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三好4

 親泰率いる讃岐方面軍が三好軍に包囲されてしばらく―――といっても2日くらいだが―――。親泰は土佐平定の時に比べて恐ろしく大人しかった。兵士たちの間では、観念して降伏のための準備を進めているとか、我々を置いて逃げるつもりだとか、士気ばかりが下がる噂が数日の間に流れた。

 そんな中、当の本人は寝床で横になっていた。すると、近くに布の擦れる音と地面を踏む音が同時に聞こえた。

「出来たか」

「抜かりなく」

「分かった。では、指示通りに」

 たったこれだけの短い会話であった。しかし、当人たちにはこれで十分であり、それだけで親泰が寝床を後にする理由にもなった。

「誰か!」

 親泰が声を上げると、すぐに兵士が駆け寄ってくる。

「軍議を行う。直ちに全員に召集をかけよ」

「はっ!」

 兵士は命令を受けるとすぐに走り去る。親泰はすぐに軍議を行っている大広間に向かった。




 四半刻30分ほどで士官が集結する。

「何か問題でも起きましたか?」

「いや、それはない。確かに兵士の士気は下がりつつあるが、それは大した問題にはなりえない」

「では、何でしょうか?」

「今夜、三好を急襲する」

 集まった士官は驚愕して大広間は騒然とする。

「勝算は?」

「分からない。しかし、やらねば壊滅する。三好どもの前で処刑されて首を並べられるのは嫌だろう? そこで一向宗の間に流言飛語を広め、三好と争わせる。そして、十分に騒動が広まったと同時に三好の陣で火薬を爆破する。これで動揺した三好兵の前面に騎兵突撃を食らわせる。すべてを撃滅する必要はない。多少でも敗走させれば、味方不利とみて三好兵は勝手に逃げ出す。所詮は徴兵された農民。職業としている長宗我部には叶うまい」

 親泰は最後に三好を嘲った。

「失敗した場合は?」

 久武親信は問う。ここまで無謀な作戦を実行する理由を。

「全滅するだけだろうな。だが、成功すれば讃岐だけでなく四国はほぼ手中に収めたとみていいだろう」

「分かりました。決行は?」

「その時指示する。兵士に準備をさせておけ」

「はっ!」

 久武親信の返事に他の士官も追って答える。そして親泰が大広間を去ることで、今回の軍議は終了となった。



















 夜、突如として一向宗の間に『三好が城攻めの際に長宗我部共々、我らを皆殺しにしようとしている』という根の葉もない噂が流れる。しかし、一向宗の大部分はもともと弱者であった農民などである。すぐにこの噂は広まり、一部の一向宗が三好の兵士に食って掛かることで騒動になった。それも徐々に広まりを見せつつあるとき、三好の陣中で爆発が起きた。持ってきていた火縄銃の火薬が突然暴発したとのことだった。それも立て続けに何度も。これだけで三好兵の間で動揺が広がる。そして最後に三好兵に扮した長宗我部の忍びが暴れることで、三好兵は疑心暗鬼になった。忍びもしばらくすると姿を消したが、飛び散って燃え上がった火の粉は早々に消えることはない。三好兵はお互いが敵か味方か分からない状況になり、もはや命令すら通らなかった。

 親泰はその騒動を城から見下ろしていた。

「そろそろか……」

 親泰はそう呟き、深呼吸を数度。そして後ろを振り向いて叫ぶ。

「我々の死に場所はここではない。三好兵を蹴散らして四国を平定する。全軍突撃せよ!」

 門の上から兵士を叱咤した親泰。その言葉を受け、兵士たちは城内から一斉に駆け出していく。山城ということで城外に出るまで少しばかりかかるだろうが、現状の士気の高さから見れば特に心配することはないかもしれない。

 そして全員出ていったのを見ると、親泰も馬に乗って城外に出るべく馬を駆けさせた。








 三好実休は長宗我部が出陣したのを、前線に長宗我部が到達する少し前に聞いた。夜間で視界が悪かったせいもあるが、最大の原因は陣中で起きている同士討ちあろう。三好の陣で起きた同士討ちは、気づけば一向宗の方にも広まりを見せ、既に軍といえる状況ではなくなっていた。

 実休は慌てて次の指示を出しているところに、ボロボロになった兵士が一人倒れながら入ってきた。

「申し上げます! 長宗我部、我が軍正面に突撃を敢行、お味方総崩れにございます!」

 勝敗は決まった。やがて軍は完全に崩壊し、長宗我部の追撃によって壊滅するだろう。そうなる前に、自分は生き残るために実休は逃げることを決意した。撤退を命じ、近くの者に馬を持ってこさせると、すぐさま馬に乗って逃げる。そして身近な城に逃げる。しかし、馬が途中で足をくじき、仕方なく馬を乗り捨て歩いて逃げる。そんな道中で実休の意識が途絶えた。









 戦後、事後処理を行っていた親泰は、実休の所在を久武親信に聞いた。

「さぁ、詳しい事は知りませぬが、こちらの調査では近くの城にはいない様子。大方未だ逃げている途中か、落ち武者狩りにでも襲われたのでしょう。それより、今回の戦の結果を聞いた三好に従っていた者たちが、降伏するから所領を安堵してくれ、と申し出てきております」

「分かった。所領安堵は今後の(まつりごと)次第だが、もし安堵できなくとも、いずれどこかの地域一帯の領主は確約すると伝えよ。ダメなら降伏後切り捨ててしまえ」

「分かりました。そのように手配しておきます」

 久武親信は粗方のことを報告し終えると、親泰のもとを去る。

 今回の戦いは後世において『王佐山の戦い』と呼ばれ、歴史ファンの中で知らないものがいれば、エセ歴史ファンと罵られるほど有名な戦いとなるのである。

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