拾話 羅子都魔境編弐
羅子都魔境には支配者である妃紅葉を初めとした獣系悪魔と呼ばれる悪魔が多数居るが、その実態として彼らは大きく分けて2種類に分けられる。
1つは完全なる獣の姿をした悪魔、彼らのみを指す場合は原獣種と呼ばれる。巨大なネズミや小さな牛など、地球の動物を思わせる亜種やら、いくつもの動物の部分が集まった獣など、とにかく獣の特徴の身を持つものがそう呼ばれる。もう1つは人間の姿に獣の特徴を持つ悪魔、彼らのみを指す場合は人獣種と呼ばれる。頭に犬耳が生えている者も居れば、腕だけが鳥の翼のようだったり、上半身が魚だったり、と身体の一部、1%でも人間である場合、それは人獣種と呼ばれる。
獣の特徴を持ち、同じ名前で呼ばれる事もあるが本来、原獣種と人獣種は本来まったく別種と考えられてもおかしくはない種。
――――しかしそんな彼らではあるが、《獣》という特徴以外にも特徴がある。それは目には見えない、気性のようなものである。
自分より強い者に対して恋い焦がれる、圧倒的な力優位社会。
それは悪魔が力が強い者に対して服従するのと良く似ているが、特にそれが顕著なのである。悪魔は強さに服従するも、自分より強い者に対してそれでも悪魔の本分なのかどうかは分からないが、それでも逆らう気力を少しは持ち合わせるのが、獣系悪魔にはそれはない。
単純に縄張りのボスとして、上は上。下は下。
強い者が弱い者を従え、そして強い者はさらに強い者が異性だった場合は恋慕の情を寄せる。
とても分かりやすい彼らであるが、1つだけ厄介な点がある。
――――それが恋愛関係。
一族の者、この場合は獣系悪魔に属する者は夫を、妻を、分け合う。
一夫多妻や一妻多夫などは序の口。歴史を紐解けば一夫万妻、1人の夫に何万人もの女がハーレムとして付き従ったというケースもあるくらい、強い者の遺伝子を求め、それを自分達と同じ種にも分かち合おうとするのだが、そこに多種が混ざったケースは1つもない。
もし仮に、自分が恋い焦がれる相手に、自分達と違った種族の同性が居た場合、どうなるのか?
答えは簡単だ、単純にその邪魔者をぶち殺すのである。
☆
「狐は、毒が嫌いと聞いていたのですが?」
と私、マキユス・スカーレットが、首元に対して毒の刃を突き付けて来る彼女、妃紅葉に対して聞くと、彼女は「嫌いですよ」と当たり前の事でも語るようにそう言った。
「そもそも、妾達のような悪魔は全体的に毒は嫌いとしてるでありんす。ほら、毒って基本的に力と力でぶつかり合う妾達にしてみれば外道も良い所でありんしょ? それでも、嫌いなだけ。憎い訳ではありんせん。
自由を、強い者を子宮で感じるような妾達はその疼きを止めるためには、嫌いな毒を使う事を良しとするのでありんす。それに、女には毒は良く似合うでありんすから」
「なるほど……確かに、女には毒は合いますね」
と、そう言いつつ、私は毒の刃に糸を絡みつかせてその刃をのける。
「良いでしょう。私は彼の案内役としてあなたのような方から、クロスさんを守る責任と義務があります。それに《羅子都魔界》の《魔王》については以前、神から聞いた事があります。
――――なんでも、『諦めが悪い、魔術の天才』であると」
「私も聴いた事がありんす、なんでも『どこまでも食い下がる、魔術の天才』であると」
互いに互いをけん制しつつ、徐々に戦闘の意思を強めていく。
「おいおい、喧嘩っ早いな。2人とも」
……喧嘩っ早い? 刃を突き付ける相手に悠長に「落ち着いて」などと話す輩の方が、私としてはアホなんかじゃないかと思いますが。そうクロスさんに言うと、「なるほど、そう言う考え方か」と納得していた。
私としては、平和ボケするようなニホンという国で、ごく真っ当に生きていたはずの少年が、どうしてここまで悪魔に理解を示すのかの方が変だと思いますが。
もしそれが必要だと感じたら、牢屋の中だろうと自ら入って行くような危険性を感じるクロスさんの了承を得て、私と彼女、妃紅葉は決闘する事となった。
理由は良く分からないが、相手が喧嘩を売る以上、仕方がないでしょう。
それに妃紅葉には、個人的には少し興味がありました。
――――『諦めが悪い、魔術の天才』。
同じく『魔術の天才』という呼び名を貰っている私としては、彼女の魔術の腕に個人的には興味があった。
獣系悪魔の中でも《キツネ》と言うのは、種族に見ても魔術に長けている者が多い。
そんな魔術に長けている者が多い種族の中で、『魔術の天才』という名前をいただいている彼女の能力がどんな物なのか、非常に興味深い。
個人的にそれを楽しみにしつつ、私は妃紅葉との戦いに挑むのでした。