しまかぜ
しまかぜは、六両編成。
展望車、さらには、カフェ車両、個室まである、観光特急である。
値段も他の特急よりも高い。
伊勢神宮に行くなら、『伊勢市』もしくは『宇治山田』駅で降車だ。時間は一時間ニ十分程度。
外宮にまわるなら、『伊勢市』が最寄となる。
今回の目的地は『内宮』。内宮の場合、近鉄『五十鈴川』駅が最寄ではあるが、『宇治山田』から、車を使うのが一般的である。
時間に余裕がある観光であれば、伊勢市でおりて、レンタサイクルで、外宮から内宮に向かうのもありだろう。ちなみに外宮から内宮へは徒歩だと一時間弱かかる。
「展望席じゃないのかあ」
「……贅沢言うな」
カフェ車両となりの一般車両のシートである。
服部としては、個室がとりたいところであったが、さすがに押さえられなかった。
シートは、非常にゆったりとしていて、贅沢な三列配置で、前後の間隔も広い。ゆえに一両に乗る乗客の数も当然少ない。今回、快速みえでなく、しまかぜが選択されたのは、ある意味当然ともいえよう。
朱音を窓際に座らせ、服部は通路側に座った。
「しまかぜは、松坂には止まらないんですよね。残念です」
「松阪?」
朱音は苦笑した。
「今回は直接に内宮に行きますが、本来なら斎宮に入らないといけなんですよ? 斎宮に行くなら最寄駅は斎宮駅。特急なら、松坂です」
「……まあ、そうだが、遺跡に行く予定はないぞ」
「わかってます。でも、土地の力はきっと残っているはずなんです」
「土地の力ね……」
近鉄山田線は、斎宮のあった明和町を抜けて伊勢に入る。
道順としては、一応、正しい。
「そもそも、東京発というところが、正しい群行でないと思うんだが……」
「これは、いにしえの慣習ではありませんから」
いつになく、朱音は表情を引き締め、窓へと視線を移動させた。
「闇の王の復活を阻止する、大切な儀式なんです」
「……いや、俺は忘れてないんだが」
どちらかと言えば、朱音の方が観光気分なのではないか、と言いたいのを服部はこらえた。
いくら訓練を受けているとしても、斎王としての役目は重い。意外と、重圧につぶされそうなのかもしれない。
「わわっ。すごい。みてください。このカーテン、電動です!」
先ほどの緊張感はどこへ行ったのか。
意味もなく、カーテンを上下させる姿は、ほぼ小学生だ。
とはいえ。
ここから先のことを考えると、必要以上にはしゃぎたくなっていてもおかしくはない。
服部は、ゆっくりと車内を見回した。
満席、ではあるが、取り立てて視線も感じない。
発車の合図で、列車が静かに動き出す。暗いトンネルをくぐりぬけ、眩しい陽光に満ちた世界になった。
トンネルをぬけてすぐは、車両置き場があることもあり、かなり広い空間が広がっている。
何かあるとしたらそこだと踏んでいた服部は、ほっとして息をついた。
「服部さん! 行きましょう!」
突然、朱音が立ち上がる。
「行くって、どこへ?」
「カフェに決まってます!」
「……まだ、発車して五分もたってないんだが」
さすがに、服部は呆れた。
「何言っているんです! 乗車時間は一時間ニ十分ほどしかないんです。しかも、カフェ車両はとても混みます。早めにいかないと、入れなくなるって話ですよ!」
「……それにしてもなあ」
せめて、名古屋市を出るまでは座席に座って様子を見たかった服部は苦い顔をする。
その時、車両の扉がすらりと開いて、アテンダントの女性が一礼した。しぐさに隙がない。
──できる。
服部は、朱音をシートにもう一度座らせ、油断なく女をみつめた。
※秋月はしまかぜに乗ったことは、まだありません。
したがって、これは全てファンタジーです。そのあたり、よろしくお願いいたします。