弐話 神的干渉編弐
「出身はチキュウという辺境惑星のニホン人と呼ばれる者であり、歳は15歳の中学3年生。
大雑把な危険思想を抱いている訳でも、とりわけ優秀な成績がある訳でもない、特に精神に大きな問題は見られない。
親と呼べるような者や兄弟など家族と呼べる者はなく、趣味はゲームで、特技がゲーム……。
とまぁ、これが君という人間に対してこちらが知り得ている情報であるけれども、とりあえずはここまでの説明で間違っている所はあるかな?」
と、ようやく彼女はこちらへと視線を移す。
真っ白でなにもない純白の世界にて、俺――――夜中黒須の前に現れたその女はそう尋ねる。
奇妙な女だった。頭には白のナース帽を被り、両手は人形のような木の手。人間の女を思わせん蠱惑的な身体つきをした彼女は黒いワンピースの上に白衣を着て、右手に持った資料をペラペラとめくっていた。
「あぁ、その通りだが質問しても良いか? 何故、俺はこんな所に居る? お前は何者だ? 俺に何をさせたいんだ?」
「――――質問する時は1つずつって習わなかったかな? そんなに沢山、いっぺんに質問させられては、こちらとしても困るんだけれども? そのくらいの常識はあると思ったんだけれども?」
どこか納得がいかずに不満気な顔で、彼女は俺を睨み付けていた。彼女の言い分ももっともな事なので、俺はすぐにコクリと頷いて謝罪する。
「確かにその通りである。質問を連続してしまい、すいませんでした」
ペコリと謝ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「グッド。そうやってすぐさま自分の非を認められるのは良い傾向です。とりあえずは自己紹介させて貰おうかな? 我が名は神が一柱、《魔王の神》枢木エヴァンジェリンと申します」
「……俺の名前はご存じなのだろう? 一応は言うが、夜中黒須だ」
「グッド。自分から名乗るのはポイントが高いと思うよ。
じゃあ、なにか聞きたい事はあるかい?」
と、ぺらぺらと手にした資料に目を通しながら、枢木エヴァンジェリンと名乗ったその女はぼくと向き合っていた。
「じゃあ、1つずつ疑問を解決する為に質問させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「答えられる範囲ならば、ね。神であろうとも答えられる範囲とそうでない範囲などはありますから」
――――では早速、と俺はそんな前置きをして質問を始める。
「……ここはどこだ?」
「ここは……そうだなぁ、分かりやすい形で伝えるとすれば、死後の対談場所とでも言いましょうか。君は死んでいるんだし、私は神。そう言う意味も含めて、その言葉が正しいと言えましょう。つまり君は、死んだんだ」
「死んだ……俺、が?」
そう言われてもピンとはこない。
そもそも良く分からない空間にて、いきなり良く分からない人が「あなたは死んだんです」と言われて納得する方が不思議だというものだ。
実感などほとんどなく、身体も自由に動いており、なによりどこにも血など出ていないのだ。これで死んだと言われるのが、不思議なくらいである。
「実感はありませんよね。でも事実が変わる事や覆る事はありません。あなたは死に、この場所に居る。それは確かなのですから」
「……とりあえず理解は出来ないが、納得した。俺はここに連れて来られ、あなたの決定に従うしかない、という事がね」
「グッド。そこまでは理解できたようですね」
「……《魔王の神》であるあなたが、こんないち一般市民である俺なんかになんの用ですか?」
「そこですね、それが一番の問題なんですよ」
と、彼女は頷きながら答えていた。
「《魔王》。君にはとある《魔界》の《魔王》になって貰うため、こうして話しているのです。《魔王》、チキュウの伝承にもある程度は載っていると思ったけど?」
「《魔王》……」
《魔王》と言うと、ファンタジー小説などで良く見るアレか。
悪魔とか魔物とかをまとめ上げる、《魔界》の君臨者。
勇者と戦う者。
圧倒的な力を持つ者。
小説やアニメなど、色々な作品で聞くが……。
「どうして俺を《魔王》に? なにか理由があるのか?」
「理由……理由ねぇ。どんなのが良い?」
「どんなの?」という、あいまいな言葉のままエヴァンジェリンはまくし立てるように話しかける。
「実は親が《魔王》の血筋というパターン? それとも君の本性が悪魔の王たる《魔王》にぴったりだった?
