弐拾惨話 冨羅射土魔境編壱
そもそもの話、私――――マキユス・スカーレットはカイトドランの勝利を信じていなかった。確かにクロス・ヤナカ様のスキルを探り当て、それを見事に的中させていたことに関しては、確かに《怪盗》という二文字を名乗るだけの価値はあると思う。クロス様も思わず、自分のスキルの3つ目も言っていた。あの口調から嘘は感じられなかった。
だけれども、それでもカイトドランの勝利はあり得なかった。
何故なら、それは羅明日魔境――――最初の魔境で戦ったキングマグマスライム戦を私は知っていたから。
あの時、キングマグマスライムは今のカイトドランと同じ立場にあった。
相手に触れられる前にドリルで押し切ろうとしたカイトドランと、触れられないほどの灼熱のマグマで迫るキングマグマスライム。どちらも、クロス様にコピーされる前に倒そうと言う意味ではおんなじである。違いがあるとすればそれを狙って意識してやったカイトドランと、本能の赴くままにいつも通りに振る舞ったキングマグマスライムの違いだろう。
そして、キングマグマスライムとの対決も、今回の対決と同じ結果であった。
勝負は一瞬、一撃で決まっていた。
どちらも、クロス様が一撃にて勝利を掴んでいた。
――――今だったら分かる。
キングマグマスライムと戦ったあの時、恐らくクロスさんは今回と同じように、相手と同じ能力を用いていたのだろう。そう……マグマをその身に纏い、溶岩の武具を投げ返していたのだろう。それを考えればあの時、キングマグマスライムに勝った理屈も分かった。
けれどもこれで、またしても不思議なことが増えてしまった。
いったい、いつ、相手から能力をコピーしたのだろう? その結論は出なかった。
そうしている間に、私達はまだ支配者からの証を貰っていない最後の魔境――――冨羅射土魔境に辿り着く。
冨羅射土魔境は白い岩場のような寂れた場所とは違い、さらに寂れた、静かさだけが支配している魔境だった。
沢山並んだ墓石に、供えられた花の数々。線香の臭いだけが辺り一面に広がっており、しんとした空気が辺りに広がっていた。
それはそうだ、この魔境は元々は悪魔達の墓場の《魔界》。死んだ悪魔達がその尊厳を守るために、墓に入るという形で静まっている《魔界》なのだから。
気になったことと言えば冨羅射土魔境に入ると同時に、何故かクロスさんが奥の上級騎士悪魔達が眠る共同墓地へと1人で向かった事だろうか。妃紅葉はクロスさんから離れるのが嫌だと着いて言ったけれども……私はこの魔境でなにが起こっているのか、この魔境に住まう亡霊系悪魔達に話を聞くことにした。
亡霊系悪魔、それは数ある悪魔の中でもさらに特殊。死んだ悪魔達や人間達の魔力が形を取ることで生まれる、要するに《最初から死んだ状態で生まれる悪魔》。そしてこの冨羅射土魔境は数ある魔境の中でもさらに特殊、この魔境には7人の支配者が居る。
華麗なる騎士、《剣王》ブレイディット。
勇敢なる槍兵、《槍王》イテアラス。
旋律の弓兵、《弓王》アタルッテ。
蹂躙する騎兵、《騎王》バスカビ・イルク。
正常なる暴走兵、《狂王》ストレンジ。
思考する魔術師、《魔術王》アイヘブン。
取引する暗殺者、《殺王》ムミョウ。
7人の、誇り高い戦士の魔力から生まれた支配者達。その7人の支配者によって統治される静かな魔境、それがこの冨羅射土魔境という魔境である。
しかし私はその支配者達に会うことで、この魔境の今の状態が理解できた。
槍を持った引っ掻き傷のある長身の男、ハープを持って奏でてる小柄な女。
車の上で豪快にお酒を飲む大男、何故か死体のふりをしてる黒づくめの女。
黒い騎士の鎧に身を包んだ三等身の男、そんな彼を跪かせている杖の格好の女。
私の前に現れた"6人"の支配者達。
そう、そこに7人目の支配者である《剣王》ブレイディットの姿はなかった。