拾玖話 繰異怒魔境編壱
閻毘遺魔境の主であるナナミ・ブスジマと、《罪双域魔界》の《魔王》候補のクロス・ヤナカの対決。その対決を別の場所から見ていた者の瞳が2つ。
1つは夜中黒須を《魔王》候補としてこの世界に送り込んだ者、《魔王の神》枢木エヴァンジェリン。自分が与えたスキルによって、順調に支配者を下して、《罪双域魔界》の《魔王》として成長しているのを子供を見守る親のような瞳で見ていた。
もう1つはこの閻毘遺魔境の次にある地域、繰異怒魔境に住むドラゴンであった。かのドラゴンは自分達の主がどんな者になるのか、そのことを調べるためにこっそりと覗き込んでいたのである。
そのドラゴン――――繰異怒魔境の支配者であるトレジャドランの息子、カイトドランはその対決を見ており、その拳を強く握りしめていた。元々は自分達が住む今の《魔界》の主となる者がどのような者になるのかという、見極めのつもりであった。
繰異怒魔境。強欲を現す繰異怒から来るこの魔境に住むのは、名の通り強欲なドラゴン達の悪魔である。
ドラゴンと聞くと、大きな身体と鋭い爪、身体を飛ばすための大きな翼を持つ強力な力を持つ種族だと思われるかも知れないが、その本質はこの魔境に相応しい強欲な者達である。
ドラゴンの悪魔の特徴として極めて長命、そしてなにより特定のものを集めると言う収集癖にある。この魔境の主であるトレジャドランは宝石などの宝物をこよなく愛して収集する。他にも水の美味しさや珍しさを求めて水を集めるウォタドラン、傘を集めるアンブラドラン、地図を愛するマップドランなど様々なのだが、その中でもヤナカ・クロスの闘いを見ていたドラゴンは異色中の異色。
"怪盗"という盗みを楽しみにするドラゴン、それがカイトドランである。
相手の隙を見極める瞳と鮮やかに盗み出す手癖、逃走のための高い足さばき。
怪盗と名乗るだけの技能を持ち合わせるカイトドランは、その優れた瞳でクロス・ヤナカの闘いを見極め、自分の主として相応しいかどうかを判断していた。そもそも、こうなったのもカイトドランの父にして、繰異怒魔境の支配者であるトレジャドランのせいである。
自分達の魔境の行く末を担う《魔王》。その候補者を別の蔵賭弐位魔境の支配者の口車に乗せられる形にて、会っても居ないのにも関わらず、判断を委ねると言うのがどうにも我慢できなかったのである。
他のドラゴン達がトレジャドランの決定に反対していないのも理由として挙げられる。彼らもまた、トレジャドランと同じく、自分の住処や収集物に危害が及ばない限りは放って置くと言う主義思潮の持ち主だったからだ。
だが、住処や収集物をそこまで大事にしていないトレジャドランは、変だと思った。おかしいと思った。故にだからこそ、怪盗の力を用いて、ナナミ・ブスジマとの戦いを観察していたのだが、それを見てトレジャドランは確信した。
――――これなら勝てる、と。