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あゝ卓球抒情  作者: 椋鳥
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(6)合宿と紅林と

(6)合宿と紅林と

ひたすら走り込み、直向きにフットワークを反復練習する。


赤井玲音あかいれおは夏休みが始まってから、重点的に下半身の強化に努めた。


先だっての市民大会における敗戦要因を、級友である紅林伊佐夫くればやしいさおは、実戦経験の不足と戦型の乱調にあると断じた。


前陣速攻の型が崩された理由は、赤井のプレースタイルが未だ定着を見ていないからで、紅林は体作りと反復練習を以前に増して執拗に指示した。


鬼気迫る形相で練習に取り組む赤井を見て、部員たちにも気合いの欠片くらいは伝染した。


陸上部との合同合宿の初日、卓球部は弱小軍団にあるまじき本気を出し、夕食の頃には全員がへばって起き上がれない有り様であった。


プレハブに累々と横たわる部員たちを眺め回して、紅林と嘉門かもんさくらは乾いた息をついた。


「学食のおばちゃんをあまり待たせられないよねー。さくらちゃん、水でもぶっかけたら?」


「陸上部は七時から利用しています。もう三十分経つので、引きずってでも連れていかないとご飯抜きですね」


「まあ、朝っぱらから動き通しで、情状酌量の余地はあるんだけど」


「ルールはルールです。私がひっぱたいて起こして回ります」


嘉門から容赦なく追い立てられた部員たちは、ほうほうの体でプレハブから這い出た。


紅林は、赤井を追い出す時だけ嘉門が手加減していた様子を眺め、にんまりと笑みを浮かべた。


卓球部員たちは気力を振り絞って夕食を平らげた。


各自風呂を済ませて男女別の大部屋に戻ると、紅林と陸上部の幹部連中とで練られたレクリエーションが始まった。


両部の顧問が見回りに来るのは午後十時と決められていたので、一時間ほど遊戯に充てられる余暇があった。


男女に別れてくじを引き、班で別れて雑談に興じる。


雑談のお題はちゃちなサイコロが用意されていて、高校生らしい恋愛や下ネタの話がふんだんに隠されていた。


それだけのマイルドなレクリエーションであったが、日中に誰よりもハードワークをこなした赤井は不参加を表明して、隅で一人転がっていた。


嘉門がマネージャー心を発揮して、赤井の背中や足のマッサージなどし始めるものだから、彼女に焦がれる男子諸氏は、憤懣やる方なしといった心境でそれを横目にしていた。


紅林はそっと金髪の少女の横顔を盗み見た。


見たところ、宍戸夏蓮ししどかれんは何でもない様子で班になった男女と嬌声を上げていた。


それ以上気にしても仕方がないとばかりに、紅林は赤井のことは忘れ、自分が中学時代に付き合っていた女子の話で場を盛り上げた。


翌日は朝食前の朝練習に始まり、午前・午後と連日となる猛練習がこなされた。


疲労の極致から、夕食が手につかない者も続出し、卓球部の過酷なトレーニングぶりを横目にした陸上部員からは感嘆の声が漏れた。


「レオ。今夜くらいは交流に参加しなさいよ。ずっと無視じゃ、感じ悪いわよ?」


部屋の端でぐったりしている赤井へと、Tシャツ・短パン姿で露出の過多な宍戸が催促した。


「……疲れてるんだ。横にさせてくれ」


「何でそんなになるまで根詰めるのよ?たかが部活なのに」


「宍戸先輩。赤井先輩は本当に限界なんです。休ませてあげてください」


嘉門が庇い立てするので、宍戸は目立って不機嫌さを露にした。


赤井は二人の鞘当てを気にすることすら出来ず、そのまますやすやと寝息を立て始めた。


空かさず紅林と有栖川佑都ありすがわゆうとが仲裁に入った。


二人は赤井に布団を被せてやると、宍戸と嘉門を宥めすかしてエスコートし、男女交流の輪へと引っ張り込んだ。


卓球部男子と陸上部男子の目当てはやはり道戸みちど高校四天王の美少女二人であり、隙あらば宍戸と嘉門を質問攻めにした。


宍戸は現在彼氏なしのフリーであると宣言し、嘉門は交際経験そのものがないと白状させられた。


俄然色めき立った男性陣が、鼻息も荒く方々の角度からアプローチを開始した。


そんな男子勢とは対照的に、紅林と有栖川が他の女子ばかりを相手にするものだから、この夜、二人の株は陰ながら大きく上昇した。


合宿最終日は朝練習と午前練習のみでつつがなく終了し、卓球部と陸上部が円陣を組んで打ち上げた。


陸上部はそのまま有志でカラオケに繰り出すことにしていて、卓球部の半数がそれに合流した。


例によって赤井が頭数に入っていないことから、宍戸は眉をつり上げた。


「夏蓮ちゃん。うちの部はもうすぐ星月ほしつき女子と練習試合をするんだ。赤井にはエースとして恥じない試合運びが義務付けられてるから、プレッシャーも大きい。あいつ、このままクラブチームに顔出して練習するんだと思う。ここは応援して、気持ちよく送り出してやってよ」


