カフェ
本日二本目の更新です。
日本の列車で食堂車が常設されている鉄道は、ほぼ皆無になっているそうだ。
食堂車と言えば、昔は寝台車や、新幹線にもあったのだが、現在は姿を消している。
そもそも、車内販売そのものが見直される時代である。
そう考えると、カフェ常設のしまかぜは、非常に貴重だ。
カフェは、一階と二階に分かれていて、その入り口そばに売店がある。
「うわっ、美味しそう!」
朱音が売店カウンターの横にあるショーケースに目を輝かせた。
色とりどりのケーキが並べられている。まるでオシャレな洋菓子店のようだ。
「二階へ行きましょう」
幸い、満席ではなかった。
カフェ車両は、大きな窓にそってカウンターが備え付けられている。
座席は窓の正面の位置につくられていて、どの席に座っても窓が真正面である。
この窓の方角が海側になるそうだ。とはいえ、海が見える場所はそれほど多くない。
服部と朱音は、二人並ぶ形で端の席に座る。もちろん朱音が端である。
進行方向に対して、横座りという形だ。
「私、海の幸ピラフを」
「サンドイッチのセット、コーヒーをホットで」
注文を取りに来たアテンダントは、先ほどのアテンダントとは違う。しかし、動きは、ただものではない。
丁寧に頭を下げて去っていくアテンダントの背を見送ると、服部は周りの乗客に目を向けた。
女性だけの三人グループ、老夫婦が一組だった。服部と近い位置にいるのは女性のグループだ。女性たちは、ケーキを口にしている。
──なっ?
服部は思わず目を奪われたのは、離れた位置にいた老夫婦の方だった。
紳士の方が食べているのは、あおさとカキのにゅう麺。婦人のほうが食べているのは、松阪牛のカレーだ。
ピンと伸びた姿勢。無駄のない動き。
揺れる車内にもかかわらず、汁はねひとつない。実に優雅にそれらを口に運んでいる。
その後ろをアテンダントが、トレイを手にこちらに向かって歩いてきた。
カーブに差しかかり、座っていてもやや横Gを感じる状態だ。
しかし、アテンダントは涼しい顔でバランスを保ち、歩みを止めない。
「お待たせしました」
「あ、ああ」
アテンダントが、朱音と服部の前に注文の品の入ったトレイを置く。揺れる車内にもかかわらず、カップの液体は、一滴もこぼれていない。
見事だ。
アテンダントは、にっこりと微笑むと、そのまま去っていった。
敵ではなさそうだが、ただものではない。
「服部さんは、軽食ですね」
「きしめん、食べたばかりだ」
「そうなんですか? でも、もちろんケーキは食べますよね?」
「全身胃袋でできているのか、お前は……」
あきれながら服部はサンドイッチに手をのばした。
その時。
ケーキを食べ終わった女性客たちが立ち上がった。
服部は、嫌な予感に、手にしたサンドイッチを構える。
女性たちの手が翻り、フォークが服部たちめがけてとんだ──かのように見えた。
老紳士の箸からするりと麺がのびて、くるくるとフォークを絡めとる。
老婦人のスプーンがすくいあげたカレーが、正確に飛び上がり、女性たちのブラウスにシミをつけた。
「なっ」
女性たちの顔が青ざめる。
──頭領。
服部は、目の前で繰り広げられた華麗な術に、身を震わせる。
老夫婦は、伊賀の忍者を束ねる長だ。
二人は、ほんのすこしだけ服部に視線を送る。
そして、何事もなかったかのように、食事を続けた。
「んー。これ、本当においしいですっ」
のんきに感嘆の声をあげながら、朱音がピラフを口にする。
──まあ、地元でもあるしな。
昨今は、あまり表立った仕事をしない長であるが、斎王の群行といえば、国の一大事だ。
ふがいない部下の仕事の手助けに現れたとしても、何ら不思議ではない。
「コップに水を注ぐのって、意外とむずかしいですね」
朱音は、ピラフに添えられていたペットボトルの水を、プラスチックカップに注ごうとして悪戦苦闘している。列車は揺れていないようでも、けっこう揺れる。
カップのコーヒーを飲むのにも、それなりに技術が必要だ。
「まあ、そうだろうな」
カップに注ぐのを諦め、朱音はペットボトルをそのまま口にすることにしたようだ。
服部は、再び、老夫婦の方に目を向ける。
麺やカレーを食べているのに、少しの汁ハネもない。完璧すぎだ。
服部は、コーヒーを口にしながら、僅かな視線を感じ続ける。
──まるで試験を受けている気分だ。
老夫婦が見ているのは、自分でなく、朱音だということを理解はしている。それでも緊張せずにはいられない。
そんな服部の緊張をよそに、朱音はピラフを完食していた。
「ケーキ、頼みますね」
「……本当に食べるのか?」
「有言実行です」
こぶしを握り締める朱音の横で、服部は、プレッシャーなのか、食べすぎなのか。わずかな胃痛を感じていた。