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あゝ卓球抒情  作者: 椋鳥
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(5)四天王と有栖川と

(5)四天王と有栖川と

赤井玲音あかいれおが市民卓球大会で準優勝を収めたことは、週明けの朝礼で発表された。


嘉門かもんさくらから連絡を受けた顧問の冬月明日菜ふゆつきあすなが校長や教頭にアピールした賜物で、道戸みちど高校においては珍しくも体育会系の部活動で挙げられた成果となった。


とはいえ所詮は卓球であり、所詮は市民大会である。


赤井の生活に何ら変化を生じさせるものでもなく、すれ違い様に「おめでとう」と五、六人から称えられて終わりであった。


夏休みを目前に控え、二年三組でも休み期間中の男女交流が話題に上り始めた。


主にサッカー部や野球部といった部活動カースト上位に属する男子生徒と、部活動に関わらず容姿に恵まれた女子生徒が中心となって駆け引きは行われていた。


そんな中、赤井はトランプでいうところのジョーカーのような存在と位置付けられていた。


卓球部という体育会系部活動のカースト下位に所属するものの、身体能力は相当に高く、此度大会で準優勝という結果を出していた。


勉学においては不動の首席で、おまけに最近は道戸高校四天王と噂される美少女の一人、宍戸夏蓮ししどかれんと距離が近いと目されていた。


四天王のもう一人、嘉門が卓球部マネージャーであるという事実も後押しし、二年三組の上位層は赤井を男女交流の一員に加えたがった。


だが、赤井当人にそういった歩み寄りの姿勢は見られず、昼休みになると相変わらず一人自席でサラダチキンにありついていた。


紅林伊佐夫くればやしいさおは、毎度の通り予告なしに赤井を訪ねた。


「またそれ食べてるんだ。体作りにはいいんだろうけど、レオってほんとぶれないねえ。宍戸さんにお弁当作ってもらうとかすればいいのに」


紅林の発言に、教室内で聞き耳を立てていた幾人かがぴくりと反応した。


「なんの義理があって、そんな依頼ができる?だいたい筋肉をつけろと言ってきたのはお前だろう」


「まあ言ったけどね。レオは身長が高いから、バランスよく筋肉をつけないと腰とか膝をやっちゃうと思って」


レオは上背が百八十センチあり、紅林が見上げる程に高かった。


紅林当人が故障で第一線を退いていたので、赤井は彼の助言に耳を貸していた。


「ところで、レオって夏休みの予定はどうなってる?あ、部活とクラブチーム以外の話ね」


「特に何も。暇だから予備校の夏期講習でも受けてみようかと調べはしている」


「ん?宍戸さんと出掛けたりは?」


「なんでそこで、彼女の名前が出てくる?」


「まあ、じゃあ何もないということで。一つは、陸上部と合同合宿をすることにしたから。あと、今年も星月ほしつき女子と練習試合を組む」


紅林は自分が顧問でもあるかのようにさらっと言ってのけた。


東京の星月女子高校とは紅林のつてで、昨夏に練習試合を敢行していた。


女子卓球の強豪校であり、赤井としても異論はなかった。


一方、合宿の件は初耳で、赤井は子細を訊ねた。


「ああ。陸上部が学校の合宿棟の使用申請を出したら、人数不足で却下されたんだって。学校運営の管理効率の手前、収容上限に近くないと申請が下りないんだとか。だから卓球部も合同で申請したんだ。無事に承認されたってさ」


「おれは部長のはずだが、何も聞かされてないな」


「言ってないからね。陸上部の女子から頼まれて、まずはさくらちゃんに相談したんだ。さくらちゃんは明日菜ちゃんに上げたみたいで、話は顧問権限で進められたんだよ」


赤井はすんなり納得したわけではなかったが、練習漬けな二泊三日が過ごせるならばと受け入れた。


学期末までの授業は惰性に近く、赤井は熱意が不足している教師の講義をスルーして内職で参考書を読み漁った。


部活においては紅林指導の下、マシーンもフル活用して限界まで体を追い込んだ。


一学期最終日の練習後に、顧問の冬月明日菜不在の中、嘉門から夏休みのスケジュールが通達された。


基本は週に三日の練習日が設定されていて、七月末に合同合宿、八月頭に練習試合、八月半ばに学年別強化大会が予定されていた。


「マネージャー。週に三日しか練習しないのか?」


「規則では、顧問が監督していないと練習は認められません。冬月先生の出勤日に合わせるとこれが限界です」


赤井の問いに、嘉門は用意していた回答をすらすらと述べた。


「そのぶんレオはクラブチームでしっかり練習するように。九月には西部地区大会もあるわけだから」


紅林が真面目な顔で念を押した。


最後に赤井が解散を宣言して、一学期ラストの部活は終了した。


いち早く着替えを終えた紅林が男女両方の部員に、お好み焼き屋を会場として学期末打ち上げをすると連絡して回った。


「女子も全員来るって言うけど、さくらちゃんはどうする?あ、明日菜ちゃんの許可はとってあるからね。ついでにカンパも少々いただいてる」


「赤井先輩は、やっぱり行かれないんですよね?」


「レオ?今日は来るよ。仮にも部長なんだし、打ち上げくらいは顔出させないとね」


はじめ赤井は出席を渋っていたが、紅林が強引に説得して首を縦に振らせていた。


卓球部では赤井はこれでそこそこ女子部員に慕われていて、彼の不参加は男女比率を歪にさせると紅林は踏んでいた。


とはいえ紅林は、まさかクールビューティーの嘉門までもが赤井を意識しているものかと純粋に驚いた。


当人がどう思っているかはともかくとして、宍戸が赤井に好意を抱いていると確信していた紅林は、こんな無愛想で不器用な男が人気者であると考えるだに笑いが込み上げてきた。


