爆弾甘味の術
東海道新幹線の一般車両は、二人席と三人席になっていて、真ん中が通路になっている。
東京発の「東海道」新幹線の場合、この二人席の窓際は、山側。『富士山』展望に適している。反対側の三人席は、海側である。どちらを選ぶかは、好みによるところが多いが、今回は二人席である。
車両に入った途端、服部は空気を切り裂く音を耳にした。
いくつもの小さな白銀の氷の矢が朱音目指して宙を裂いてきた。
『伊賀忍法、火焔』
服部は背広の内ポケットから、小さな巻物を取り出し、呟く。服部の言葉に呼応して、朱音の周りに散るように舞った火の粉が、氷の矢を溶かして消えた。
あまりの瞬間の出来事に、朱音も周りの人間も気が付いていない。
「早く席に座れ」
服部は、ぞんざいな言葉で朱音を窓際に追いやりながら、油断なく術が放たれた方角に目をやった。
服部と朱音の席は7両目15列目。つまり、車両の一番後ろにあたる。
術は前のほうから飛ばされてきたとみていい。おそらく、三人席だ。はっきり確定はできないが。
「富士山、見えるといいですね」
朱音は、そう言って窓を見る。窓から見える空は明るい。
斎王に選ばれて三年。遠出らしい遠出を許されなかった彼女にとって、久々に味わう開放感もあるだろう。
「そればっかりは、運だな」
「私、運はいい方です」
ニコリと、朱音は笑う。斎王なんてものに選ばれた時点で、運がいいと言えるかどうか微妙だろう、と服部は思う。
斎王とは、未婚の巫女だ。斎王に選ばれてから三年、彼女は恋愛禁止を言い渡されていた。
彼女は現在、二十五才。その気になれば相手はいつでも見つかる容姿ではあろうが、若い娘として恋愛禁止は複雑なのではないだろうか。
芸能人の恋愛禁止とは話が違う。
彼女には、常に、服部や服部の部下たちがそばにいて、隠れて恋愛などする暇はなかったのだから。
「本当ですよ? 今日だって、朝、茶柱が立っていて」
「……だといいな」
服部が辺りを見回しながら、シートに腰を下ろすと、新幹線がキュルキュルと音を立てながらゆっくりと動き始めた。
ホームがゆっくりと後ろへと流れていく。
「じゃあ、いただきます」
東京駅を発車するなり、朱音は手を合わせた。
すでにテーブルの上に、横浜名物シューマイ弁当が置かれている。
「……せめて、品川まで待ったらどうだ」
「なぜです?」
「あと十分もかからないぞ。人が出入りすると落ち着かないじゃないか」
「自由席じゃないですよ? たいしたことないですって」
朱音は気にした様子もなく弁当のふたに手をかけた。
「待て」
朱音がふたを開けた途端、朱音の口をめがけて、何かが飛び出してきた。
とっさに、服部が手をのばしてそれを遮る。
「え? 何ですか?」
服部が手のひらを開くと、シューマイが一つ入っていた。
「シューマイ?」
服部は、無言でそれをそのまま口へと放り込んだ。
「ちょ、ちょっと、どうして食べちゃうンですか!」
朱音が抗議の声を上げる。
「安心しろ。これは、おまえのシューマイではない」
服部は咀嚼しながら指摘する。
「え? 本当だわ」
朱音の弁当箱には、隙間なくシューマイが並んでいる。
どこからどうやって飛び出てきたのか。皆目見当がつかない。
「これは、爆弾甘味の術。シューマイに見せかけた和菓子による食前味覚破壊の攻撃だ」
「……えっと。そんなものを食べて大丈夫なのですか?」
「俺は特殊な訓練をうけているから問題ない」
服部は猛烈な甘みに眉をしかめた。
爆弾甘味の術は、通常の和菓子の十倍の甘みが投入されているのだ。さすがにきつい。
甘味の術で味覚がマヒした口内を、持参したお茶で浄化する。
ちなみに、お茶は当然、三重県産、伊勢茶だ。
「訓練?」
朱音の言葉に、服部は頭を振った。
思い出したくもないことだ。
あれは、辛く厳しい、訓練であった。
「それより、これは弁当を買った時点で仕掛けられた術だ。つまり、俺たちは東京駅に着いた時から、『敵』に狙われている。奴らは、お前の斎王としての『能力』を削ぐことに必死だ」
「えっと。でも、服部さんが守ってくださるから、大丈夫なのですよね?」
無防備、ともいえるまぶしい笑みに、服部は思わず目をそらす。
「服部さん?」
朱音の言葉が聞こえないふりをしながら、服部は弁当を広げる。
『品川、品川』
車内アナウンスが、品川駅到着をコールした。