合間
1558年3月8日
今月1日、長曾我部家では親泰を香宗我部親秀を養子にすると決議した。これは史実では2年遅くの出来事である。普通ならばここで秀通が抗議するが、2年前にはすでに秀通は親秀に暗殺されており、この決定はすんなり通った。そしてこの翌日には親泰は養子となり、正式に香宗我部親泰となった。
そしてこの頃は、城の維持費の関係上、いくつかの支城が廃されることになり、ここで新しく決定したのが『一郡一城令』である。これは一つの郡につき、一つの城郭を持つということで、それ以上の建築は認められない。この決定で土佐や播磨、紀伊にあった城の多数は廃城。そして一部の郡では新たに城を建築し、既存の城は全て廃すると決したところもあった。
親泰はこの日、姫路城にいた。改修予定の姫路城と播磨における事業の視察である。播磨では前話で話した通りのことももちろんだが、ほかにも野菜の品種改良、演習場の建築などやることは多数あった。特に演習場は日本の城郭を作り攻城戦と防衛戦のための場所であった。ただ、それを一から作ると莫大な費用が掛かる。そのために飾東郡に所在する廃城が決定された御着城を土台として建設される。そのため、城下町周辺から住民の立ち退きを行った。ただ、強制立ち退きでは一揆のもとになるため、手当と姫路周辺に土地を用意して立ち退いてもらった。この演習場はもしも姫路城が落城したときには、城としての機能も備える予定である。そのためこの城での演習は火気厳禁である。
現在、三好家では強大化する長曾我部家への対応に苦心していた。
「長慶様、長曾我部元親は四国平定を目論んでおります。このままでは三好に攻めてきますぞ!」
「しかし、今攻撃すれば長曾我部に挟みうちにされてしまう。それだけは避けねばならん」
長慶は弱気であった。優秀な人物ではあったのだが、現状を鑑みるとどうしても長曾我部を攻撃する気にはならなかったのだ。
「それではいつかは三好が滅びまする!」
「だから、だからこそ本願寺や河野と交渉を行っているのだ!」
「河野はともかく、本願寺は一向に交渉がうまくいく兆しが見えぬではありませぬか!」
そう、長慶は少しでもこちらに向く脅威を河野や本願寺に向けようとしていたが、河野は成功しても、本願寺はいつまでたっても首を縦に振らなかった。といっても、単に自分たちの保身のためであり、それ以上の理由もない。―――――噂では長曾我部が根来衆が立て籠もった寺ごと焼いて出てきたものは鉄砲で撃った、という話だが目撃者はいないため分からない。ただし、紀伊での戦の折に寺が幾つか炎上した、と長曾我部の史料に残っている。―――――しかし、戦に負けた場合は匿うと本願寺はいった。
「本願寺には今後も交渉を継続する。そして阿波、讃岐の防備を固める。特に白地の土地はな」
白地は交通の要衝で、そこにある白地城は史実でも重要視されていた。しかし、四国攻めの後に白地城は廃城とされ、その後は大西城がその役目を引き継いだ。
結局、長曾我部への対策は決まらず持ち越しとなった。
この作品はクロスオーバー作品です。下記にURLを張っておくので、そちらもよろしくお願いします。
(敬称略)
ゲーム機片手に天下統一!Player1 〜瀬田に我が武田の旗を立てよ〜 作者:早見
https://ncode.syosetu.com/n6331ei/
ゲーム機片手に天下統一!Player3 〜諌死かんしなんてしてやらん、天寿を全うしてやる!!〜」 作者:天樹院樹理
https://ncode.syosetu.com/n6539ei/
ゲーム機片手に天下統一!Player4 ~戦国大名の娘は天下を掴みたい!~ 作者:ソルト
https://ncode.syosetu.com/n6767ei/