打ち上げは予想以上の盛り上がりを見せた。


校内実施とはいえ合宿の決定が部員たちの胸中に新風を吹き込んだようで、夏休みの練習に向けて士気は高かった。


「学年別大会、紅林君は出られそう?」


何気なく、二年生女子がお好み焼きを取り分けながら紅林へと質した。


ほんの軽い気持ちから出た言葉であろうが、赤井をはじめとした男子部員は皆凍り付いた。


「いやー。試合は難しいかな。肘がね、疲れると痛いから」


「そっか……ごめん。無理して選手生命に響いたらいけないものね」


「あはは。選手生命ならもう諦めたけどね。男子卓球部の戦果は、全部レオに託したよ」


明るく言って、紅林はレオを見た。


居たたまれなくなったレオは嘉門にアイコンタクトをとり、紅林へと話し掛けている女子部員を別の会話に引き取らせた。


赤井は紅林の心情を知るよしもなく、それでも彼が部活に顔を出してコーチ役を引き受けてくれていることに言い様のない感謝を覚えていた。


中学時代に全国区であった紅林が、プレーの出来ない今の環境に対して割り切れているとも思えず、赤井たち男子部員は彼の復帰や病状について話題に上げぬよう示し合わせていた。


「レオ先輩は、学年別強化大会がリベンジですね」


一年男子の有栖川佑都ありすがわゆうとが、焼きそばを作りながら発破をかけた。


「勿論だ」


赤井は四月に行われた関東大会の地区予選でシングルス上位に食い込み、五月頭の埼玉県予選に出場していた。


しかし、そこで早々にシード選手と当たって惜敗し、満足のいく結果は得られなかった。


道戸高校は学校別対抗、所謂団体戦に弱く、紅林直伝の赤井を除けば活躍は望み薄であった。


唯一、入部してまだ日の浅い有栖川が着実に力を付けており、最近は紅林も彼に個別指導を施していた。


坊主頭に丸縁眼鏡という垢抜けない外見ではあったが、有栖川の根気の強さには赤井も目をつけていた。


「そういえば星月女子って、去年も来たんですよね?レオ先輩も戦ったんですか?」


「やったよ。紅林が知り合い伝でブッキングしたんだ。相手は一軍が遠征中で、来たのは二軍だったけれど」


「結果は?」


「当時二年の先輩もおれも、みんな負け越した。インターハイ常連の看板は伊達じゃない」


「ええ……。それ自信なくしますね。やっぱり俺もコテンパンですよね」


「有栖川は伸びる余地が大いにある。一週間や二週間死に物狂いで練習するだけで、大分変わると思う」


赤井の激励に有栖川はスイッチが入ったようで、「俺も、クラブチームの練習に入れて貰えませんか?」と前のめりになった。


横で聞いていた男子部員たちが有栖川の発言を囃す中、赤井と紅林の腹は諾であると決まっていた。


午後八時を過ぎた頃、冬月が様子見に店を訪れ、それからややしてお開きとなった。


自転車組と駅まで徒歩組とで別れ、赤井は少しの道を嘉門と並走した。


「赤井先輩、すみませんでした」


唐突に嘉門に謝罪され、赤井はただ戸惑ってハンドル操作を誤りそうになった。


「なにが?」


「合同合宿の件です。てっきり赤井先輩と紅林先輩とで話し合われていたものとばかり。私、先輩に内緒で事を進めるつもりなんてありませんでした」


「ああ。別にいい。見た目に反して紅林が強引なのはいつものことだし。部にとってもプラスだろうから」


「私が部長を蔑ろにしているとは誤解されたくありませんでした」


「そんなことは思っていない。マネージャーを頼りにしてるよ。少し怖いけど」


最後の一言は空気を和ませる為に付け加えたものだが、女子高生を慰めるなどというのは赤井の経験にない大仕事であり、言葉の選択が正しいものか全く分からなかった。


「話は変わりますが、夏休みに宍戸夏蓮先輩とデートなさるんですか?」


「……紅林にも同じようなことを聞かれたけど。何を期待しているのか分からないな。そんな話は影も形もないよ」


赤井は咄嗟に嘘をついた。


お好み焼き屋にいた時分、宍戸からメールで来週の予定を取材されていた。


買い物の荷物持ちが欲しいといったような色気の欠片もない誘い文句ではあったが、赤井はそれを紅林や嘉門に話すべきとは思わなかった。


事実、来週は部活に加えて合宿が行われるので、出掛けられる保障もなかった。


三差路での別れ際、嘉門は普段通り抑揚がない美声で赤井へと爆弾を放った。


「赤井先輩。もし良かったら、来週どこかで東京にでも出掛けませんか?見たい映画があるんです」



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