斎宮駅
短いです
松坂を過ぎた。
服部は、車窓に目をやる。
停車駅ではないが、『斎宮』駅がそろそろ見えてくる。
古の『斎王』が住んだ宮があった場所だ。
斎宮跡の遺跡の発掘調査は、1970年からはじまっているそうだ。現在は史跡指定をされ、さらに公園、博物館が整備されているらしい。
隣に座った朱音の顔がいつになく真剣だ。歴代の斎王の住んだ土地の力を感じているのだろうか?
「斎王歴史博物館の、マスコットキャラクターも、このたびのことで、代替わりするそうです」
朱音は窓の外を見ながらポツリと呟いた。
「マスコットキャラクター?」
「はい。新しい斎王のキャラは、卜定によって決められたとか」
「ふーん」
服部は思わず、博物館のバックヤードで、学芸員たちが亀の甲羅を焼いているのを想像し、頭を振った。
おそらく、そーゆーことではないであろう。
「ただし、明和町のめい姫ちゃんは、変わらないそうです」
「……別に、いいんじゃないか?」
新しい斎王が、ひそかに立つとしても。市町村や博物館のキャラクターを変えようが変えまいが、自由だ。
長く慣れ親しまれたゆるキャラをわざわざ引退させる理由はない。
「彼女たちは、表舞台に立つ、いわば表の斎王。一度お会いしてみたいものです」
「表ね……」
イメージキャラクターに会って、どうするのだろう。
謎である。
いや、むしろ表の斎王というならば、斎王祭りの斎王の方ではないだろうか。
毎年六月に行われる祭りは、まさに古式正しい群行の再現である。
服部が指摘すると、朱音は「当然です」と、頷いた。
「伊勢の斎王祭りは、1985年から。最近は、伊勢神宮の新嘗祭にあわせての、外宮までの群行も行われています。古の斎王の儀式を伝えているといっていいでしょう」
「お前が行う儀式とは、全く違うものなのか?」
「違うと言えば違いますし、同じと言えば同じです」
朱音は大きく息を吸う。これからのことを考えると、さすがにプレッシャーを感じているようだ。
「闇の王の復活を阻止する。その使命があるかないか、それだけですね。むしろ、儀式的なことは私の方が少ないかもしれません」
「そもそも闇の王って、どこに閉じ込められているんだ?」
服部はかねてからの疑問をつい口にした。
「内緒です」
くすりと朱音が微笑する。
その顔は、知っているのか、知らないのか、服部には判断がつかなかった。
「それにしても、できれば斎宮駅で降りたかったです」
「歴代斎王の宮の遺跡がみたかったか?」
長年にわたる発掘調査によって、斎王の宮は徐々にあきらかになってきたという。
歴代の影の斎王たちが語り伝えてきたことと、別の歴史絵巻がそこにあるのかもしれない。
「いえ、うどんが食べたいんです」
朱音は真面目な顔を崩さない。
「うどん? きしめんを食べたじゃないか。それに、伊勢うどんなら、伊勢神宮周辺でも食べられるのではないか?」
服部も、朱音の食欲魔人ぶりには慣れてはきたが、それでも、あきれてしまう。
「伊勢うどんは、もちろん、食べるべきうどんではありますが、それではありません」
朱音は、ぴしっと指を立てる。
「ひじきうどんです」
「ひじき?」
「特産なのです」
もちろん、ひじきが特産なのは、服部も知っている。三重県はひじきは国内有数の産地だ。
「ひじきを生地に練りこんだものです」
「なるほど」
昨今、麺に練りこんだ特産品というのは、各地で開発され、土産の目玉となっていたりする。海藻系となれば、ヘルシー志向な層にも人気なのであろう。
「とりあえず、そろそろ降りる準備をしろ」
「はい」
列車は斎宮駅を通過し、伊勢市に到達しようとしていた。




