
服部は、窮屈な椅子に座りながら、頭を振った。
「でも、こんなバスに乗れるとは思ってなかったから、楽しいです」
笑みを浮かべた朱音の顔に、やや緊張の色がにじむ。
その時を間近にプレッシャーを感じているのかもしれない。
バスはゆっくりと駐車場に入っていった。
扉が開き、文乃と朱音、服部がおりる。
「文乃」
服部は参道をにらむ。
「やっぱり、こうなったね」
文乃が頷いた。望んではいなかったが、ある意味、予測通りの展開だ。
文乃は朱音の手を引き、ゆっくり歩きはじめ、服部は、懐に手を入れたままため息をつく。
「あたちが突破をかける」
「承知」
文乃は走り出した。幼児ではありえないスピードだ。
「朱音、少し我慢しろ」
服部は、ひょいと朱音の身体を姫抱きにする。
「へ? ちょ、ちょっと服部さん?」
驚く朱音にかまわず、服部は跳ぶように走り出した。
「ええええ?!」
穏やかな日の光の下。手裏剣の雨が降り始めた。




