玖話 羅子都魔境編壱
羅子都魔境。
その魔境は前に尋ねた守牢主魔境のきらびやかな黄金の都市とは違い、おごそかな和を感じさせる街並みだった。
平屋作りの一階建ての長屋作りの建物が石畳の街道に沿って何軒、何十軒もの家々が並んでおり、この魔境に住む沢山の住人が暮らしていた。魔境の住人達、彼らには全て獣の特徴が現れていた。
頭に犬耳を生やしたおっさん、猫の尻尾を生やしたウエイトレス、トカゲのような肌をした主婦……全員が獣の特徴を持つ、いわゆる獣人と呼ばれる彼ら彼女らは普通に暮らしていた。
「……ここが、螺子都魔境。さっきの螺明日魔境とは違って、なんだかここは普通そうだ。羅明日魔境は支配者であるゴルドデニシュによって生み出された妖精達が居たが、螺子都魔境のこの獣人達もそうなのか?」
「いえ、この魔境の獣人達は普通に個として独立しています。魔境というのは支配者の影響を受けやすい。前居た魔境、守牢主魔境では妖精も居ましたが、貴族として鬼も居たでしょ? あれは守牢主魔境の支配者であるゴルドデニシュが大鬼だったから、住人も鬼ばかり……だったと言うね。この魔境の支配者である妃紅葉は狐という獣系悪魔であり、羅子都魔境の住人は獣系悪魔ばかりだという事です。今の魔境のように、ね」
なるほど……分かるような、分からないような――――で、これはどういう事なのだろうか?
獣の小悪魔ちゃんが俺とマキユスさんに気付くと尻尾をピンと立てて、「おかぁさ~ん!」とお母さん悪魔へと報告していき、お母さん悪魔、いやこの魔境の悪魔全員がわいわいがやがやと大騒ぎしていた。
そして彼らは、【歓迎! 新魔王様!】というような文章が書かれている旗をかかげていた。
「この魔境、なんか俺を歓迎しているように見えるんだが?」
「まぁ、そう言う魔境もあるって事……じゃないでしょうか。
――――あっ、来ましたよ。前を向いてください」
と、マキユスさんが前を向くように促すので俺は前を向くと、「わっしょ~い! わっしょいわっしょい!」とそんな賑やかな勢いで悪魔達に担がれるようにして神輿はこちらへと向かって来る。
「やぁやぁ、ようこそようこそ! 《罪双域魔界》新魔王候補様の夜中黒須様ぁ!」
神輿の上には、豪華な金色の和服を着た女の人が満面の笑みを浮かべてこちらに向かって来ていた。頭に銀色の狐耳、そして豪奢な和服の下からは9本の艶やかな尻尾がゆらゆらと揺れていた。
メロンを思わせるほど豊かで実りある胸が和服の上からでも分かるくらいに揺れ動き、そして和服の胸元を、肌を露出させて見せていた。そして金色の和服には5つの紋章……『火』『水』『木』『土』『金』の五つの紋章が刻まれていた。そして【魔王なお婿さん募集中】というたすきをかけていた。
「……あなたは?」
「むむっ! あなたは《磨紅魔界》の元魔王なマキユス・スカーレットさんでありんすね!
……まっ、案内役でもあるマキユスさんにも一応の自己紹介をしておいてありんす。妾の名はこの羅子都魔境の暫定支配者な、妃紅葉っていうでありんすよ。妾はあなた方を歓迎するでありんす!」
と、彼女はそう言って、ニコリと笑っていた。
「さぁさぁ! 詳しいお話はお城でしましょうでありんすよ!
妾の名前は妃紅葉、100回戦っても勝てない相手に対しては戦わない女です」
☆
妃紅葉に連れて行かれて、俺達は妃紅葉の居城へと連れて行かれた。天守閣としてシャチホコの代わりに金の狐が鎮座しており、色とりどりな趣味の悪い黄金色の和風のお城。その一番上の、天守閣にて俺達はもてなされていた。
「さぁさぁ! どうぞでありんす! 我が羅子都魔境の名物、松ラスト定食なのでありんす!
うちの魔境の最高級料理を是非ご堪能くださいませでありんすよ! 皆さまのお口にあえば嬉しいでありんすが……」
そうやって妃紅葉は少し言葉尻を下げて話していたが、彼女は両手に扇子を持ってわいわいがやがやと騒いでいた。その表情は嬉しそうであり、1人で10人くらいの勢いで騒いでいた。
「この羅子都魔境は元々、お祭り好きな獣系悪魔達が集まって生まれた魔境。その中でも妾は特にお祭り好き! いやぁー、妾は嬉しいよ! さぁさ、妾の魔境名物の高級酒を是非ご堪能あれでありんすよ!」
「……い、いや、俺は酒は――――」
「遠慮なんかしなくて良いでありんすよ? なにせ、魔王様にはこの《罪双域魔界》を背負って立って貰いますので。いやー、それにしてもめでたい事。良きかな、良きかな」
嬉しそうに笑う妃紅葉。彼女は隣に座ると9本の尻尾を器用に動かし、尻尾は俺の腰にそろり、そろりと、こちらへと這寄っていた。
「ハァハァ……良い感じに強そうなのでありんすよ。流石は《魔王》様でありんすね。
既に羅明日魔境と守牢主魔境の2つの魔境を下してるんでありんすよね? 妾も含めれば3つ……残りは4つでありんすが、クロス様ならば確実に真の《魔王》になると思ってるでありんすよ」
「……やけにクロスさんの肩を持ちますね、紅葉さん」
と、嬉しげに俺、夜中黒須を持ち上げる妃紅葉にマキユスさんがそう言って水を差してくる。紅葉は「何を言ってんだこいつ」とでも言いたげに、不満気な顔をしていた。
「悪魔にも色々な種類が居るのを、元《魔王》のマキユスさんなら知ってると思っていたでありんすが?
守牢主魔境のような鬼族、小柄で魔法が強力な妖精族……ゾンビやサキュバス、スライム、ドラゴンなども居るでありんすが、我々獣系の悪魔は自由を愛す。束縛やルールを嫌う性質がありんす。
――――故に妾達の愛は感情ではなく、本能で決める。自分がこうだと、本能が言うのに従うでありんす。妾は《魔王》だった時に数々の《魔界》と喧嘩を売ったでありんすが、それも妾達の種としての本能に従っただけのこと。その妾の感情が告げているのです、彼に逆らうのは無意味だと」
「まっ、と言う訳で――――」と予め前置きしたうえで、頬を染めた彼女はこう答えた。
「――――妾は惚れてしもうたのでありんすよ、クロス・ヤナカ様に。
だから、マキユスさん?
死んでくれで、ありんす」
彼女はそう言って、マキユスに猛毒の刃を突きつけていた。