扉
初投稿です。
扉。
皆さんは扉をどの様なものだと考えていますか?
出入口、他の空間との境界……などなど様々。
しかし時にそれは不可解な超常現象を引き起こす引き金にもなりうるのだ。
その日は一日中雨が降っていて、何だか朝から陰鬱な気分だった。その時は夏だからジメジメしているからだと思っていたが実際そんな生ぬるいことではなかった。
俺はバイトの帰り道、自転車で帰路についていた。
雨が小降りだったから、合羽は着ずにいた。
俺は不動産屋の叔父さん紹介してもらった古民家に住んでいる。
叔父さんは訳あり物件で住むのは止めたほうがいいと言っていたが格安で古民家自体も風情があるからいいと思った。
古民家はバイト先から少し遠いところにあり、行く途中、田圃道や木々が生い茂る悪路を通らなければいけない。
俺は人里離れているから“訳あり物件”だと思っていた。
近くに住む人に色々聞いてみたところ、熊や蝮といった危険な動物が出るといった噂を聞いた。というか実際、何度か出たらしい。
だからそういったものへの対策は怠っていない。
だが俺はもっと恐ろしいものへの対策はまるでできていなかった。
家に帰る途中、悪路に差し掛かる。自転車で通るような道ではなかったが、俺はそのまま自転車をこぎ続けた。
ふと少し遠くに流れる川を見る。ここから大体25メートル離れていた。
そこに五、六人の子供が川に入り遊んでいる。
皆仲睦まじい様子で、楽しそうな笑い声がはっきりと聞こえる。
「懐かしいな、俺もガキの頃はよく川で遊んだなぁ」
俺は懐かしい記憶を頭の中でよみがえらせていた。
そのせいでハンドル操作を誤り、俺は自転車もろとも草むらに突っ込んだ。
「畜生!やらかした」
俺は自転車を降りて、自転車を草むらから引き抜き、元の道に戻した。
そして自転車に乗り、再びペダルをこごうとしたときにあることに気が付く。
(そういえばあの子供達の周りに俺以外の大人がいたか?川で遊ぶなら大人の一人はいてもいいと思うのだが……)
なので俺は川をもう一度見た。子供達が遊んでいる周りに大人らしき人物は見当たらない。
雨も降っているしこれは危険だと思った俺は子供たちに向かって叫ぶ。
「おーい、危ないから家に帰れよー」
しかし子供たちはまだ遊び続けている。
(聞こえてないのか?あいつらのはしゃぐ声ははっきり聞こえたのに)
俺はもう一度、今度はもっと声を張り上げて叫ぶ。
「危ないぞー!早く川から出て家に帰れよー!」
すると今度こそ気づいたのか子供たちは川から上がり、とぼとぼと近くの村の方向へ歩いていった。
俺は子供たちが見えなくのを確認したら自転車をこいで家へ帰った。
***
家の近くに自転車を止めて、ガラガラと扉を開ける。
一見廃屋のような古民家だがこれでもしっかりとして、住むのには十分だ。風通しもいいから夏は涼しい。電気もちゃんと通っていて不自由もない。
俺は一歩、家に足を踏み入れると何だか重いものがずっしりと肩にのしかかる感覚がした。
もちろん自分の肩を触っても何もない。だが確かに肩に違和感がするのだ。
「雨にあったたから熱でもでたか……?」
俺は体を温めるために隣の部屋の暖房にあたろうと半開きの扉を開ける。
するとすうっと冷たい空気が流れ込んできた。
(風通しがいいせいか、少し寒いな)
しかし部屋に入るとさっきまでの寒さと肩の重苦しい感覚はうそのように消え失せていた。
(つかれているのかもな)
そういえばバイト中は何ともなかったのに店から出た時から気分が悪くなったのを思い出す。
日頃のストレスや溜まった疲労がこういう形で現れたのかもしれない。
俺はすぐさま布団に飛び込み、疲弊した体を癒すことにした。
***
目が覚める。
腕時計で現在の時刻を確認すると11時35分。
「やっぱ疲れているわ俺」
明かりをつけるために照明からたれる引き紐に手をのばし、それを引くとあたりが明るくなった。
お腹も減っていたので遅い夕食をとろうと台所に向かう。
廊下を歩いて台所差し掛かった時にあることに気づいた。
「あれ?ここに扉なんてあったか?」
それは台所へ通じる廊下の先、明らかにこの家のものとは思えない木の板で出来た押し戸。
もちろんリフォームでつけた覚えもなければ、そんな情報も知らされていない。
第一、台所は一日に何度も行き来している場所だ。こんなミスマッチな扉に気づかないはずがない。
四分の恐怖と六分の好奇心とに動かされ、気づけばドアノブに手をまわしていた。このまま押せば扉の向こう側が見られる。
だがこうも考えた。見なくともいいものがあるかもしれないと。
一旦ドアノブから手を放し、廊下を低回したあげく恐怖心より好奇心が勝って扉を開けることにした。
俺はゆくっりと扉を開ける。するとそこには色んな色の絵の具をかきまぜたような色の空間が広がっていた。
「気持ち悪ッ!!」
俺が扉を閉めようとすると何者かに腕を掴まれる。
掴まれた腕を見るとさっきの空間から白い腕が伸びていた。
思わず叫ぼうとしたが恐怖のあまり声が出ない。
俺はそのまま腕に引っ張られて、変な色の空間に引きずり込まれてしまった。
変な色の空間は実に心地の良い空間だった。
自分の体と空間の境界が曖昧になり、このまま消えてなくなってもいいと暫時は考えていたが、こんな所で死んでたまるか、生きるとはっきりと決意した瞬間、辺りが眩しい光に包まれた。
目が覚めると俺は布団の上にいた。耳を澄ますと鳥のさえずり、風で揺れる草木の音が聞こえる。
縁側に行くと眩しい朝日が俺を照り付ける。
「なんだ夢だったのか」
一安心し朝食の支度をする。俺はその最中心なしか体が軽く感じた。
朝食も摂り終わり、バイトへ行く準備も終わった。
引き戸を開け外に出る。澄んだ空気を吸うと、今日も頑張ろうと思える。
俺は自転車に乗りバイト先へ向かった。
しばらく自転車をこいでいると昨日の子供たちがまた川で遊んでいる。
俺は気分がよかったから子供たちに向かって挨拶をする。
「おはよう。川は雨じゃなくても危ないから気を付けろよ」
すると昨日とは違い子供たちは一回で俺の存在に気づく。
するとトコトコとこちらに歩いてきてこう言った。
「お兄さんもやっと来たんだね」
「ああ来たぞ」
子供たちは嬉しそうにする。
「今日からお友達だね」
「最初は慣れないかもしれないけど慣れると楽しいよ」
俺は今もあの家に住んでいる。
***
「そういえば昨日で一年だったわよね」
「川での児童溺死事故でしょ?」
「そうそう、ひどかったわよね、全員亡くなるなんて……」
「噂だとよく出るらしいわよ。子供の幽霊が」
「知ってる!遠くにいても笑い声が耳元で聞こえるんですって」
「幽霊古民家にも近寄らないほうがいいわね」
「幽霊とかに出会ったら扉に気を付けろって旦那が言っていたわ。扉は境界線だからってね」
幽霊が集まりやすい場所ってありますよね……水のあるところとか。