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あゝ卓球抒情  作者: 椋鳥
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(2)1500M走と明日菜ちゃんと

(2)1500M走と明日菜ちゃんと

朝練習が自主参加となっているのは嘉門かもんさくらの裁量によるもので、彼女は部活動で束縛を厳しくし過ぎることに否定的であった。


向上心のない輩を無理矢理招集しても効果は得られないと紅林伊左夫も肯定し、こうして毎朝赤井玲音あかいれおは一人でメニューをこなしていた。


マシーンから左右に向けて吐き出される白球を追いかけては弾き返し、単純な繰り返しを球が無くなるまで続ける。


百球ほど打ったところで残弾が枯渇し、赤井は中腰になってフェンス内の球を拾って回る。


一年生からして誰も参加していないので、赤井は一から十まで朝練習の役割を全て担っていた。


卓球台の拭き掃除を済ませたところで予鈴が鳴り、近いホームルームの到来が告げられた。


昨晩、ここ一週間かけて取り組んでいた予想問題の作成を終えていた赤井は、この日は普通に授業へと集中していた。


午前最後の授業は体育で、二年三組と二年四組の男子が合同でグラウンドに集まっていた。


千五百メートル走のタイムアタックが予定されていて、組分け毎にストレッチやジョグをしていた。


別の競技に従事している筈の女子生徒たちが、手の空いた者から集団を作り、ギャラリーよろしく男子陣の様子を遠目に窺っていた。


それに気付いた、部活動やクラスで女子と繋がりのある男子の面々が、これから長距離走が始まるから応援宜しくといった軽口をきいた。


二年四組には卓球部の女子部員もおり、赤井はギャラリーに混じって彼女が自分を応援してくれたりはしないものかと少しだけ期待した。


二組目にトラックに登場した赤井は、序盤は我慢強く集団の真ん中付近を走った。


中盤を越えたあたりで、地力に勝る体育会系の生徒たちがギアを上げたので、赤井もそれに付いていった。


赤井はスパートの余力を残していたため、終盤で一気に先頭まで躍り出るとそのまま組の一位でゴールした。


総合タイムでも参加者中の二位に付け、赤井は大いに自尊心を満たしたものであった。


放課後、いつもの通り素早く帰り支度をすませた赤井を宍戸夏蓮ししどかれんが強襲した。


「聞いたわよ。千五百で活躍したんだって?」


「そうか」


「なに得意気な顔してるのよ。一位の木戸きどアキラ、うちの部のホープよ?」


「陸上部のホープが相手なら、卓球部のおれが負けても何ら問題はないな」


「馬鹿ね。陸上部を負かしたら、そこではじめて格好がいいのよ。いまのレオのポジションは、ささみと豆だけ食べてる変なやつが意外と走れるらしい、ってところ」


「ささみと豆以外にも、レタスとかきゅうりとか食べているがね。……まあ、いいか」


赤井は鞄からプリントの束を取り出し、宍戸へと差し出した。


目当ての品を手にした宍戸は上機嫌そうに笑みを浮かべると、赤井の手を取ってぶんぶんと上下に振った。


直球で感謝を表す宍戸に対して赤井も満更ではなく、何を要求するでもなしに席を立った。


「あ、レオ待って。合コン、ちゃんと段取りするからね。期末考査の週の土曜。昼に時間がとれるやつ、五、六人集めておいてよ」


「土曜の昼間な。了解。部員から募る」


「言っとくけど、彼女いるやつはNGだからね」


「ああ」


注意されるまでもなく、赤井の知る限りでは卓球部男子に浮いた話などなかった。


期末考査は間もなくで、たいていの部活動は自粛か自主練習に移行していた。


卓球部は顧問と部員のやる気の問題もあり、練習への参加を表明したのは赤井を含めて四人ばかり。


普段コーチ役を務める紅林は「なんで僕が?」と堂々ボイコットを決め込んだ。


マネージャーの嘉門も一年次初の期末考査に注力したいと申し出て、やはり赤井が雑用係を務める他になかった。


赤井は期末考査の準備期間中に練習に出てきた三人を女子陸上部との合コンに誘い、全員から快諾を得た。


どこでその話を聞き付けたものか、翌日から紅林もプレハブに顔を出し、「レオ。分かってるだろうね?」と童顔ながらに声に凄味を利かせて赤井に迫るや、鬼コーチとして厳しく指示を飛ばした。


期末考査の前々日になると、流石に良心が咎めたか、女子バスケットボール部兼卓球部顧問の冬月明日菜ふゆつきあすなが久方ぶりに顔を見せた。


「赤井部長。君たち五人、毎日練習に精を出しているそうね。偉いのだけれど、試験勉強は大丈夫なのかしら?」


「自分は一年次の中間考査からこのかた、全て学年一位ですが」


「……君はいいわ。紅林君や他の三人はどう?うちの学校は公立ではあるけれど、文武両道がモットーなの。試験の結果が悪ければ、該当者が所属する部活の顧問は責任を問われる」


「明日菜ちゃんは担当が多いもんねー」


紅林がパイプ椅子の上で胡座をかいたまま、茶化すような調子で言った。


「明日菜ちゃんじゃありません。紅林君、冬月先生と呼びなさい。……でも、女バスの大会結果が悪くて

私は目を付けられているの。この上、卓球部の試験結果まで振るわなかったら、また職員会議で吊し上げられる」


「だから、どうせレオはまた学年一位をとるから、それを明日菜ちゃんの手柄にしたらいい。夏の大会でも入賞くらいはするかもしれないし、女バスからこっちに乗り換えた方が賢いかもよー」


紅林は真剣味の欠片もない口振りで悪の囁きを発した。


冬月は「また明日菜ちゃんって呼んだ……」と抗議の声を上げたものの、あろうことか口に手を当てて何やら考え込んだ。


大学を出てそれほど経っていない教師とはそこまで立場が弱いものなのかと、赤井は想像すらつかぬ大人の世界の闇に思いを巡らせた。


期末考査の週間は淡々と過ぎ去り、赤井は何事もなく殆どの教科で満点を叩き出した。


入学以来学力考査で無敗を続ける赤井の偉業は、教職員の間でも話題に上った。


風の噂では、部活動の後に催された冬月顧問肝煎りの特別補習が奏功したのだとされていたが、誰が傷付くわけでもなかったので、赤井はそれを否定したりはしなかった。


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