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あゝ卓球抒情  作者: 椋鳥
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(4)マネージャーと柿沼と

(4)マネージャーと柿沼と

赤井玲音あかいれおが見るに、嘉門かもんさくらは長い黒髪がよく似合う清純派・正統派の美少女であった。


しかし、怠惰や嘘を見抜いて弾劾する冷厳な瞳を持ち、己が意思を貫き通す頑固さや物怖じしない鉄の如き態度から、一年生マネージャーながらに卓球部員たちより総じて恐れられていた。


事前にメールを貰ってはいたが、嘉門が迎えに来るということで赤井は朝から落ち着かなかった。


市民大会の当日だというのに、赤井の心配事は正に試合の外にあった。


支度は済んでいたので、地獄の沙汰を待つかのような心境で垂れ流しのテレビのニュースを眺めていた。


八時二分前にインターホンが鳴り、赤井が応対に出ると、白いブラウスにチェック模様のパンツを着込んだ宍戸夏蓮ししどかれんが元気よく挨拶をしてきた。


「レオ、おはよ!」


宍戸は麦わら帽子を被ってバスケットを手にしており、正しくピクニックに行く金髪ギャルという体であった。


首元の金のネックレスと満面の笑顔に除く白い歯とが、赤井にはやけに眩しく感じられた。


「ああ、おはよう。本当に来たんだな」


「もう行く?」


「マネージャーが来るはずなんだ。多分、定刻に」


赤井はジャージの上下にデイパックを背負い、出発の準備は万端であった。


八時ちょうどに、制服であるブレザー姿の嘉門が自転車を手押しして現れた。


嘉門は赤井宅の玄関前にたむろする二人をじろりと眺めて、表情を変えずに言った。


「おはようございます。赤井先輩。それと……」


「おはよう。マネージャー、こっちは二年の宍戸夏蓮。おれとは中学が一緒だった。宍戸、彼女が卓球部マネージャーの嘉門さくらだ。一年後輩になる」


赤井は多少ぎこちなくはあったが、無難に二人を紹介した。


「嘉門さん、おはよう。宍戸夏蓮よ。一年生にすごい美少女がいるって聞いてて、名前だけは知ってた。今日は昔馴染みのレオの応援に、私も同行するから」


「おはようございます、宍戸先輩。赤井先輩からは聞いていませんでしたが、歓迎します」


嘉門は言葉とは裏腹に冷たい視線を赤井へ送った後、宍戸に向けて丁寧なお辞儀をした。


その仕草は文句のつけようがないほどきっちりした、いわば他人行儀な代物であり、宍戸はただ乾いた笑みでもって応じた。


自転車での道中は、三人とも終始無言であった。


赤井たちは十五分かけて市民体育館に到着し、受付ロビーで残る二人の部員を待った。


公共施設であるロビーは無駄に広く、赤井らと同じく卓球大会に参加する者がまばらに散っていて、朝早いこともあってか他に一般の利用者は見当たらなかった。


二年男子と一年男子が合流すると、赤井と三人で連れ立って事前練習に向かった。


嘉門は三人分の荷物を預かると、宍戸と一緒に体育館本会場二階の観客席に陣取った。


「ねえ、嘉門さん。他の部員は来ないの?応援とか」


「来ませんね。紅林先輩が途中で顔を出されるそうですが」


「先生も?」


「はい。冬月先生には予定だけ連絡してあります」


「へえー。みんな薄情なんだね。うちの部は男子のレースに女子みんなで応援に行くけど」


「うちは弱小ですし。今日の大会はそもそも道戸みちど市民以外に参加資格がありませんから。こんなものです」


「ふうん。で、レオは優勝とか出来るの?」


「無理でしょうね。赤井先輩の昨年の実績を見ると、予選リーグ敗退です。中学生と社会人に勝って、道戸西高の二年生部員に負けて二勝一敗。その道西の二年生が三勝で決勝トーナメントに進みましたが、彼も二回戦で敗退しています」


