「またね」に込めた君のさよならが。
Growth baby
Please tell me what is the world
He has knowledge anything.
目次。
1.
「またね」にこめた君のさよならが、
今日も僕を突き動かす
2.
「大嫌い」と君の思い。
はにかんで、僕は笑い。
3.
夕暮れに溶ける君の顔
君が手を振り泣いた後
4.
「あなたのために」と女は嗤い(わらい)、
「愛してる」と僕を刺す
1「またね」にこめた
いつもの場所、いつもの時間。いつもの帰り道で。
君は振り返る。そしてこっちを見る。最後に微笑んで。
「またね」と言う。
1
僕が知っているのはそこだけだ。世界に光は降り注がなくて、余すところなく真っ暗で、四方は壁に囲まれている。だから閉塞感。空気に清々しさはなくて、ねばねばと全身にまとわりつく不快感。それはまるで水中にいるようで、息苦しくなって、空を見上げて救いを求める。けれど見上げた先にはやはり暗がりが続くだけで、僕が求めた救いなどあるはずがなく、結局口をぱくぱくと、魚のようにあえぐだけ。
そんな世界を苦しいと伝える人がいた。寂しいと例える人もいた。そんな世界は悪だと言い切る群衆。彼らは言う。「世界」は常に光に溢れて無限の広がりを見せなければならない。
けれど僕はそうは思わない。苦しくても、暗くても。救いがなくても。僕はそこしか知らない。だから僕はその世界に適応して、深海魚のように、地底を這い回り生きていく。空を知らない彼らは、頭上に広がる無限の青さを知っているだろうか。「否」と僕は代弁する。ではそれが不幸だと彼らはなげくだろうか。それもやはり。
そんな風に、世界は閉ざされて明かりなく、さまよう人々は行くあてなく、不満と苦しみだけが堆積する。けれどその全てを許容する、深海のような世界。人々の夢が形作る。
僕はそんな世界が好きだった。
1、2の3で重力から切り離される。とたんに僕は真っ白に閉ざされた子宮から解き放たれる。「僕」はぐんぐんと頭上へ加速し、天井を突き抜け屋根を通り抜け、やがては空へと行き着く。僕は溜め息を1つ、そして手足を伸ばして感覚を確認する。
眼前にはビルが、路地の灯りが、車のヘッドライト、行きかう電車と人々の足音が広がっている。いつもの光景。僕の好きな絵面。僕はフワリと屋上から飛び降りると、滑空しながら、あるいはたまに浮上をしたりして、クラゲのように泳ぎ回る。通りを歩く人は誰も僕に目をとめない。……見えてないのか、それとも興味がないのか。通りを急ぎ足で歩くサラリーマンはただ黙々と正面を見つめ、かつかつと無機質な音を繰り返す。まるでメトロノームのよう。僕は笑いながら、人差し指をふりまわしオーケストラを率いる指揮者を真似てみる。1、2、3。1、2、3。……そうしてしばらく遊んだあと、僕はいつもの場所を目指す。この街で一番高い場所。
キラキラ光るネオンを横目に地面から生えたビルのてっぺんにたどり着く。赤く錆びた「立ち入り禁止」のフェンスを尻目に、僕はその屋上へ侵入して、思い切り息を吸った。ここに居るとこの町の全てが見える。
僕はその屋上の、さらに高いところ、避雷針まで登って行って、世界を眺めるのが好きだった。眼前に広がる下界。イルミネーションが、宝石のように煌めいているのを、懐かしいような、さびしいような気持ちで見つめるのが、僕の日課だった。
けれどその日は様子が違った。僕がそのビルにつくと、先に居た女の子がフェンスの周りをうろうろしている。髪の長い女の子で、すごく華奢だった。少女はフェンスの切れ間を見つけると、そこに身をねじりこみ、フェンスの外へと脱出する。後ろ手でフェンスをつかみながら、震える足でゆっくりと縁へと歩を進める。下から吹き上げる風が少女の前髪を揺らし、少女は喉を鳴らしてつばを飲み込む。しばし逡巡、そして何かを決意して――。
「危ないよ」
僕の声に、少女は驚いて振り返る。けれど表情はすぐに怒りへと変わり――、まっすぐ僕へと向けて来る。