「……相手は女子なんでしょ?」


「東京の女子トップクラスで、インターハイ常連校だから。去年は二軍相手で部として負け越し。僕がやれない分、赤井が意地を見せないとね」


紅林のフォローが効いたものか、宍戸は校門から駐輪場へと駆けて、自転車のサドルに跨がったところの赤井に声をかけた。


赤井の後ろで自転車の鍵を開けていた嘉門は、宍戸の顔を見るなり強張った表情をして身構えた。


「レオ。格好悪いから、女子高に負けるんじゃないわよ?おっさんたちにビシバシしごいて貰いなさい」


「……ああ。汗と涙を搾り取られるくらいやってやるさ」


「……あとね。昨晩は、みんなの前で突っ掛かってごめん。浅はかだったわ」


「いいさ。おれも反省してる。もう少し、フレンドリーに行くべきだよな」


「ほんと?じゃあ延期にしてた買い物、練習試合が終わったら付き合ってね」


「ん?……わかった」


「メールするから。それじゃね」


来たときと同様に、宍戸はしなやかなフォームで、長い足と形のよい尻とを見せ付けるようにして走り去った。


長い髪を金色になど染めておきながら、宍戸はこれで短距離走の有望株だそうで、遠ざかる彼女を目で追いながら赤井はさもありなんと首肯した。


「宍戸さんと買い物に行かれるんですか?」


背に掛けられた嘉門の問いに、赤井は飛び上がらんばかりに驚いた。


夏休みに入る直前、赤井は宍戸だけでなく、嘉門からの遠出の誘いに対しても返事を先送りにしていた。


「そうみたいだ。荷物持ちが欲しいと頼まれていた」


「赤井先輩と宍戸先輩は、付き合っているんですか?」


「そんな事実はないよ。元同じ中学。去年のクラスメイト。最近テストの予想問題を作ってやって、見返りに陸上部女子とグループでカラオケに行った。それだけ」


振り返った赤井の目に飛び込んできたのは、呆れ返った嘉門の冷ややかな視線と、腰に手の当てられた凛とした姿勢であった。


「呆れた。女子と遊びたいが為に、そんなことまでしていたんですね」


「あ、いや。まあ……」


「赤井先輩は・・・まあ、いいです。部活外のことに、私が口を出す筋合いもありませんし」


艶やかな黒髪を軽く払い、嘉門は自転車を手で押し始めた。


ばつが悪くなった赤井は、そのまま自転車を漕ぎ出して嘉門と別れた。


その夜の赤井はなかなか寝付けなかった。


いくら鈍感な赤井でも、どうやら宍戸が自分に少なからず好意を寄せているであろうことは理解できた。


同時に、金髪ギャルで四天王などと噂される程の美少女が、よりにもよって何で自分に興味を抱いたものか、赤井の想像が及ぶところではなかった。


さては宍戸は学力が高い男に惹かれるのか、はたまた背の高いスポーツマンが好みであるのかといった妄想が、結論を出すことなく赤井の頭の中をグルグルと回った。


意識がはっきりしたままの赤井はメールの着信に気付き、十二時前という非常識な時間を確認してからそれを開封した。


メールは紅林からで、週明けの練習試合に星月女子の一軍メンバーが帯同するとの情報提供であった。


赤井の脳が一気にクリアになった。


昨年は先輩たちと共に臨み、星月女子の二軍に弾き返された。


赤井が未だに覚えている、如何ともし難い悔しい光景がいま鮮明に蘇った。


星月女子の二軍リーダーが帰り際に、仲介者である紅林に向かって「あまり意義のある練習にはなりませんでしたね。次は紅林君の復帰を待ってお声掛けください」という捨て台詞を吐いたのである。


紅林は常日頃から穏和な態度を崩さず、その時もただ愛想笑いを浮かべていたものだが、赤井はあの紅林に恥をかかせた自分の不甲斐なさが許せなかった。


紅林は全中で全国区のプレーヤーであった。


上背はないが、あらゆる回転を操り、誰よりもシャープなストロークを放つことができた。


その紅林が挑発されるなどという事実は赤井にとって看過できず、この一年は卓球に真摯に打ち込んできた。


紅林は恥も外聞もなく、圧倒的な敗戦を喫した相手との試合を再びブックしてきた。


赤井は紅林の信に応える必要を認めていたし、何より負けっぱなしで星月女子との試合を想い出話にはしたくなかった。


そう考えていると、赤井は不思議と眠気に襲われ始め、疲れた体が徐々に弛緩していく様子が心地よかった。


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