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拾壱話 羅子都魔境編惨

 羅子都魔境の主である妃紅葉。彼女は磨紅(すれっど)魔界の元《魔王》であるマキユス・スカーレットとの決闘を申し出た。決闘の理由は妃紅葉の、獣系悪魔としての本能のため。

 それだけの理由ではあるものの、悪魔としてはそれ以上の戦う理由は必要なかった。必要じゃなく、ただそれだけで十分なのだ。


 ムカついたから殴る。

 気に食わないから蹴る。

 なんとなく、へし折る。


 倫理観を無視していると言われるかもしれないが、それで十分なのだ。

 なにせ、彼ら彼女らは悪魔なのだから。




『あの妃紅葉という女と戦ってきます』


 私、マキユス・スカーレットは、同行者の《魔王》候補であるクロス・ヤナカにそう伝える。彼は『女同士、言わなきゃいけない事もあるのだろう』と、あっさり納得して戦う事を許した。

 相変わらず、物分かりが良い、いや良すぎる。

 こちらとしては話をすぐに理解して貰えて嬉しい限りではあるのだが、今まで私が知っている人間はこういった暴力行為や理不尽な行為に対して否定的であった。肯定的であったとしても、ここまで無関心なのも珍しい。


(……いったい、どういう精神構造をしてるんだか。まぁ、悪魔らしくていいと言えば良いですが、人間としてはどうなんでしょうね)


 まぁ、そんな事を考えてはいるが、今はそんな事は関係無いだろう。

 今大事にすべきなのは、最も重要視すべきはこの妃紅葉との戦いについてなのだから。


「では、参りましょうかなのでありんす! 勝利条件は互いに敗北を認めた時、もしくは命を失った時でよろしいでありんすか?」


「……それで、よろしいでしょう。

 では、始めましょうか」


 そう私が了承すると同時に、妃紅葉はこちらへと向かって来る。左手に火炎を、右手に雷を、それぞれ纏った彼女は先手必勝とばかりにこちらへと突っ込んでくる。


(魔術の天才、と聞いていましたがそれはどうやら誤りのようですね。あんな、魔術なんて使い方として下手すぎです)


 『火』、『水』、『雷』、『土』、『風』。

 一般的に魔術とはこの5つの属性に分かれるとされており、それぞれの属性には特徴がある。その5つの中でも『火』と『雷』の2つは特に扱いが難しい、攻撃性の高い危険な属性だ。

 全てを燃やし滅する『火』。

 痺れさせ滅ぼす『雷』。

 どちらも圧倒的な破壊エネルギーとされており、扱いを間違えれば無事では済まない。


 そんな2つの魔術の危険属性を、なんの防御などもせずにただ腕に破壊のエネルギーそのものを纏わせている。確かに対策などしていない原始のエネルギーは威力は凄まじい、だがそれだけだ。

 わざわざ、2本しかない腕を使い潰してまでする事ではないはずだ。


(噂はあくまでも噂、という所だったんでしょうかね?)


 私はそう思いつつ、ぴゅーっとマキユスめがけて糸を伸ばす。


「糸……?! そんなのは『火』や『雷』で、簡単に断ち切れるでありんす」


 腕の形が燃え尽きてしまって火炎となったその左手で、マキユスは糸を断とうとする。しかし、糸に火炎が触れた瞬間に、その糸はボゥッという音と共に火が生み出される。


「糸が、発火?!」


「ただの糸を使って成れるほど、《磨紅魔界》の《魔王》の地位は甘くはないんですよ……妃紅葉」


 クルリとまるで意思を持っているかのように、私の手の動きによって糸が彼女の背後へと回りこむ。そして彼女の身体に巻きつき、右手の糸と左手の糸が絡み合う。


「縫合っ!」


 絡み合ってはいるがギリギリのところで触れずにあった2本の糸を、収縮させて束ね上げる。それと同時に彼女の身体から火が燃え上がり、雷が雷光となって放たれる。


「ぎ、ぎゃあああああああああああ!」


 10秒ほど懲らしめた後、ゆっくりと糸を自分の懐へと手繰り寄せる。


「私の居た《磨紅魔界》は糸を操る魔物達の《魔界》でしてね、そんな中で私は人型の糸を操る魔物として生まれました。ただ残念な事に、私には糸を生み出す器官が存在しませんでした」


 蜘蛛魔物など《磨紅魔界》の多くの魔物には、糸の元となる物体を作り出す器官、絹糸腺。そしてその素材を糸として錬成して外へと放出するための出糸突起の2つが存在する。

 勿論、絹糸腺を複数持つ個体や出糸突起が身体の大部分を持つ個体など様々であるが、糸を操る魔物が生まれる《磨紅魔界》ではこの2つが、どちらも1つの個体の中に存在する。

 しかし、何事にも例外はある。その例外が後にマキユス・スカーレットという名前を名乗る事になる"無糸人(むしびと)"と呼ばれる個体、つまり私の誕生であった。

 無糸人には糸を操る最低限の機能はあれども、肝心のその糸を生み出す器官が存在しなかった。いくら卓越した糸操作技術があっても、自前の糸を持たないため軽んじられていた私。