「ごめん、邪魔しちゃったかな。死にたかった? 」
僕のフォローも、一切効果がないみたいだ。少女は腕を組み、こちらをにらみつけたままだ。
「死にたいわけ、ないじゃない」
「それじゃ分からないな。どうしてそんなところに? 」
「あなたに、生きてる人間の気持ちなんて」
ひゅるりと風が吹き、ぷつりとその日も夜が終わる。
2
僕には特技がある。たとえば――、魚が泳ぐことと引き換えに歩くことができなかったり、鳥が飛ぶことの代償に自由な前脚を失ったり……僕の特技はそんな動物たちの特徴に近い。
人は寝ると夢を見る。もちろん見ない人もいるかもしれない。もしかしたら、寝ない人だって。けれど大体は夢を見ているし、見ないと言う人も本当は覚えていないだけで、どこかしら、何かしらで人は夢を見るのだ。そして夢の中で事象を組み合わせて、自分をトレーニングしたり、欲求を満足させたりする。
僕の特技は人の夢に入り込むことだ。いつからできるのか、どうしてこんなことができるようになったのか、自分の能力に関して、詳しいことは分からない。けれど僕は人の夢の中を歩き回り、あるいはクラゲのように俯瞰して他人の経験を傍観するのが趣味なのだ。
昨晩見た少女――ビルの屋上で死を見つめていた女の子はきっともうその場所に居ないだろう。あらわれた少女は、一夜限りの悪夢にうなされていたに過ぎない。今ごろ少女は学校で笑っているかもしれない。もしかしたら通学路で誰かに一目ぼれをして、胸を高鳴らせているかもしれない。僕はそれを責めるつもりもないし、確認しようとも思わない。誰かの夢で、会話をする。それが僕の能力だ。
おはようと(起床)とおやすみなさい(就寝)が逆転した白い子宮の中で、僕はゆっくりと目を閉じる。おはよう、それが僕の合図。
3
けれどその日も、少女は同じ場所に居た。フェンスの前で、腰を地面につけ、両足を抱えながら。微かにも顏を上げないその姿を見て、僕は初め少女が泣いているのかと思った。
けれどそれは違った。しばらくして、少女は意を決して力強く立ち上がり、すぐに心折れてフェンスに両腕をつく。今日は昨日みたいにフェンスを回りこむ様子はなかった。……幾分か安心して、僕は少女に声をかけることができる。
「危ないよ」
「関係ないでしょ」
「君が落ちたら、寝ざめが悪いんだ」
「自分勝手ね。私の気持ちはどうだっていいの? 」
僕は考える。
「君の気持ち。
『死にたいほど苦しんでいる』悩みのこと?
理解はできるし、同情はするけれど、興味はない。とりあえずフェンスの内側に戻ってきてよ」
「変な奴」
少女は僕の言葉に納得したのか、心なしか表情を和らげて、その場に座った。……さっきの姿勢とは違い、今度はあぐらをかいて。
「クウって言うんだ」
「名前? 私はリコ。流鏑馬リコ。
好きなものは、かわいいもの」
リコと名乗った少女は、目を輝かせて世の中のかわいいものに関して説明をしてくれた。例えばお花。そして小鳥。繋がり子猫。果ては青空と、そこにただよう白い雲。
全てを聞き終え、僕は嘆息しながらリコに言う。
「羨ましいよ、好きなものがそんなにあって。
さぞかし人生が楽しいんだろうね」
「楽しくなんてない」
リコは手をふって否定する。
「どうして? 」
「どうだっていいじゃない
それよりあなたのことを聞かせて欲しいな」
リコに僕の特技を説明しようとして、――けれど誰かにタネあかしなどしたことがないから、正しい説明の仕方も分からなくて、僕は結局「こうやって人と話すのが好きなんだ」とごまかす。笑顔になったリコと目が合う。
「私もなの。また、あえるかな」
「君がそう望むなら」
「うん、私またあなたに会いたい」
リコが差しだした手を、僕はゆっくりと握る。
そして、リコが目を見開く。
「あなた、誰? 」
「僕は僕だよ」
「そうじゃなくて。
ううん、やっぱりなんでもない」
それじゃあ、と彼女は立ち上がりながら言う。
またね、と。
4
