弐拾肆話 冨羅射土魔境編弐
『グガァォォンォォアィィィオオォォ!』
冨羅射土魔境。ここでは《罪双域魔界》で死んでしまった全ての悪魔が安らかに眠っている。そしてこの魔境に住まう亡霊系悪魔達が生れ落ちる場所。
墓標が立ち並ぶ寂れたその魔境の奥、騎上族と呼ばれる誇り高き悪魔達が眠るその場に、狂うような叫び声をあげているのは赤い気で覆われて、正気を失った剣士の王が居た。
その剣士は蒼い鎧に身を包んだ、白銀の長剣を持った騎士。本来であれば正義漢溢れるその格好ではあるが、身に纏っている赤黒いオーラのせいで怖さが増している。手に持った白銀の長剣からは蛇のような不気味なオーラが形作られており、鎧の中から不気味な赤い瞳がギロリとこちらを睨み付けていた。
《剣王》ブレイディット、この魔境に住まう7人の支配者達の1人。悪魔の中でも騎士として誇り高い最期を選んだ者達から生まれたはずの騎士は、狂ったように剣を振り回していた。
『ザキ、グチャビギヒワィリゥ!』
俺はこの《剣王》ブレイディットが元々どのような性格だったのかを、俺は知らない。だがしかし、かの王の蒼い鎧の姿とその身が纏っている禍々しいオーラが別物である事は分かる。『|無限に吸収する悪魔《アブソリューションシステム』という相手から吸い取る、そんなスキルを持っているからこそ俺にはこのオーラが別物であると断定出来た。
「ここまで……ここまで広がっているのか。
急がなくちゃいけないな」
「……? なにを急ぐこん?」
俺の後に着いて来た妃紅葉がそんな声を上げるが俺は「気にするな」と言って、《剣王》を見ていた。
《剣王》ブレイディット。いや、この魔境に住まう亡霊系の悪魔は俺の吸収コピーが最も効く相手だ。
炎だろうと、剣だろうと、魔力だろうと、なんだろうと吸い取る『無限に吸収する悪魔』。そして相手は魔力が意思を持つことで生まれた生命体……その気になれば俺はあの《剣王》を構成する全ての魔力をその身に宿す事が出来るだろう。
「……まっ、それをする義理はないがな」
俺はそう言って、魔力によって刀を生み出す。刀身には炎が渦を巻いて纏われており、そして俺の身体からは右腕に巻きつくように、クルクルととぐろを巻く樹木が巻き付いていた。
「《剣王》ブレイディット! この場において、このクロス・ヤナカが止めて見せましょう!」
俺は腕から出ている樹を伸ばし、その樹で《剣王》の身体を縛り上げる。《剣王》は身体を左右に振り回して暴れて木々を振りほどいて行くが、それを俺はさらに何重にも巻きつけていく。巻きつけていく中、俺はスキルを使って《剣王》の身体の、邪悪な赤いオーラの身を吸収して行く。
……なるほど、やはり《剣王》が暴れたのはこれが原因だったか。
「まぁ、これをなんとかするのが多分、俺がこの《罪双域魔界》に呼ばれた理由だから仕方がない。ここは俺の方で対処しよう」
俺はそう誓い、邪悪な赤いオーラを吸収して行く。吸収すると同時に《剣王》の動きが明らかに大人しくなっているのを感じる。このまますんなりと終わってくれれば嬉しいと、楽観的な感情を見せたのがいけなかったのか、赤いオーラを半分程度吸い取った辺りで、それは起こった。
《剣王》の身体である鎧から無数の剣先がいきなり現れ、掴んでいた木々を切り裂いて脱出。そのまま足に刃先を出し、まるでローラースケートのようにして地面を滑ってこちらへと向かって来る。
俺は剣を構えてガードの体勢を取り、《剣王》は刃先を出した足で思いっ切り剣ごと蹴り飛ばす。足の刃物は身体にぶつかりはしなかったが、衝撃を全て吸収出来た訳でもなく、俺はそのまま吹っ飛ばされる。
墓石を10個ほど破壊した所でようやく止まって起き上がろうとするも、その間に近寄って来た《剣王》にマウントを取られる。《剣王》は持っていた剣を投げ捨てるが、これは別に戦いを諦めた訳ではないという事を俺はすぐに理解した。
「――――なるほど、確かに《剣王》だな」
《グビィギラァァァン!》
俺に跨る《剣王》の身体から大量の剣が飛び出ており、両腕の手の指が全て立派な剣になっていた。そしてその剣の拳を突きとして放って来る。拳でありながら斬撃、そんな《剣王》の攻めを避けながら俺は全身を鋼鉄化させて防ぎながら、隙をうかがう。
鋼鉄化が破れないのを理解した《剣王》は刃物付きの足で俺の身体を蹴ると、そのまま空中で一回転する。一回転すると人間らしい身体つきが徐々に変わっていき、その身体そのものが剣へと変わる。あらゆるものを断ち切る剣へと変わった《剣王》は回転する速度をさらに速める。回転速度の影響か、あるいは別の要素が影響しているのかどうかは分からないが剣となりし《剣王》の姿が徐々に残像を纏って数が増えていく。
《ギシシシルフィィウゥオ!》
回転し、残像を纏った《剣王》剣は、そのまま素早く動きながら俺を斬ろうと落ちて来る。先程と同じように、腕から樹木を壁のようにして生み出す。
《ピジェグゥイ……》
剣から響くその言葉自体に意味はない言葉だが、それでも俺には何故かその剣が言いたい事は分かった。
――――今、この剣は俺の行為をあざ笑ったのだ。そんな樹木ごときで俺を止められるはずがない、そう言いたいがのごとく。
樹木による壁がある事を分かっていながら、剣は回転しながらそのまま突っ込む。何重にも折り重ねっていたはずの木々は剣によって斬られていき、そして俺の前にある最後の樹に刃先が当たった瞬間。
――――トラップは発動した。
《……ピキャヴィル?》
剣は最後の樹にぶつかると同時に、ベチョッと粘り強い粘着によって剣は貼りついていた。
「数ある種類の樹の中には、粘りのある液を持つ樹もある。最後の壁として用意していたこの樹は、その中でも粘りの強すぎる樹。
お前は簡単に斬ろうとしたんだろうが、罠にハマったという事だ。残念だよ、出来れば狂っていないお前と戦いたかったよ」
"じゃあな"。
別れの言葉だけ言って、俺はそう言って赤黒い邪悪なオーラを全部吸い取っていた。
狂気も抜けてすっかり落ち着いた《剣王》と、この冨羅射土魔境の他の支配者達を連れて来るマキユスを見て俺はホッとする。
「……よし、これで後は《魔王》としての最後の責務を果たすだけだ」
・《剣王》ブレイディット
…冨羅射土魔境支配者の1人。亡霊系悪魔。
元は著名や高潔な騎士、もしくはそれに準ずる者達の魔力から生まれた魔物。身体から様々な剣を出す事ができ、自らを剣に変える事も出来る。魔力から生まれ出でる亡霊系悪魔の特性上、他者の強い憎悪の籠った魔力に操られていた節がある。