ういろう
本日、忍者の日!
女性のアテンダントがゆっくりと歩いてくる。
ワゴンの上に乗せているのは、『おしぼり』だ。
丁寧におしぼりを渡している。
訓練された動き。にこやかな表情。しかし、その瞳は油断なく辺りを見回しているようだ。
「おしぼりはいかがですか?」
「ありがとうございます」
無防備に、手をのばす朱音にちらりと女は視線を向ける。
その手が、ワゴンの下段に伸びたのを服部は見逃さなかった。
まっすぐに朱音に向かって飛び出した何かを、はしっと服部は受け止めながら、反対側の手で、伊賀名物、カタヤキを女に投げつけた。
女は、顔色一つ変えず、カタヤキをそのまま口で受け止めた。
カリリ、と、咀嚼する音が響く。
──できる。
服部と女はしばらく、静かににらみ合った。服部は、受け止めた手の中のものの感触を確かめる。
ねっとりとした感触だった。
「どうかしたんですか?」
朱音が、口をはさむ。
先に動いたのは、女の方だった。
女は、ワゴンからおしぼりを取り出し、微笑みながら朱音に差し出した。
「ご出身は、小田原ですか?」
服部の問いに、女の顔が青ざめたようになる。
口を開かないのは、カタヤキの無理な咀嚼で、口内に傷がついたのかもしれない。
女は、服部におしぼりを押し付けると逃げるようにカートを引いて去っていった。
「どういう意味です?」
不思議そうな朱音に、服部は手を開いて見せた。
「名古屋名物のういろう?」
小豆色の和菓子がそこにある。
「これ、どうしたんですか?」
服部は問いに応えず、そのままそれを口に放り込んだ。
──この味、この食感。間違いない。
服部は頭を振った。
「これは、名古屋名物ではない。小田原のういろうだ」
「小田原?」
服部は、伊勢茶を飲み、口内の甘みを追い出した。
「ういろうを名産にしているのは、名古屋だけではない」
「そうなのですか?」
「ういろうの発祥は、実は、博多、京都といわれている。もちろん、全国売上高からみると、名古屋が一番ではあるのだけれど」
「……詳しいですね」
「忍者の常識だ」
ふーッと、服部は首を振った。
小田原のういろうということは、敵はやはり風魔忍者なのか。
新幹線でおそってきた忍者は、戸隠のものであったはず。と、すれば、これはフェイクだろうか。
「あ、いけない! カフェに行かないとです!」
朱音が突然立ち上がる。
それを制しかけて、服部は思い直す。
──毒を食らわば皿まで、か。
敵の忍者の攻撃次第では、四日市で下車することも視野に入れなければならない。
「わかった。カフェに行こう」
服部は立ち上がる。
すでに愛知県の県境なのか。車窓に大きな川が見えた。