そうして、僕とリコが出会い、話すようになってから幾日か過ぎた日だった。その日はきれいな満月だった。屋上に立つリコは、立ちあがり両手を広げて、空から降る何かを全身で受け止めていた。目をつむり心地よさそうに微笑むリコに、僕は声をかける。
「何をしてるの? 」
「光を浴びてるの」
目を閉じたまま、彼女は答える。
「今日は満月がきれいだから」
「どういうこと? 」
そこまで来て、やっとリコは目を開き、こちらをむいた。
「あなたも、夜種だと思った」
そして彼女は人差し指を一本だけ立てて、右目をつむりウインクをして見せる。
「昼間の人間が、日光を浴びて肌が黒くなるように、私たち夜の生き物は月光を浴びて肌が白くなるの。
今はもう、おとぎ話にしか残らない小さな存在だけど」
けれど、と彼女は続ける。
「昔はすごかったって。一時は昼夜を逆転させちゃうんじゃないかってくらいの勢力を誇っていたの。お父さんがそう言ってた」
「どうしてそうならなかったの? 」
「私たちは――、もともとは温厚で短命で……ううん、それだけ」
温厚な種族がどうして勢力を拡大したのか? そこに彼女の嘘があるような気がしたけど、深くは追求しなかった。それが僕のモットーだ。
「ねえ、初めに会った時、理由を知りたがってたじゃない。
今でも、知りたい? 」
違うさ、君が言いたいんだろ。
僕の心の声とはうらはらに、違う言葉が出る。
「うん、是非」
「夜種はね、必ず1つの能力を持ってるんだ。妖怪っていえば分かりやすいかもしれない。例えば不死。なんど傷ついても死なない。あるいは変身。夜を見るとオオカミになる。あるいは……」
彼女は悲しそうに満月を見つめ、意を決して視線を下げる。その先には、アスファルトを割って生えているタンポポがあった。月光の下でも黄色い花びらを広げている。
彼女はそのタンポポを右手で摘み――、まるで祈るように両手を合わせた。
僕はその一部始終を見た。彼女が花を茎からつむぐところ。……きれいなタンポポを両手で包むところ。そして最後に、彼女が顏を上げる。その表情の意味と、彼女の背後に流れる物語。
またね、と彼女は言う。
今日はここまで。
彼女が包んだ太陽が、萎びて朽ち果てるのを確かに見たのだ。
5
僕は夢を歩きわたる。散歩をするように楽しみながら。そんな僕の姿を羨む人も居れば、あるいは無責任だとなじる人もあるだろう。けれどいいじゃないか、僕にはそれしかないんだから。
リコに秘められた能力がなんなのか――、僕には見当がつかない。彼女が花びらを包んだ理由。そしてそれがどうして「消えてなくなりたい」という感情につながるのか。まだまだ判断材料が足りないな、と僕は思う。その一方で、誰かが僕の耳元でささやいた。「深入りし過ぎるな」。分かってるよ、と僕はそいつに答える。そいつは満足げに微笑んで、「あなたのために言ってあげてるの」と。
くそくらえだ。そう思うならさっさと。
けれどそんな僕の思いが具現化する前に、世界は消えていく。……もしかしたら僕の思いなんて、初めからなかったのかもしれないけど。
1、2、の3で僕は重力から切り離される。
それから一週間ほど経っただろうか。星のない空を照らす満月は欠けていた。僕はまたリコに会いたくて、その真意を知りたくて、彼女の痕跡を探し歩く。例えば彼女が居そうな屋上を片端から探してみる。あるいは彼女が好きそうなかわいいものを見つけ、その周囲を探ってみる。何の痕跡も見つからないまま、けれど会いたいという僕の気持ちだけが強まって、会って何を聞くべきかも定まらずに、ただ彼女を追い求める。僕はクラゲが海流に流されるように、自分の感情にふわふわと、あてもなく支えもなく流される。
ある時ふと、僕は妙なことに気づいた。それが「町の形が変わっている」という結論づけるのにそう時間はかからなかった。リコと出会ったいつもの屋上から、僕はそれに気づく。まっすぐ生えるはずのビルはゆがんでおり、かつては丸かった月も虫食い状に欠けていた。路面を照らすネオンは悲しい蒼ではなくて赤みがかった紫で、黄色だけが灯る信号機がそれに答える。黄色。注意して渡れ。
