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あゝ卓球抒情  作者: 椋鳥
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(9)英と嫁と

(9)英と嫁と

二年三組の転入生は、東京から来たという触れ込みですぐに有名人となった。


髪型やらブレザーの着こなしやらが垢抜けていて、長身痩躯なスタイルと爽やかな容姿が女子の人気を拐った。


転入生・英柳太郎はなぶさりゅうたろうは勉強も運動も得意であったから、クラスにおける赤井玲音あかいれおの存在感は一気に薄まった。


二学期になって十日が過ぎ、昼休みの赤井を訪ねた紅林伊佐夫くればやしいさおが溜め息と共に言った。


「参っちゃうよ。女子はみんな、口を開けば英君英君だもん。仲良くなった陸上部の子達も皆、全然相手してくれなくなっちゃった」


「彼は陸上部なんだから、なお仕方無いんじゃないか?それに、紅林はタイプが違うだろう」


「レオはガタイとガリ勉が被ってるよね。顔は渋い老けメン対爽やかイケメンで完封負けだけど」


赤井は紅林の失礼な論評を無視し、黙々と豆のサラダに箸を伸ばした。


赤井の聞いた話では、英は都内の有名進学校に通っていたそうで、親の仕事と住居の都合で道戸みちどに移ったのだという。


すわ二学期の中間考査で赤井の連続一位記録が破られるのではないかと、無責任な噂が広まっていた。


「レオ。対抗心を燃やして勉強したいだろうけど、今週末の大会の方が大事だから」


「練習ペースは変えてないよ。クラブでも監督から御墨付きを貰えてる」


「へえ。じゃあ初見の相手にあたふたしちゃう癖は直ったのかい?」


「……あそこには、初見の相手がいないから」


埼玉県西部地区大会が目前に迫り、赤井は卓球最優先の生活を送っていた。


そうはいっても、元々卓球か勉強くらいしか注力する先がなかったので、赤井は決して無理をしていなかった。


「そうそう。レオも隅に置けないねえ」


「なんだ?」


疑問で返しておいて、赤井は紅林の魂胆を見抜いていた。


「聞いたよ」


「誰から?」


悠里ゆり越坂部おさかべちゃん。レオってば、栗原千秋くりはらちあきとメル友になったんだって?ツインテの似合う可愛いコだったもんねー。小さくて、でもスタイルよくて」


紅林が胸の前でジェスチャーをし、双丘を形作った。


「そういう趣旨の友達じゃない。あくまで、卓球仲間だ」


星月ほしつき女子との練習試合の終了時、マネジャーである嘉門かもんさくらは律儀にも部長の越坂部悠里と連絡先を交換していた。


そのネットワークを経由して、栗原千秋から赤井へと、戦型とラケットのラバーに関する意見交換のメールが届いた。


メールではあったが、二人はやり取りを重ねる内に、卓球に執心しているという共通点だけでもって意気投合していた。


「そういうお前も越坂部部長と繋がっているんだな。まあ、試合を組めたくらいだから当たり前か」


「あれ?言ってなかったっけ?悠里は元カノなんだ。中学時代の」


「ん?そうか。お前も東京からの引越し組だったな」


「そういうこと。悠里も中学の早い内から活躍してて。あちこちの大会で顔を合わせてたら、付き合うことになったんだ」


紅林が説明したところでは、星月女子高校の卓球部は関東広域から有名選手をリクルートしていて、栗原などは千葉県からの入学ということであった。


私立高校故の実力主義は、そういった勧誘と無縁に育った赤井にピントがくるものではなかったが、紅林のように高いレベルのプレーヤーであれば身近な話なのかもしれないと納得した。


