肆話 羅明日魔境編壱
「はぁはぁ……」
と、肩で息を吐き出しながら、俺は順応していく。
「いきなりこんな所に落とすだなんて、あのエヴァンジェリンと名乗る神は非道だな」
辺りを見渡すと、そこは溶岩地帯だった。黒く焦げたような岩盤の上へと落とされ、川の代わりにどろどろに溶けたマグマが熔けた状態で流れている。既に1000度を軽く超える気温、いや高熱は俺の汗から出る蒸気から煙を出している。
――――火山、俺の脳内に浮かんだのはその言葉だった。呼吸するだけでも息が熱くて死にそうになる中、俺は必死に順応させていく。
普通の人間ならばそんな事は不可能だ。だが、俺は既に普通じゃない。
《魔王の神》と名乗る枢木エヴァンジェリンによって、この《罪双域魔界》の《魔王》として降り立った俺だったが、待ち受けていたのは生きるのもしんどい火炎の土地。
(と言うか、こんな中で生きていける者が居るのか?)
人間と魔物が同じだとは思わないが、それでもこんな地域で生きていける魔物が居るのだろうか? 俺は眼下を、溶岩が流れる川に視線を下ろす。そこには羽を失った悪魔と思われる者達が居たが、彼らは全身から煙を出して悶え苦しんでいた。罰ゲームか何かなのだろうか、と俺はそう思いながら視線を上へと戻す。
「さて、どうしたら良い事か」
《魔王》になれ、とは言われたが、どうやってなれという事までは聞いていない。簡単に安受けし過ぎた、どうすれば《魔王》と認めて貰えるか、など聞いておかなければならない事を聞き忘れていた事をうっかりしていたと頭を叩く。
だが、まぁ良い。それも楽しんでこそ、ゲームだ。
俺はそう思いながら次にどうしようかと悩んでいると、俺の目の前に大きな白い光の束が現れる。白い光の束はどんどん小さく、1つの点へと集束して行く。
そして光が収まると、そこには1人の美女が現れていた。
健康的に焼けた小麦色の肌のモデル映えした体型の美女は、蜘蛛の巣をイメージしたようなデザインが施されている藍色のベストを羽織っている。絵画から抜け出てきたのかと思うような幻想的なその彼女の魅力を、左手がないという不完全さがさらに強調していた。
「……初めましてですね、クロス・ヤナカ。妾の名前はマキユス・スカーレット。これから先のあなたの行動を伝える、あなたの導き手です。
妾の方から、クロス・ヤナカさんがこの《魔界》の《魔王》になるための方法を導きます」
ペコリとお辞儀をする彼女に対して、俺も同様に挨拶をする。
「俺が……《魔王》に……なる方法?」
と聞き返すと、マキユスさんは両手で7本の指を見せていた。
「枢木エヴァンジェリン……さんは説明不足でしたので、妾の方から説明させていただきます。
この《罪双域魔界》は7つの魔境から構成されている特殊な《魔界》。この《罪双域魔界》の元となった7つの《魔界》にはそれぞれ支配者が居ます。
《冨羅射土魔界》の、武芸に秀でた騎士の王。
《羅明日魔界》の、生きた溶岩。
《閻毘遺魔界》の、毒と呪いを操る蛇神。
《守牢主魔界》の、支配者たる鬼。
《繰異怒魔界》の、永劫を生きる業突く張りのドラゴン。
《蔵賭弐位魔界》の、あらゆるスキルを為せる神。
《螺子都魔界》の、白馬の王子を夢見る女狐。
その7の支配者に認められて、初めてこの《罪双域魔界》の《魔王》と認められる事となるのです。そしてここはそんな7つの《魔境》の1つ、羅明日魔境です」
「なるほどな。ところで、ここが、その羅明日魔境なのか? 溶岩がぐつぐつと流れて、灼熱の土地のこの場所の、どこに、その支配者が?」
と言うと、マキユスさんは「そうですね……」と考え込む。
「ここは《罪双域魔界》を構成する7つの魔境のうちの1つ、羅明日魔境。魔境支配者である1匹の現住生物を除いて、誰も住んではいないという魔境の中でも秘境中の秘境です」
「魔境支配者の1匹しか居ない、誰も住まない魔境……?」
――――それって、どういう?
その言葉を聞く前に、俺の前にそいつは現れる。
ごごごっという大きな音と共に、そいつは現れる。
流れ出る溶岩がゆっくりと動き出し、それは山のようになって上へと立ち上がる。動き出したその山は、雄大なドラゴンのような姿であり、そのドラゴンは大きく口を開けて雄叫びをあげる。そして全身が溶岩で出来たその怪物は、翼をはためかせる。
そしてそいつは、先程まで燃える身体に悲鳴を上げていた悪魔達をパクリと飲みこんで、溶岩の中へと消えていった。
「この羅明日魔境で唯一の現住生物にして、全身が溶岩で出来たスライム。
……羅明日魔境の支配者、キングマグマスライム」