僕は思い立って、僕の唯一といってもいい楽しみがうばわれたのだ、――犯人探しをしようと思いつく。わずかながら芽生えた正義心は僕のプライドを心地よくくすぐる。たまには感謝をされるのもいいかもしれない、などと皮算用をしてみる。
気分の高揚と共に、身体にもいっそう力がめぐる。僕は思いっきり息をすいこみ、ビルの斜めの中へと泳ぎだす。
6
夢の人々は気まぐれだ。真実を言ったり、嘘をついたり、突然泣きだしたり。僕を見て謝る人も居れば、いきなり怒鳴り散らす人も居る。僕はそんな人々にいちいち対応して、「原因」をつきとめなければならなかった。
「この方向へ進むのは危ないわ」
スーツ姿の女が言った。
「だってそっちにはリスが居るの。魔法使いのリス」
女は魔法の杖をふるジェスチャーを見せる。
「そっちには誰もいないよ」
男が言う。
「だって人間は皆孤独なんだ」
ふう、と溜め息。視線を伏せたまま男は消えていく。
「僕のお母さんはどこ? 」
子供が僕の服をつかんでいた。
「それとも、僕がお母さんになればいいのかな」
ありがとう、と少年――少女は自分の性別も不定のまま微笑んだ。
奇ぃ奇ぃと、ドアが鳴る。
僕はそれでも、確かな人たちを見つける。その一部の嘘をつかない人たちを「灰色のフード」と名づけた。ある時はトンネルの中。ある時は橋のした。ある時は帰宅中の小学生の格好をしていた。けれどいつだって彼らは灰色のフードをかぶり、うつむいて歩いている。そして顔を隠して、表情が分からないのが共通していた。
そんな「灰色のフード」は嘘をつかない、というのが僕の結論だった。
おじいさんのように杖をついて、その「灰色のフード」は言った。
「今日は雨が降るよ」
「天気予報? 」
「いや、空気が湿っている」
かさかさにひび割れた手をこすりあわせる。
「おじいさん、知ってる? 」
「わしが知っていることしか知らんよ」
「最近、世界が変なんだ」
「世界は元から変さ」
老爺は両手を組む
「異常に歪が噛みあって、正常に見えてるだけだ。『人』という漢字と同じだ。
斜めともたれで成り立っている。もし異常に見えるなら、お前が正常になっただけさ」
僕は溜め息をついてそれを否定。
「どっちでもいい。とにかくさ、僕は前の世界が好きなんだ。
その原因を知りたいと思っている」
右手をあげ、人差し指で正面のビルを指差す。
赤茶けた、煉瓦様のビル。壁に蔦が這い、ビルの頭上にちょうど月が見える。
老爺が何かを言いかけ、口を開く。
そして、そこで僕の夢は終わる。
7
ビルの屋上で、下界を見下ろしながら、僕が思い出すのはリコとのこんなやり取り。
「どうして世界は丸いと思う? 」
「重力」
「ちーがーう。もっとイメージして。想像を膨らませるの」
リコは両手を合わせ、目を閉じる。
眉間にしわをよせて、月光に照らされる彼女は敬虔な修道女のようでもある。
「結局私たちは、丸くしか生きられないのだわ」
「丸く? 」
「そう。一方的に突き抜けて、そこで世界は終りなんてことはありえない。
世界は全て。星の形も、魂の行き先も、命の形も」
「哲学だね」
僕が茶化していうと、
「実感よ」
と悲しそうに。
考える材料は2つだった。1つはどうしてリコがいつも悲しそうなのかということ。そしてもう1つは、因果応報に彼女が執心していた理由。僕は頭の中で何度もいろんな想像を組み合わせ、新たに答えを作ってみた。けれど、納得できる答えを見つけることはできなかった。
その日も僕は夢の中へと旅立つ。見渡す世界はやはりいびつで、心なしか「灰色のフード」が増えた気もする。まず最初に立ち寄る、リコと出会ったビルへと僕は向かう。
「久しぶり」
そこに、彼女は立っていた。鋭くとがる三日月の下、上を向いたまま、彼女は僕に答える。心の中からわき出るいろんな感情を――、抑えて、僕はつとめて平静に声をかける。
「やあ。元気だった?