嘉門は平然と言って、この日の対戦組合せを膝の上に広げた。


宍戸はルールも分からないながらに組合せ表を覗き込んだ。


昨年と同じく、予選は四人一組で総当たりのリーグ戦となっており、勝ち抜いた一名だけがベスト三十二の決勝トーナメントへと進む。


トーナメントを四回勝ち進むと決勝で、一日最多八試合が行われる長丁場であった。


冒頭に市議会議員と市長の挨拶があり、それに続けて市役所のスポーツ担当者がルールを説明した。


大会委員長である道戸西高校の教師が開会を告げると、百二十人超がエントリーする予選リーグは整然と開始された。


「席、遠くない?」


宍戸はそう文句を言うが、赤井の組に割り当てられた卓球台が体育館の中央付近にあることまで嘉門は責任を持てなかった。


嘉門は取り敢えず、二階席から声の届きそうな残り二人の試合を交互に観戦するべく席を立った。


宍戸は卓球自体に興味がなかったので、距離のある赤井の試合だけを遠目に眺めた。


リーグ戦は十一点マッチの二ゲーム先取制が採用されていたため、午前いっぱいで全ての試合が消化された。


今年の赤井は三戦全勝でリーグを突破していて、残る二人は早々の敗退が決まった。


「さあさあ。お昼ごはんだよー!」


観客席で宍戸が張り切って弁当を広げ、赤井はひたすら恐縮し、嘉門は目を見開いて驚愕した。


宍戸が持ち込んだ料理はピクニックに相応しいというべきラインナップで、サンドイッチから鶏の唐揚げにだし巻き卵にハンバーグに金平牛蒡にスパゲッティナポリタンにポテトサラダにいなり寿司に豚カツに麻婆豆腐にブリの照り焼きにマグロのベーコン串焼きにピーマンの肉詰めにきゅうりの南蛮漬けまで、満遍なく詰め込まれていた。


「優勝目指して、パワーをつけてね。あと紅茶もあるから」


「……ありがとう。これでカロリーにだけは困らない」


「先輩、消化には重々お気をつけて」


嘉門はコンビニエンスストアで買ったおにぎりとお茶を鞄から取り出し、赤井をフォローする気のないことを暗に表明した。


そして、日程を終えた部員二人は足早に引き上げていった。


食べきれるだろうかと戦々恐々な赤井を援護するようなタイミングで、ポロシャツ姿の紅林伊佐夫くればやしいさおが顔を出した。


「美味しそうだねえ。これ、宍戸さんの手作り?」


「ママと合作なの。紅林もどうぞ」


「ラッキー。では遠慮なく」


紅林は着席がてら、赤井の背をぽんと軽く叩いた。


赤井にはそれが予選リーグ突破に対しての労いか、はたまた宍戸の闖入に対する何事かのサインか判断がつきかねた。


決勝トーナメントに入るにあたり、対戦表を一瞥した紅林が難しい顔をしてコメントした。


「逆ブロックにいる亀高の柿沼かきぬま。高校に入ってからは部活はやってないはずだけど。赤井は知ってるよね?」


「ああ。中学時代、西部地区の予選大会でよく見かけた。シングルスでは毎回地区優勝していた」


「そう。全中でも埼玉の強豪選手として有名人でね。小さい頃から古豪のクラブチームに通ってて、早熟だった。中学の部活では相当の怠け者で通っていたらしい」


「それでも軽口を叩いて優勝していたぞ。会場ですれ違ったときに会話が聞こえてきた。優勝出来なかったら、部員全員にジュースを奢ると豪語していたな」


「彼は卓球を嘗めきっていたからね。結局全中で上位陣に弾き返されて、興味を無くしたんだと。高校になって名前を聞かないと思ったら、こんなところに出て来るなんて」


呆れ顔で言う紅林であったが、彼は努力を怠らず全中でも実力派にのしあがったわけで、紅林でなければそう言う資格はないのだと赤井は理解していた。


「その柿沼ってやつ、レオとは決勝で当たるんでしょ?勝てそうなの?」


宍戸が考えなしに話に割り込んだ。


嘉門は「まだ、赤井先輩が決勝に行けると決まったわけではありません」と釘を刺すが、柿沼に対する紅林の所見自体は気になっていた。


「難しいところだね。練習量や体力で考えれば、五ゲームマッチならレオに分がある気もする。けど、柿沼のセンスや試合経験、実績はレオを大きく上回る。当然ブランクはあるだろうから、波に乗せなければ或いは、といったところかな」


その紅林の予言した通りに試合は運んだ。


三ゲーム先取のトーナメントにおいて、奮戦の末社会人や大学生を破って決勝まで駒を進めた赤井の前に、件の柿沼が立ちはだかった。


序盤は赤井の力押しが優勢を呼び込み、見事第一ゲームを勝ち取った。


第二ゲームも力戦を制した赤井がリーチをかけるが、そこから柿沼の戦い方がシャープに変化した。


赤井とのラリーにカットやドライブといった強烈な回転を織り混ぜ、力勝負を巧みに避けてきた。


それならばと速攻を諦めた赤井が慎重な対処に出ると、柿沼はフレキシブルにパワープレーへと転じた。


柿沼は頻繁にギアをチェンジし、それでいて一つ一つの技の完成度が高いため、赤井は対応に追われて一球ごとの精度を落とした。


一旦調子を崩した赤井はペースを取り戻せず、柿沼に三ゲームを連取されて逆転負けを喫した。


赤井は準優勝となり、表彰こそされたが素直に喜ぶことはできなかった。


賞状を渡された柿沼は明らかにつまらなそうにしており、試合中も試合後も、腑抜けた態度のままで最後まで虚ろな表情を漂わせていた。


ブランクのある元名プレーヤーを燃え上がらせるのに、今の自分の実力では不足しているのだと痛感し、赤井は胸中に新たな火種を設けた。


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