(3)カラオケとママの料理と
(3)カラオケとママの料理と
「紅林って結構可愛い顔してるよね。話も楽しいし、それで彼女いないって、マジ?」
「マジ。夏蓮ちゃんこそ、金髪も小麦色の肌もよく似合ってるし、美形でスタイル抜群なのに、ほんとに男いないの?」
「いないんだなこれが」
「それって勿体無いよねー。人類の損失に近いよ。僕にもう少し身長と筋肉が合ったら、土下座してでも付き合ってほしいもん」
「ウケる。紅林に土下座でお願いされたら付き合ってもいいってコ、多いんじゃない?」
宍戸夏蓮が話を振ると、女子陸上部の面々はキャーキャーと騒ぎ出した。
そうした反応にも紅林伊左夫が一々合いの手を入れるものだから、彼の周りは重ねて盛り上がった。
他の卓球部男子部員たちは半ば自棄気味にカラオケを熱唱していて、赤井玲音は自身も空気になりかけていながら、同志たちの行く末を案じた。
カラオケルームで男女ない交ぜに座っているのだが、盛り上げ上手な宍戸と紅林が近距離に配置されたことで、そこから離れるほどに賑わいは比例して静まっていた。
不意に、一年女子が隣の赤井に話し掛けた。
「赤井先輩って頭いいんですよね?やっぱり付き合うなら、同じようなガリ勉のコを選ぶんですか?」
「ガリ……その、勉強の出来不出来で他人を評価する気はないよ。おれは好きでやってるだけだし」
「えっ?なら、勉強が趣味だとか?」
「似たようなものかな。こつこつやれば結果はついてくるし、知識が増えるのは純粋に楽しい」
「ウケますね!赤井先輩、面白すぎます」
一年女子はケラケラ笑い、ばしばしと赤井の肩を叩いた。
誠実に答えたつもりが笑いを取っただけに終わり、赤井はなんとも複雑な気分であった。
午後三時にはカラオケがお開きとなり、宍戸はファミレスへの移動を打診した。
女子陸上部は全員がそれに賛同し、赤井の連れてきた男子メンバーもリベンジする気満々といった表情で挙手して応じた。
紅林は時間を確認してから、赤井に意味深な視線を送った。
赤井はこっそり紅林に頷いて見せると、幹事役の宍戸に申し出た。
「宍戸、すまん。クラブチームの練習があるから、おれだけここで抜けさせてもらうよ」
「卓球のチーム?レオ、部活以外のチームにも入ってるの?」
「ああ。埼玉でもそこそこ強い社会人クラブが道戸にあってね。平日の夜と、土曜も練習に参加してる」
その事実を知らなかった女子一同は、ひどく熱心に卓球へと打ち込んでいる赤井に奇異の眼差しを向けた。
「僕が紹介したんだ。レオは特別な才能はないけど、ばか真面目で忍耐強いからね。ちゃんとした環境でしごかれ続ければ、きっと芽が出ると思って」
紅林は言って、白い歯を見せて笑った。
女子の一人、紅林と同じクラスの二年生が反応を示した。
「そっか。紅林君は強豪選手だったんだもんね。この辺でも、顔なんでしょ?」
「はは。どうだろ。元、強豪選手だしねー」
紅林は卓球部の全国中学選手権大会でシングルスベスト四の実績を有していた。
今でこそ怪我で一線を退いてはいたが、赤井は紅林に借りて見た全中時代の彼のプレースタイルに魅了された一人であった。
赤井は皆に挨拶して、一人帰路についた。
男女混合のレクリエーションは大変有意義であり二次会に後ろ髪も引かれたが、赤井は卓球の技量を上げることに貪欲であったし、何より次月に迫った大会へと向けて余念がなかった。
赤井は市民体育館で社会人に混じって汗を流し、それから一週間分の食材を調達するべく最寄りのスーパーへ向かった。
入店して買い物カゴを手にし、スマートフォンでレシピを検索しかけたところで、大量のメールを受信していることに気付いた。
メールは昼間集まった男女からで、「また集まろう」という内容が大半を占めていた。
紅林からのメールには、「ちゃんと左右のフットワークを意識した?面倒がらないで左も回り込まないと、レオはすぐ守勢に追い込まれるから」という技術指導までもが付記されていた。
宍戸だけがメールを送ってきておらず、赤井は少しだけ気になったものの、マネージャーからの部活動連絡メールを発掘してそれを開いた。
嘉門さくらからのメールは、「明日の道戸市民卓球大会、私が引率しますから。朝八時に迎えに行きます」という一方的な通告であった。
道戸に住む赤井と他に部員二人、総勢三名が地元主催の小規模な卓球大会にエントリーしていた。
参加者は中学生以上制限なしで、卓球好きな学生から社会人、男女を問わず隠居した老人まで毎年バラエティに飛んでいた。
メンバーが多彩なため、多様な戦型と対戦できるところを練習上の利点として、紅林が勝手に申し込んでいた。
高校二年にもなって、マネージャーがわざわざ自宅まで迎えに来るという点のみ、赤井はいまいち納得がいかなかった。
買い物を済ませた赤井が真っ直ぐに帰宅したところ、自宅前に何やら人影が認められた。
よくよく見ると、あろうことか人影は宍戸であった。
玄関にうずくまった姿勢でいる同級生の存在に、赤井の頭がパニックを引き起こしそうになる。
「レオ?」
赤井に気付いた宍戸が勢いよく立ち上がった。
宍戸の白いワンピースの短い裾が捲れる様子は、街灯の光ではっきりと浮かび上がっていた。
「……どうした?」
「昼間途中で別れちゃったでしょ?私、みんなにクッキー焼いて来てて。学区が同じだし近いだろうって、紅林に住所を聞いたの。はい」
可愛らしい小さな包みを渡され、赤井はひたすら恐縮すると共に、何故そこまでするものかと訝しく思った。
「お礼も兼ねて、一番きれいに出来たのを詰めたから。食べないで捨てたら殺すし」
「いや、食べるけど……お礼?」
「予想問題。私、定期考査で百位以内に入ったの、入学してから初めて」
「へえ……」
道戸高校の一学年は八クラスから成り、一クラス約三十人で編成されていた。
そのため定期考査で百位を上回れば、それは上位三割に近い位置となる。
一年次一学期の中間考査から一位しか獲ったことがない赤井にとり、百位以内という順位は実感の湧かない結果であったが、感謝されたことは素直に喜ばしかった。
「お役に立てて何よりだ。女子と行くカラオケも刺激的だったし、大団円だな」
「だいだんえん?そうそう。明日は試合があるんだって?紅林から聞いた」
「ああ、うん。市民大会だから、グレードが高い試合ではないけど」
「それ、応援に行ってあげる」
「ん?」
「何故、は禁止ね。ウザいから。女子の声援があった方が、レオも張り切れるでしょ?私、ちょうど暇だし」
「あの……」
「お弁当は流石に作れないから、さっきママに頼んできた。うちのママ料理が上手だから、明日を楽しみにしてて。サラダチキンと豆サラダなんか持ってきたら、殺すからね」
宍戸は話を自己完結させ、赤井が何事か口にする前にワンピースの裾を翻した。
「じゃ、また明日」
赤井宅の壁に立て掛けられていた小振りな自転車に跨がった宍戸が視界から遠ざかるまで、赤井は狐につままれたような顔をして玄関先に突っ立っていた。