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プロローグ

「西へ行くのに、仙台の牛タン弁当はないと思います。服部さんのセンスを疑います」

「……別に、好きなものを食って何が悪い?」

 伊賀忍者である服部太一(はっとりたいち)は、連れの猛抗議を無視して、牛タン弁当を買う。

 それほど大柄ではない。背広で大きめの荷物。二十代後半のサラリーマンといった出で立ちだ。ただ、目の光に油断がない。

「それより、必要以上に、しゃべるな。何のための変装だ」

「……心配しすぎじゃないですか?」

 同じく背広に大きめの荷物。華奢な体つき。必要以上にサイズの大きめの服だ。注意してみれば、胸のラインのふくらみを隠しきれていない。

 非常に整っているが、一見して、男か女か迷う中性的な顔の作り。髪は女性にしては短めのベリーショートだ。声もアルトの中でも低めである。

 おそらく、少し見ただけでは、男女の判別はつきにくいだろう。

「だいたい、お前は、横浜名物シューマイ弁当じゃないか」

「新横浜は新幹線で通りますから」

 柊朱音(ひいらぎあかね)は、そういって口を膨らました。

「そもそも変装なんて、おおげさです。それ以前にこの仕事そのものが、大げさなんですけど。そんなに危ないなら、どうせならグリーン車に乗りたかったです」

 彼女はそう言って、肩をすくめる。

 平日の新幹線のプラットホームは、サラリーマン風の出で立ちの人間が多い。

 服部と柊が乗るのは、一般車両。どう考えても、人の目は多い。

 安全のためと言われて、男装を命じられた柊の不満は当然だ。

 彼女は、天皇の即位を前にして、宮内庁に選ばれた、伊勢神宮の巫女『斎王(さいおう)』だ。

 歴史的には消えたことになっている、『南朝』の血筋の一族である。

 一般的な『皇族』ではなく、あくまで『民間人』。しかし、日本の神道的な祭祀をひそやかにとりおこない、『闇のもの』からこの世を守り続けている高貴な血筋だ。

 もっとも、柊の本職は、塾講師。

 平安の御代は、斎王は野宮(ののみや)に三年こもり、それから伊勢へと下り、祭祀をおこなう女性の最高位ともいえる官職であった。

 しかし、斎王制度はほぼ室町時代の初頭、足利政権になって歴史の表舞台から、消えている。

 その仕事の重大さは、時代とともに世間から伏せられるようになった。

 しかし、斎王の役割は、今も昔も変わっていない。

 永久の闇でこの国を支配しようとする闇の王の力を祭祀によって封じることができる、唯一の人間なのだ。

 服部の役目は、この女性を伊勢へと無事送り届けることにある。

「木を隠すには森の中。グリーンだったら、いかにも、だろう?」

 服部は、プラットホームに設置された自販機に紙幣を投入しながら答えた。

「でも、東京発の東海道新幹線なんて、一日に何本もありますよね? チケットだって、当日購入です。どこで誰に見つかるというのです?」

「暇人が多いからな」

 服部は、腰をかがめて釣銭を回収しながら、視線を走らせた。

 そしてその姿勢のまま、一枚のコインを、右後方に飛ばした。

 服部の視界の向こうで、一人の男が壁に向かって吹っ飛んでいく。

「銭形平次は、偉大だねえ」

 手に缶コーヒーをにぎりしめ、服部はうそぶく。

「……何の話ですか?」

 服部が答える前に、新幹線がホームに滑り込んできた。

「行くぞ」

 服部に促され、朱音は新幹線へと乗り込む。

 新天皇の即位にともなう斎王の伊勢下り。『群行』がはじまった──。



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