隠されていた力とか、実はニホン人でもチキュウ人でもなかったとか、人間ではない人造人間やクローン人間の一種だったとか、色々とこじつけでも良ければ理由はいくらでもあるけど」
「それは……全部、ただのこじつけだろう」
「あはは、ばれたぁ?」と子供のように笑う。すぐに認める辺り、実に呆気ない。
「本当の事を言えば、理由なんてないんですよ。本当に、ね。
しいてなんとか理由を無理やりにでも付けるとするならば、頼んだ事すらも覚えていないような懸賞に当たった程度の気持ちで居てくださいな。本当にそれ以上の理由はないんですから。
……で、ここから本題に入りたいんですが、よろしいでしょうか?」
と聞かれ、特にこれ以上改めて聞くような事もなかったため、俺は頷いていた。
「……グッド。じゃあ、本題に入るとしましょうか。
私は《魔王の神》と言うだけあって、《魔王》を選び管理する立場にあります。夜中さんには分かり辛い事とは思いますが、私が管理する宇宙には数多くの《魔界》が星の数ほど存在しています。そしてそれぞれの《魔界》には存在するだけの意味があります。
たとえば、《毒庭魔界》は毒を操る魔物達の楽園のようなものであり、《悪宝魔界》は悪逆非道な悪魔達の心の安らぎたる宝が収納されている宝物庫の魔界。と言うように、全ての《魔界》には存在する意味があって、そこには《魔界》を統治して君臨するための《魔王》が居ます。普通ならば《魔界》には生まれた途端にその《魔界》が放つ魔力から生まれた魔物や魔族の中から《魔王》が生まれたり、それでも出来ないのならばこちらの方で《魔王》を派遣するんですがね。
君を喚んだのは、そういう手段を使ってでも《魔王》が決まらない《魔界》――――《罪双域魔界》の《魔王》になって貰いたいのです」
「《罪双域魔界》……。そこの《魔王》に、俺が?」
「その《魔界》だけはどんな手段を用いても、《魔王》が決まらないのですよ。こちらの意思を反して、どんだけ《魔王》を送り込もうとも、《罪双域魔界》の《魔王》は決まらないんですよ。それにこのままだと、その《魔界》は大変な事になってしまうんで、どうしても早急に《魔王》を決めなければならなくて。
それでこの度、その《罪双域魔界》の《魔王》として人為的、いや神為的な理由で君、夜中黒須がその《魔王》に選ばれた訳、という事なのですよ」
「その《罪双域魔界》と言うのは……どう言う魔界なんですか?」
と聞くと、エヴァンジェリンさんはニコリと笑うと、「興味を持って貰えて嬉しいです」と笑っていた。
「《罪双域魔界》……この《双》と言うのは、いくつもの《魔界》が連結したという意味ですね。時折、あるんですよ。いくつかの《魔界》が、同じ概念を持つ《魔界》が連結されたというのはね。事実、この《魔界》の近くにあった七つの《魔界》……《冨羅射土魔界》、《羅明日魔界》、《閻毘遺魔界》、《守牢主魔界》、《繰異怒魔界》、《蔵賭弐位魔界》、《螺子都魔界》という七つの魔界が組み合わさる事で生み出された複数連合《魔界》です。この《魔界》には既に20を超える《魔王》を派遣・誕生させたのですが、その全てが《魔王》という称号が消えているのです」
「……称号が……消えている?」
「《魔王》というのは称号、聖剣を抜いた者が《勇者》として呼ばれるように、《魔界》に君臨する王という称号が《魔王》というものなんですよ。であるからして、《魔王》という称号が消えたという事は、『そこに君臨する資格がない』と判断されたようなもの。要するに《魔界》から見放された、という事ですかね。こちらとしては、早々とこの《罪双域魔界》の《魔王》が決めておきたいんですよ。いつまでも《魔王》不在という状況を放置出来るほど、こちらの皮は厚くない。
だからこそ、ニホン人である君を喚んだのさ。
何故かは分からないけれども、ニホン人という者は異世界転生や異世界転移が多く、《勇者》になったり、あるいはこちらが求める《魔王》になったりしているみたいだし」
創作物の見すぎだと思うが……。
そもそも、ただのニホン人である俺なんかが、そんなとんでも《魔界》に行った所で、《魔王》として君臨する以前に、消されてしまうと思うのだが……。
「俺にそんな力はないんですが……」
「あぁ、ないね。今の所は。
けれども、良くあるだろう? 神様からのお願いの際に、なんらかの能力を渡す、なんという事はさ」
と、そう言って持っていた書類を手放すと、なにもない空間から1枚の紙を取り出した。
「――――そう、君が《魔王》として君臨する為に力を授けようと言うのだ。勿論、こちらである程度吟味させていただくが、そちらの願いは叶えるだけ叶えさせてもらおう。
さぁ、なにが良い? なんなら、設定でも良いよ?
無職なのに相手が強くなればなるほど強くなるという、大猿の戦闘民族のような戦闘能力が欲しい?
海で泳げなくなる代わりに超人的な力を手に入れる、悪魔のような木の実を食べた海賊のような能力が良いかい?
あらゆる魔法を操る能力? それとは逆に相手の魔力を全て無効化する能力? またはそんな魔法などを視る力?
吸血鬼? 再生能力? 時止め? 時飛ばし? 重力操作? 別の世界から物を取り出す?
全てを完成させる、異質でアブノーマルな力? 全てをなかったことに出来る、異形でマイナスな力?
――――どんな力だろうとも、君が望むのならばこの《魔王の神》である枢木エヴァンジェリンが叶えて見せましょう。
さぁ、君はなにを望む? 《罪双域魔界》を治めていくために、どんな力を望む?」
そうやってエヴァンジェリンさんに問い詰められるようにして言われた俺は……
「じゃあ、俺は……」