あまり見ないから」
「お願い。私を殺して」
下ろした視線はまっすぐにこちらに向けられる。
「穏やかじゃない」
「もう嫌なの、誰かを奪うのは」
そう言って彼女は、胸に子猫を抱いて、わんわんと泣いた。
2人で子猫を埋葬する。盛り上がった土を見つめながら、リコが口を開いた。
「私たちは内臓からエネルギーをとることができない」
両手を見つめて、
「この手が消化器官で、吸収器官なの」
言って彼女は、手近にある野花をつむ。初々しい黄色を呈していたその花は、一瞬で茶色く死に絶える。
「私が好きなもの、かわいいものも、きれいなものも、全部触れない。
だって触れたら死んでしまうもの。
けれど触れなければ私が死ぬわ。
だから死ねって? だけど、どうか、それでもせめて……」
生きたいと思うことは罪なのか。
「私は成長してしまった。能力も比例して強くなった。
私は栄養を取ることをやめたけど、適応して身体が進化してしまった」
僕は、身体のだるさに気がついた。
「今じゃもう、私は全身が消化器官なの。近づいただけで周りの命を奪うわ。
大好きなものを見ることもかなわない。あなたと話すこともね。
だから、これで終わりにしたい。最後に会えてよかった」
またね、と彼女は言い残して。
やはり意識はそこで途絶える。
8
次に僕がその世界に入った時、そこはもう世界の体をなしていなかった。……僕が愛した形をしていなかった。「灰色のフード」は増えるどころか居なくなり、夜を照らすネオンは1つも消えていなくなった。まっすぐに伸びたビル群は傾き瓦礫に包まれる。
終わったのだ、と僕は直感する。いつものビルの屋上へと僕は向かう。
見上げた空には、月はない。
そこに居たのは異形の――怪物と評していいか、けれど僕には分からない。空から差しこむわずかな光に伸びた手を見つける。白く華奢な小さな手。よく知ってる。
「リコ?」
僕の問いに手が揺れる。
世界は丸い、という彼女の話を思い出す。月の光を浴びる彼女。それから、手から、全身から養分を吸い取る彼女。そして目の前に居る異形の彼女。僕はなんとか頭を巡らせて、結論づける。
彼女は奪う側から、与える側になったのだ。
こんな話がある。けがをした時は肉を食べると回復が早い。若い恋人を持つと若がえる。相手から奪うことで養分を得る。そんな例は世の中に溢れてる。
リコは自分が奪う立場で居ることに耐えられなくなり――、結果与える側になった。命を奪うことから与えること。理屈は簡単だ。けれど、彼女の姿を見て僕は納得できないでいた。そんな姿になるまで世界に与え、生きながらえさせる意味が、彼女が大切にした「美しさ」が僕には納得できないでいた。
彼女は自らを捧げ、持っていたエネルギーを与えていつものはつらつさも、美しさも失うだろう。そしてただの肉塊になり、それすらも維持できなくなって最後には死ぬだろう。
リコに心の中で話しかける。
満足かい?
でもやっぱり、僕には幸せには思えない。
ビルの屋上に風が吹く。下から吹き上げる風。僕は風に押されて後ろに下がる。風は僕の前髪を揺らし、空へと向かって最後には霧散する。
「またね」といういつものリコの声が聞こえた気がした。