乗り換え
新幹線から在来線へ。
服部は、注意深く歩く。
おとりを使い、さらには、朱音をかつらで変装させたとはいえ、まだ油断はならない。
奴らは、かなり大きな組織だ。そうでなければ、今までの攻撃が説明できない。ここから先も、こちらはできるだけ、相手が予想できない行動をとらなければならない。
「そこじゃない」
関西線と書かれたホーム階段に上ろうとした朱音を、服部は制止する。
「快速みえじゃないんですか?」
JR名古屋駅から三重県方面へ向かう『快速みえ』は、関西本線である。快速を使わないにしろ、三重県方面に向かうなら、関西本線を使用するのが普通だ。
服部が手にしているチケットは伊勢市駅までで購入している。とはいえ。
購入しているからといって、必ずしも途中の駅で降りてはいけないというものではない。
斎王である朱音を伊勢神宮まで連れていくことは、国家存亡にかかわることだ。
「いいから、ついてこい」
服部は、名古屋駅の中央通路を真っすぐに歩いていく。
中央通路は人通りが多い。中央通路そばにある中央改札から出れば名古屋駅中心のJRの駅ビルのコンコースにつながっている。
しかし、服部は中央改札へは向かわず、東海道本線のホームの階段を上りはじめた。
朱音は不思議そうな顔はしたものの、黙って服部に従ってついてくる。
幸い、敵の気配はない。
完全に、まいたようだった。
ちょうどホームには電車が入ってきて、他のホームからの視線は通りにくくなっている。
とりあえず、あからさまな視線は感じなくなった。
──このまま、何事もなければいいが……。
開く扉から降りてくる乗客を気にしながらも、服部は、それらの客に混じりながら、東海道本線のホームを端の方へと歩いていく。
「ここをおりる」
「へ?」
服部は、『近鉄線』と書かれた下り階段を指さした。
「のりかえですか?」
驚く朱音を連れて、階段を下りていく。
降りた階段の先に延びる通路は、そのまま近鉄線へと続く改札口となっていた。
「うわっ。近鉄のホームに出ちゃった!」
朱音は驚く。
少しわかりにくい造りではあるが、JR名古屋駅の南側は、近鉄線に非常に近い。
南側通路を使えば、新幹線から近鉄まで、非常に簡単に乗り換えが可能である。
今回は、わざわざ東海道線のホームを使って、中央通路から、南側の通路へ移動したが、本当はもっと簡単にここに来ることは可能だ。とはいえ、ここまで簡単に乗り換えできる連絡通路があるというのは、知らない人間もいるだろう。
近鉄名古屋駅は、地下駅だ。かなり広く、ホームの数も多い。
とにかく発駅ということもあって、ホームは、普通、準急、急行、特急という区分で分けられている。
「駅弁、買ってもいいですか?」
「時間がない。車内にしろ」
服部は、特急乗り場へと朱音をいざなう。
白地に青いラインの入った、美しい車両が既に止まっていた。
運行が一日に一本ということもあり、チケットを手に入れるのが困難とも言われている人気特急だ。
「しまかぜですか!」
朱音はぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ああ」
朱音の興奮をよそに、服部は緊張の面持ちで列車の前に立つ。
敵は、ここまで追ってくるのだろうか?
そもそも、斎王を狙う闇の王とは何者なのだろうか?
──伊勢までは、まだ、遠い。
「すごい! しまかぜ、一度乗りたかったんです!」
服部の懸念をよそに、朱音はにこやかに笑うと列車に足を踏み入れた。
しまかぜにのりたい……