それにしても、星月女子の越坂部といえばたいそうな美形であったなと赤井は思い返していた。


「で、ツインテと一緒に練習行ったりしないの?女子と卓球デートなんて、レオにぴったりじゃん」


赤井が返答する前に、割り込みの発言があった。


「卓球デートって、なに?」


割り込んだのは、神出鬼没の陸上ギャルであった。


三組の教室に堂々と侵入してきた宍戸夏蓮ししどかれんは、この日は金髪がポニーテールにまとめられ、シャツの胸元は大きく開けられていた。


道戸高校に美少女四天王として君臨する宍戸の登場は、昼時で人影が少ないながらも教室の空気を一変させた。


周囲の緊張感が一気に高まったように感じられ、赤井は居心地悪そうに姿勢を正した。


「あ、夏蓮ちゃん。レオがね、星月女子のエースとメル友になったんだよ。そろそろ一緒に練習に行ったりしないのか、ってね」


立ったままの宍戸は挑戦的な目付きで赤井を見下ろした。


「ふうん。そのコって、美人?」


「夏蓮ちゃんみたいな美形とはちょっと違うかな。小さくて愛らしい感じ。中学女子だと、千葉県でトッププレーヤーだった」


「レオの練習相手には勿体ない感じね。そのコ、彼氏はいないの?」


「向こうの部長をやってる女子が言うには、いないみたいって。でも、インターハイで一緒になった東京代表のカットマン男子とは仲が良いんだとか」


「カットマン?」


「あ、卓球の戦型ね」


宍戸は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、茶化すようにして赤井に言った


「だって。邪念を抱かずに精進しなさい」


赤井は少しだけがっかりした内心を悟られぬよう、努めて無関心を装って牛乳を飲み下した。


「あ、夏蓮。いたいた。ちょっといいかい?」


廊下より掛けられた爽やかな声は教室内に響き渡った。


宍戸を訪ねてきたその生徒は、すらりとした長身の、中性的で甘いマスクをもつ噂の英であった。


「柳太郎?どうしたの、こんなとこまで」


「こんなとこって、ここは俺のクラスだ。部長から聞いたよ。今週末の特別練習、休むんだって?」


「トク練?休むわよ。先生の了承も取ったし」


「練習後に女子たちと川越かわごえに出る約束をしててさ。カラオケでもと思って。夏蓮も、そっちだけでも顔出せないかな?」


赤井と紅林の存在をまるきり無視して、英と宍戸は陸上部の相談事を続けた。


「無理。だって私、卓球部の大会の応援に行くんだもの」


赤井は牛乳を吹き出しかけた。


「卓球部?なんで夏蓮が、他所の部の応援になんて行くのさ。おまけに卓球だって?」


「このレオの応援に行くのよ。そろそろ優勝する筈だから」


言って、宍戸は赤井の肩を叩いた。


赤井は「おれは優勝するのか?」と紅林に訊ね、「川越学園の仲林なかばやし松山新田まつやまにった新城しんじょうを倒せたら、芽はあるんじゃない?」というありきたりな返答を貰った。


西部地区大会には埼玉の古豪・紫ヶむらさきがおか高校が出てこないため、シングルスの強者は限られていた。


英は異色のクラスメイトである赤井を値踏みするかのようにじっと見詰めた。


「ふむ・・・。赤井君とは話したことはなかったな。英だ。ええと、君は?」


「卓球部の紅林伊佐夫。英くんと同じ東京の出身なんだ。よろしく」


「君が紅林君か。うちの女子から少しだけ名前を聞いてるよ。よろしく」


「少しなんだ」


「少しさ。君を見習って、陸上部の男女交流を活性化させようと思う。メンタルの向上は競技に良い結果をもたらすからね。必ず」


「同感だよ。それに女子陸上部には可愛い子が多いから。構って貰えた男子が張り切るのは、真理さ」


宍戸が紅林の脛を軽く蹴った。


「紅林、露骨過ぎ。兎に角、柳太郎。私は川越はパス」


一連に触らぬよう成り行きをただ見守っていた赤井へと、紅林が無遠慮に忠告した。


「さくらちゃんに言っといた方がいいんじゃないの?部外者もとい嫁が応援に来るそうだ、って」


「誰が嫁だ?」


「誰が嫁よ!」


赤井と宍戸が唱和し、紅林はカラカラと笑った。


英は一人憮然とした面持ちでその光景を眺めていた。


昼休みも半分が消化され、ぱらぱらと生徒が教室に戻り始めた。


陸上部の美男美女、それに卓球部の秀才に紅顔の少年という赤井ら四人の組み合わせは、教室内でも一際目を引いた。


一部始終を目撃していた生徒から発せられた口咲かない噂は、瞬く間に学年中を席巻した。


曰く、陸上部と卓球部の男子が宍戸夏蓮を巡って鞘当てを起こし、紅林と英が口論にまで至ったのだという。


当事者たちがその噂に無関心を装ったので、観衆は水面下で勝手に盛り上がった。


そして、またも宍戸が大会の応援に来るという報告を受けた嘉門さくらは、額に手を当てて溜め息をついた。



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