「だから、私は魔術で(・・・)、糸を生み出す事にしました」


 魔術、その中でも一番分かりやすい"ファイアーボール"という魔術を用いて説明しましょう。

 "ファイアーボール"は『火』の球を敵へとぶつけるという魔術であり、この魔術には、いや全ての魔術には3つの要素が重要となって来る。

 1つ目は魔力、魔術を発動する為に必要なエネルギーの事。いくら精密で高性能な機械があろうともエネルギーがなければ動かないように、素晴らしい魔術式を構築しようとも魔力がなければ動かない。

 2つ目は形成。魔術をどの形に留めておくか、どの形へとするかを決めて置く事であり、これを決めておくと魔術が不安定となってしまい、最悪の場合、暴発か霧散のどちらかの運命が魔術に待ち受けている。

 3つ目は位置。魔術をどの場所に置くか、あるいはどう移動させるかで、これもしっかりしないとあらぬ方向へと魔術が行ってしまうのだ。

 主に魔術に置いてはこの3つの要素が重要となって来るのだが、私はこの2つ目と3つ目に注目した。


 そしてその2つを徹底的なまでに極める事によって、魔力を『糸』という形に形成し、『自分の手で自在に動く』ように位置を設定した。

 つまりは、魔力を糸にした。


「今のは『火』の糸と『雷』の糸。私が使う糸は、私の身体以外の何かが触れると同時に元の魔術属性へと変換されて襲う危険な物質です。ですので、そんな拙い、自分の腕を失くしてしまうような魔術では私に触れる事すら出来ませんよ」


「それはどうでありんすか?

 ――――そもそも、腕はあるでありんすよ」


 ほら、と妃紅葉はまったく無傷の(・・・)腕を私へと見せつける。


(再生能力? いや、それとも魔術?

 どちらにせよ、そこそこの魔術に精通している事は確かですね。けれども、私の敵ではありませんね)


 糸を大縄のようにたゆませて、上へ下へと動かして、妃紅葉を先程と同じように糸で捕まえようとするも、


「……むっ」


 糸は腕を捕らえられずに、するりと液体でも相手にしているかのように通り抜けてしまった。

 ――――実際、妃紅葉の両腕は実体のない炎と雷へと変わってしまっていた。


「妾の魔術が拙いと言っていたでありんすが、それは大きな間違いでありんす。

 妾は腕を失くしてしまうほど魔術が拙くはなく、ただ元の状態に戻した(・・・)、それだけでありんすよ」


「元の状態……? 獣系悪魔の腕は、実体であって、炎や雷のようなものではないはず……」


「まぁ、普通ならそうでありんすが、妾は違う。

 妾は肉体と魔力、その2つの境界を魔術によって曖昧にしているのでありんす。既に妾の身体は魂までもが魔力という不定形の物となっておるでありんす。例え魔力であろうとも、妾に触れる事は叶わないのでありんす!」


 どうだ、とばかりに偉そうにドヤ顔で胸を張る妃紅葉。そして彼女は左腕を出して掌を上へと向けると、大渦を巻く球体へと錬成して行く。


「この渦巻く球体は、全ての属性魔術――――『火』に『水』、『雷』、『風』の4つの属性の魔術――――それを複雑に絡み合わせて螺旋として構成するのでありんす。

 これこそ、魔術『螺旋球(らせんきゅう)』! 本当は、"丸"の方が良いのでありんすが、色々と文句がありそうなので、止めるのでありんす。これに触れた瞬間、あなたの身体は妾の『螺旋球』によってバラバラのバ……」


 ザクッ、と悠々と語っている妃紅葉の上半身と下半身が、刃によって断たれる。2つを繋いでいた物が強制的に斬られる事により、支えを失った妃紅葉の上半身が地面へと落ちていく。


「な、ぜっ……」


「魂を魔力として、分かれる事なく融合させる魔術。確かに初めて見る魔術ですね。

 ここまで完全に一体化していますと、流石に分ける事は出来ません。それに中和現象、魔力にかかる負荷を軽減する術式など、ダメージを喰らわない術式も組んでるようですね。

 端的に言えば魔力もあまり効果がなく、肉体や武器などに関しては魔力という不定形の形で受け流しているようでありますが、それでも対策はあります。


 魔力にかかる負荷を軽減してもなお、ダメージが喰らう程の、一瞬にして物凄い負荷をかける術式。

 ――――あなたは、もう死んでいる」


 バンッ、と指差して、私は勝利を宣言する。


 勝った、まぁ魔術に関しては及第点を与えるべきでしょう。なにせ、魂を魔力化するという今まで見た事も無いような魔術を考案し、実際に効果を示している。

 今やった魔術も、本来は上半身と下半身を斬り分けるのではなく、全てを無と化す術式だったのに、そこまで威力が落ちてしまっているのだ。彼女、妃紅葉の能力は高いと言うべきだろう。

 最も、死んでしまえば元も子もないのだが。


――――シュッ。


「えっ……?」


 まるでそよ風がそっと吹いたように、自然な動作でパラリと、私の髪の先が切られて地面へと落ちる。


「髪は女の命、というでありんす。

 ――――という事で、女の命である髪を切った妾の勝利で決まりという事で良いでありんすか?」


 そう言って彼女は、私が殺したはずの妃紅葉は、切られた私の髪を持って立っていました。

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